あなたは自分のことを「仕事ができる」と思っていますか? そして周りの人はどう思っているでしょう? 今週は“査定”と“成長”、そして“認識のズレ”の話です。

「キャリアの曲がり角に立っている」「思えば私も結構なベテランだ」という自覚がある女性であれば、周囲からは「あの人は仕事ができる人だ」と目されているものです。

言い方を変えましょうか。本人が否定しようとも、自覚がなかろうとも、一定の年齢に達すれば、「あの年齢なのだから、このくらいの仕事ができて当たり前だ」と思われているのです。しかしこの話には、大きな落とし穴があります。

まず、「このくらいの仕事」という仕事の質や量の部分が何を指しているのか、当の本人はもちろん、周りの人たちもよく分かっていません。ただ、言葉の響きだけを聞いていると、なんとなく”たいして難しくはない仕事”、という印象を受けるのが不思議です。

「あの年齢なのだから」という部分は、さらに曖昧です。もちろん企業によっては「このくらいの年次だと、この程度の仕事ができるようになっていること」と、細かく規定しているところもあります。しかし多くの場合は職場の中で与えるポジションにひも付いている仕事と、そのポジションに就くことができる年齢との関係から、印象としての相関を導き出しているようです。ただ、これもよく考えてみると分かるのですが、その年齢だからその仕事ができる、という理由にはなっていません。あくまで「その年齢なら、このくらい経験があり、結果、このくらい仕事ができるはず」と推測しているに過ぎません。

本当はできないのに、できると誤解される怖さ

ここで厄介な問題が生じてきます。本当はそのポジションに求められている仕事ができないのに、うっかり(というのも語弊がありますが)その地位に就いてしまい、結局仕事ができなくて困っているというケース。自分がそうではなくても、周囲を見渡せば「ああ、あの人のことだな」と思い当たることは少なくないはずです。一定の年齢に達していて、周りの誰からも、あの人はできるはずだ、と思われているがゆえに、結果として「この仕事はできない」と言い出せず、大変な事態を引き起こそうとしている。

こうしたことは、若手と呼ばれる年齢の人に起きていることなら、それほど大きな問題ではありません。周囲が事前に察知し、気づいた時点で指導して、できなかった場合はその仕事を引き上げて、別の人間がやってしまう……という措置もとれるからです。しかし、一定の年齢に達している人の仕事だとそうはいきません。本人が「できるふりがとても上手い」もしくは「できないことを隠蔽(いんぺい)する」技術に長けていれば、たちまち大惨事になります。そうなる前に、自ら「できないので助けてください」と素直に白状するか、もしくは、それこそ仕事ができないことが発覚する前に、能力を向上させて、仕事ができるようになるしかないのです。素直に白旗を上げるのが簡単そうですが、気持ち的には少し難しいですよね。