トヨタ自動車副社長(次期社長)豊田章男(とよだ・あきお)
1956年、愛知県生まれ。慶応大学法学部卒。2005年に副社長に昇格、商品企画や調達、情報事業などを担当。08年からは国内営業と海外事業を一手に担い、社長候補の筆頭として要職をこなしてきた。


 

トヨタ自動車が豊田家への「大政奉還」を決めた。6月に豊田章男副社長が社長に昇格し、渡辺捷昭社長が副会長に就く。1月20日の緊急会見で現在52歳の章男氏は「最も現場に近い社長になりたい」と抱負を語った。

章男氏は豊田章一郎名誉会長の長男で、トヨタ自動車創業者の豊田喜一郎氏の孫に当たる。1995年に章一郎氏の弟の豊田達郎氏が病気療養で退いて以降、奥田碩氏、張富士夫氏、渡辺氏と豊田家以外のトップが3代続いており、14年ぶりの創業家社長となる。

父の章一郎氏は57歳、叔父の達郎氏は63歳で社長に就任した。トヨタグループの始祖・豊田佐吉氏の甥の豊田英二最高顧問がトヨタ自動車工業の社長に就いたのは54歳だった。56年5月3日生まれの章男氏は、82年にトヨタ自動車工業とトヨタ自動車販売の「工販合併」で、現在のトヨタ自動車が誕生して以降、最も若いトップとなる。

慶大時代はホッケー部に所属し、トヨタ入社後は自動車レースにも参戦するスポーツマン。周囲に耳を傾ける柔軟性を持つ一方で、リコール問題を「メーカーとして大変、恥ずかしいこと」と毅然と言い放つ胆力を持つ。これまで中国事業や調達、国内外の営業など主要部門を担当しながら、帝王学を学んできた。

本来ならば、米ゼネラル・モーターズを抜き、自動車世界一の座を確実にした盤石の大政奉還だった。だが、「100年に1度」とされる経済危機の荒波を被り、トヨタの単体決算が「工販合併」以来初の営業赤字に転落する緊急事態の中での船出となる。

奥田氏は豊田家を「トヨタの旗」と呼ぶ。未曽有の難局を乗り切るには創業家の求心力は重要な要素だが、社長になる章男氏にはそれ以上の役割、高い経営手腕が求められている。