原価上昇のリスクを逆手に取った数字センスに学ぼう

吉野家の安部修仁社長は、会計ジャンルのみならず、非会計ジャンルの重要性も知り抜いた数字王の1人である。

吉野家と聞いて、誰もが思い浮かべるのが牛丼だ。むろん牛丼以外のメニューもあるが、メーンはあくまでも牛丼。ほぼ単品経営を行っているといってもいい。

単品経営のメリットは、何といっても生産効率のアップにある。1つのものを作るのと複数のものを作るのでは、当然、1つのほうが効率を高めやすい。吉野家の店舗はまさに牛丼の効率的生産のために極限まで磨き抜かれており、具をよそうお玉の穴の数と直径まで、最適化が図られているという徹底ぶりだ。

だが、単品経営が効率追求のためだけに採用されているかといえば、実はそうではない。単品経営であるがゆえに、「牛丼の吉野家」というブランドイメージが形成されているのだ。むろん、味がいいことが前提だが、単品経営は企業ブランドの形成という非会計的な効果も睨んだうえでの選択なのである。

一方で、単品経営はリスクも大きい。単品がコケれば、経営は途端に行き詰まる。実際、吉野家は米国産牛肉の輸入停止という危機に直面したとき、多くのメディアが単品経営の失敗をこぞって指摘した。そこで吉野家は、ここ数年積極的なM&Aによって複数の外食チェーンを傘下に収めてきた。つまり、「分散」という非会計的手法によって、リスクヘッジを図ったわけだ。

しかし、そこは安部社長。ただ単に複数の外食チェーンを傘下に収めただけではない。同時に、1社ワンブランドというポリシーを打ち出して傘下のチェーンのブランド整理を進めた。つまり非会計的選択をする一方で、1社ワンブランド化による経営の効率化も図っており、ここでも巧みに会計と非会計のバランスを取っているのである。

牛丼のプライシングも、実に巧妙に行われている。通常、値上げは会計的理由で行われ、値下げは非会計的な理由で行われる。原価上昇による値上げは、いうまでもなく会計的な理由。値下げは、日頃のご愛顧に感謝してなどという非会計的な理由で選択される場合が多い。そして、特に値上げの際に重要なのが、客に対する理由の説明だ。原油価格が上がったからガソリンを値上げすると言えば客は納得するが、従業員の福利厚生充実のための値上げと言っても、誰も納得しない。

吉野家は2005年に豚丼を10円値上げして330円に改定した。理由は製造原価の上昇だが、原油の値上がりのように一般の理解を得やすい内容ではなかった。安部社長はどうしたか。

「値上げするほどおいしくなった」とアピールしたのである。結果、値上げにもかかわらず、客数は増加した。

会計的な値上げの理由を、おいしさのアップという非会計的表現に置き換える手捌きは鮮やかとしか言いようがない。安部社長は、類稀な数字的センスの持ち主なのである。

(山田清機=構成 坂本政十賜=撮影)