スプリンゴラが言うように、父親による愛情や安心感の欠如、読書家としての嗜好、性に対する無知と早熟な興味、自己承認欲求と庇護への欲求が、少女が捕食者の餌食となるきっかけを生んでいたことは確かだろう。少女の純粋さや欠乏感をよく理解したうえで付け込み、支配下に置いた「G」に対し、彼女が次第に不信感を強める過程が描かれている。

性的搾取を行った男が守られてきたという闇

問題は彼に不信を覚え、その「恋愛」に絶望したからといって、すぐに少女が立ち直れるわけではないというところにある。スプリンゴラは自らを犯罪の共犯者であるように感じ、自我の形成期に自分を成り立たせていた「神話」を信じられなくなることで、自分自身の存在意義がわからなくなっていく。性的搾取を「恋愛」として美化し、作家G自身の肥大した自我で少女を押し潰すことで、彼女自身が自然に身に付けていく自己表現の機会をも奪ってしまった罪は重い。

いったんは文学に対し不信感を覚えつつもソルボンヌ大学を卒業して編集者になったスプリンゴラは、同じ出版の世界に生きる彼が事あるごとに彼女について小説に書き、都合の良い解釈と人格否定を繰り返すことに耐えられなくなる。そして、ある日彼女は自分の周りの大切な人に背中を押されて、自分自身の声で自分の物語を書くことを決意する。書くことが癒やしである、という結論は、私自身の結論とも重なり、共感するところがある。

地位を確立したGが少女たちとの恋愛遍歴を都合良く描き、彼女たちの個性すらはぎ取ってしまう行為が被害者を傷つけることは言うまでもない。しかし、その暴力性だけでなく、作家、芸術家であることによって、性的搾取を行ってもその男が守られてきた業界の闇こそが本作の焦点だ。告発の要素が強い本だが、当事者が少女の心理を克明に描きつつ、その問題の普遍性を提示している点は大変興味深い。ぜひご一読を。

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