※本稿は、田島木綿子『クジラの歌を聴け』(山と溪谷社)の一部を再編集したものです。
トゲトゲの陰茎で排卵を促すライオンのオス
哺乳類の陰茎は、基本的に「弾性線維型」と「筋海綿体型」の2種類に分けられる。要は線維質が多いか、筋肉と血管が多いかの2つに大別される。
筋海綿体型の陰茎をもつ動物の中には、交尾中にメスの排卵を促すという、さらなるツワモノも存在する。ライオンをはじめとするネコ科の動物である。
ネコ科のオスは、陰茎の表面に「角化乳頭(陰茎棘)」と呼ばれる無数のトゲ状突起があり、交尾中にこのトゲでメスの膣粘膜を刺激し、排卵を誘発する(交尾排卵)。
これもまた、確実に自分の子孫を残そうとする戦略の一つである。
ライオンは、アフリカのサバンナや草原、インドの森林保護区に生息する大型ネコ科動物である。ネコ科動物は一般に、体格や体形に雌雄差がそれほど見られないが、ライオンではオスの体長が170~250センチメートル、体重150~200キログラムなのに対し、メスの体長は140~175センチメートル、体重120~180キログラムで、雌雄にかなりの体格差がある。加えて、オスには“百獣の王”とうたわれる所以でもある「たてがみ」が生えているのが大きな特徴である。
性ホルモンの分泌が多いオスほど、たてがみが黒くなる
たてがみは、メスへのアプローチやオスの象徴、さらにはオス同士の威嚇など重要な役割を担っている。
性ホルモンの一つ、テストステロンの分泌が多いオスほど、たてがみの色がより黒くなる傾向にあり、立派なたてがみの条件は毛量よりも色の濃さにあるという説もある。
近年、南アフリカ共和国の南部から東部の標高1000メートル以上の環境に棲息する個体群ではたてがみが発達する傾向があるのに対し、ケニアやモザンビーク北部にかけての熱帯地域に棲息する個体群ではたてがみはあまり発達せず、たてがみのない個体も見られるという。これまでは、生息域によってオスライオンのたてがみの発達に差があることは明確になっていなかった。
考えてみれば、ライオンの棲息地で気温が上昇し続けると、たてがみはたとえるなら真夏にマフラーを巻くようなもの。哺乳類である以上、体温維持は繁殖戦略よりも優先せざるを得ないため、温暖化が続けば、近い将来、たてがみのない百獣の王が主流となってしまうかもしれない。