2016年2月5日(金)

心にぽっかりと空いた穴と一緒に暮らしていくために必要なこと

為末大の悩み相談室【番外編】

PRESIDENT Online スペシャル

著者
為末 大 ためすえ・だい
一般社団法人アスリートソサエティ代表理事

為末 大1978年広島県生まれ。2001年エドモントン世界選手権および2005年ヘルシンキ世界選手権において、男子400メートルハードルで銅メダルを勝ち取る。陸上トラック種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者。シドニー、アテネ、北京と3度のオリンピックに出場。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2013年5月現在)。2003年、大阪ガスを退社し、プロに転向。2012年、日本陸上競技選手権大会を最後に25年間の現役生活から引退。現在は、一般社団法人アスリート・ソサエティ(2010年設立)、為末大学(2012年開講)などを通じ、スポーツと社会、教育に関する活動を幅広く行っている。著書に『諦める力』、『走る哲学』、『決断という技術』などがある。http://tamesue.jp

文=為末大
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若さの絶頂、成功の絶頂を経験したあとに感じる「心の穴」。寂しさと空しさに襲われるその時期をどうやってすごしたらいいのか。自身の歩みを振り返りながら絞り出すように書かれたメッセージ。
「大丈夫。君ならなんとかできる。そもそも君は何にも持っていなかったんだから、あの時みたいに、また基礎練習から始めていけばいいだけなんだよ」
25歳の君へ

今、君は絶頂の中にいて、私が言うことは何一つ聞こえないと思う。アスリートはそれでいいし、それでこそアスリートって感じがするよね。だから今は余計なことは耳にしないで存分に世界の頂点を目指してなりふり構わず自分を高めていけばいいと思う。ただ、いつまでも続くとおもっている現役生活もいつか終わりが来る。そのいつか来る引退の時、たぶん君は迷う。その時、頭の片隅に残っていたこの言葉が少しは助けになるかなと勝手に思って、今日は説教じみたことを書いてみようと思う。

まず最初に、君が今競技をしている時に感じている興奮は残念だけど引退した後は二度とない。それは社会に影響を与えているということだけを言っているのではなく、自分の身体を鍛えて、はっきりした勝敗に向かい、世界のトップの選手としのぎを削るという体験は、あまりにも強烈で社会の現実と離れているから。もう一度あの興奮があったらいいなと思うのは素敵なことだけど、あの興奮がなければ生きていけないと思うようであればすっかり諦めてしまった方がいいと思うんだ。それを追い求めるとどんどん迷路にはまり込んで行っちゃうからね。

それから今君が感じてる世の中からの熱い視線も、徐々になくなっていく。ちょっとだけ寂しい思いをするかもね。今君がパーティー会場に行くと周りに人が寄ってきて鬱陶しいと思っていると思う。でも大丈夫。引退すれば徐々になくなっていてむしろ寂しいぐらいになるから。それから子供達にサインをねだられて毎日大変だとも思う。それも引退すればすぐ子供達は君のことが誰かわからなくなる。“先生あの人だれ?”という声を聞きながら、それも普通に思えるようになってくるんだ。

今、君が得ている名声も金銭も、君の実力で得ているものだ。ただ、世の中の他の職業と違うのは、君の“実力”は衰えるものっていうことだ。君の価値を支えているのは、競技力で、それはある点をピークに衰えていく。認めたく無いだろうけどね。それが君の思う一線を超えた時に引退をするのだけれど、そうなると名声も金銭も前のようには手に入らなくなる。引退した後は、これまでとは違う実力をつけていく必要があるんだ。

つらいな寂しいなと思って、君が誰かにこの気持ちをわかってほしいと思って相談しようと思っても同じ経験をしている人はほとんどいない。たぶん君が相談すると、

大丈夫あなたはいつまでもスターですよ
一時でもスターだったんだからいいじゃないか

という2つのこたえが主に返ってくるんじゃないかな。でも、君が聞きたいのはそんなことじゃないよね。このぽっかり空いた穴をどうやって埋めたらいいのかってことを君は聞きたいんだと思う。そして、それに答えられる人ってのは世の中にはあんまりいないんだ。だから君はこれから先しばらくの間その“ぽっかり空いた穴”と一緒に暮らしていかないといけないんだよ。

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