その後、ロシア語もわからないまま、ロシア各地の病院を転々とする日々が続く。戦闘員仲間も複数が入院し、1人は行方不明。別の1人は脱走に失敗し、収監されている。

入隊は卑劣な手段で強要される。あるインド人兵とネパール人兵は、同紙に対し、ロシア語で書かれた、内容不明の契約書にサインするよう強要されたと証言している。後になって判明したが、ロシア軍に1年間拘束され、脱走を試みれば何年も刑務所に入れられる内容だった。

サインと同時に、パスポートは取り上げられた。兵士としての訓練は2週間に満たず、そのままウクライナ戦争の前線に送られたという。

外国人をだまして兵士不足を補うロシア軍

ロシアがこうした強硬手段を展開するのは、窮地の裏返しでもある。開戦以来ロシア軍は、兵士死亡による戦力損失に苛まれている。ロイターは昨年12月、機密解除された米情報機関の報告書をもとに、ロシアの死者数は31万5000人にのぼるとの分析を報じた。

ロシアとしてはこの損失を、国外からの兵士調達で穴埋めしたい考えだ。AFP通信は今年2月、「リンゴ農家、航空会社向けの機内食製造業者、就職できなかった新卒者」など、職歴を問わず戦闘員を募集していると報じた。

国外から集められたこうした人材は、ロシア全土の採用センターを通じて軍へ送られる。モスクワの兵士採用センターで働く通訳のインド人男性はAFPに、「外国人に対応するリクルートセンターが、(ロシアの)あらゆる都市に存在します」と明かす。この通訳男性だけで、これまでに70~100人程度のインド人の入隊を担当したという。ネパール人についてはさらに多い。

採用元はインドやネパールに限らない。あるアナリストはAFPに、こうした国々は「世界的な勧誘活動の一環に過ぎない」と語る。

モスクワで毎年恒例の軍事パレード
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家族を支えると意気込んだ兄は、帰らぬ人となった

ロシアに騙され、悲惨な戦争に巻き込まれる南アジアの人々は絶えない。衣料品店で平穏に働いていた30歳のインド人男性は、ロシアのエージェントに騙され、ロシア軍に入隊させられた。

きっかけは、ドバイを拠点にする人材派遣会社が投稿したYouTube動画だった。ロシア永住権が約束され、収入が何倍にもなるとの触れ込みだった。昨年12月にロシアへ渡航したが、わずか3カ月後の今年3月、家族のもとに訃報が舞い込む。

男性の弟は、米公共放送のボイス・オブ・アメリカに、「(エージェントが)兄を騙したのです」と憤る。エージェントは男性に、ウクライナ戦線に送られることはないと保証していた。「家族の将来を安泰にできる方法を見つけた」と色めき立ち、母国・インドを後にした兄の笑顔が脳裏から消えない。