子供の能力を最大限に伸ばすにはどうすればいいか。ベストセラー『思考の整理学』の著者である外山滋比古さんは「人間が生まれながらに持つ『自然知能』を引き出すには、生後6カ月くらいから始め、4歳くらいに基礎を修了しなくてはならない」という。遺作となる『自然知能』(扶桑社)より、一部を紹介する――。
日当たりの良い緑地に座る親と子供
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日本語の「自然」には人間が含まれていない

いま、自然知能ということばは通用していない。人工知能に対して新しく考えたことばである。人工知能は英語で、Artificial Intelligence,略してAIという。それに先行するのを自然知能、Natural Intelligence,NIと呼ぶことにしたのである。

日本語の“自然”は、英語のnatureの訳語であるが、自然とnatureがぴったり合致しているわけではない。

日本語の「自然」は、山川草木、動物などを呼ぶことばで、その中に、人間が含まれていない。ところが、英語のnature、自然、は生まれたものを意味するから、人間が含まれる。

そういうことを考えないで、natureを自然としてしまったために、日本の近代文化にヒズミができてしまったが、その吟味がなされないままに、「自然」ということばが使われてきた。

AIを理解するには、先に自然知能を知るべき

ここで自然知能というのは、英語式の自然知能であって、人間の持って生まれたものを自然とするのである。したがって、「自然知能」は、人間知能としてもよいところである。人工知能がキカイ知能であるとするなら、自然知能は人間知能であるということになる。人工に対しての自然である。すべての人間は自然知能を持って、少なくともその可能性を持って、生まれてくる。その意味で、人間知能を考えるのである。

いま、人工知能をよく理解するのは一部の専門家にとどまる。知識人でも文学的教養を持っている人は、人工知能に冷淡である。それに対して、自然知能は人間知能で、すべての人間が持っている能力である。

そういう人間知能をとびこえて、人工知能を考えることは難しいのである。

人工知能を理解するには、いまのところ無自覚の状態に置かれている基本的な自然知能をはっきりさせておくことが必要である。

われわれは、そういう自然知能について知るところは、きわめて少なく、その少ない知識も断片的である。人間の能力の根源をなす自然知能について、総合的な研究の行われる必要はきわめて高い。しかし、いまは、教える人もなければ、教えるところもない。文化のブラックホールであるが、社会はいっこうに無頓着である。