会社が女性総合職の扱いに戸惑っていた

三菱電機 住環境研究開発センター 製品化技術開発部長 平岡利枝さん

私が三菱電機に入社したのは1985年のことでした。

その年はちょうど男女雇用機会均等法が改正され、翌年の施行を控える中で三菱電機でも約100名の女性総合職を採用したんです。配属された静岡製作所には過去にも1人、女性の総合職の方がいたのですが、製造部で実際にモノづくりに携わることになったのは私が初めてでした。研修時も同期の男性社員が「技術研修生」という肩書だったのに対し、私は「技術見習生」。それが翌年から統合されるという時期に当たります。

初めて社会人になったわけですから、自分自身は何も意識していなかったものの、当時の会社側からすると「女性をどう製造部で働かせればいいのか」と考えたようです。執務の女性社員がしているお茶くみやお弁当の準備、お掃除を私にもやらせるべきかどうか、内部では考えていましたね。

翌年以降になると、別の部署に総合職の女性が配属される度に「そっちでは掃除やお茶くみはどうしているんだ」と問い合わせがきたり、東京で泊りの研修を受けようとしたら「毎日帰って来い」と言われたり。

今からすれば滑稽な話ですけれど、女性をどう社内で活用するかという以前に、総合職の社員としてどんな風に扱えばいいのかが、そもそも会社側にも分からなかった時代だったんです。