読んでは、頭の中でぐるぐる考える

一方、村上春樹の『女のいない男たち』は、仕事とはまったく関係のない本なのですが、日本語の美しさ、表現の深さにとても感銘を受けました。

『女のいない男たち』

表現の深さを、それこそ言葉で表現するのは難しいことですが、この本は言葉にできないことを言葉にしていると私は感じました。読んでいて「ああ、こういう感情になることってあるな」と思う場面がたびたび出てくるのですが、そういう感情を直接的に形容すると、「虚無感を覚えた」とか「孤独を感じた」という表現になってしまう。でも、村上さんは、そういう安直な形容を絶対にしないのです。

丁寧な描写を重ねていって、いわば点描画のように、少し離れたところから眺めるとある感情がくっきりと浮かび上がってくる。

ITが社会の隅々に浸透すると、先ほどの幸福とは何か、どのように幸福を実現するか、という議論と同時に、ITはどのような付加価値を社会に与えていくべきなのかという定性的な議論が不可欠になってきます。たとえば、いまドローンが話題になっていますが、ドローンにはものすごくたくさんの使い方が考えられます。社会を豊かにする使い方もあれば、その反対の使い方もできる。もちろん、人間を幸福にするために使われるべきですが、そうなるためには、何が社会を豊かにし人間を幸福にするのかといったことに関して、大げさにいえば、人類共通のコンセンサスを醸成していく必要があると私は思うのです。

もちろん、考え方の多様性は担保されるべきですが、たとえば「(地域によっては行われている)子どもに強制的に労働させるのはよくない」といったことは、世界中でコンセンサスを得られる考え方だと思います。そうしたコンセンサスを醸成していくうえで、村上さんの作品のように高い芸術性を備えた本が世界中で翻訳され共有されていくことは、とても意味のあることではないかと思うのです。

私はよくaggressiveだと言われますが、読書は人間をintrospectiveにします。内省的と訳すとちょっと暗い感じがしますが、本を読んでは頭の中でぐるぐるぐるぐる考え続けることが、新しいアクションへの原動力になるのではないかと常々思っています。

●好きな書店
代官山 蔦屋書店

●好きな読書の場所
自宅、移動中、出張先

●好きな作家
特になし

江田麻季子
東京都出身。1988年、早稲田大学第一文学部卒業、90年アメリカの大学院修了後、アメリカの大学や病院でマーケティングに携わる。2000年インテル日本法人入社。マーケティング本部長などを経て、13年よりインテル日本法人社長。

構成=山田清機 撮影=岡村隆広