日本は「子どもの権利条約」に違反している
――西澤先生は著書『子ども虐待』(講談社現代新書)で、「保護された子どもの90%近くが児童養護施設などで集団養育を受けている日本の現状は、子どもの権利条約に違反している」と指摘していました。どういうことですか?
虐待等で親が子どもを養育することが有害であると判断された場合には、「生物学的な親から養育を受ける権利」よりも、「社会が子どもを養育する義務」が強くなります。そうして親元から分離された子どもたちに、適切な養育を提供するための仕組みが「社会的養護」です。子どもの権利条約では、養護施設よりも里親養育や養子縁組が良いとしており、世界的には「脱施設化」が進んでいます。
社会の現実として、施設にしか行けない日本の状況は子どもの権利条約に違反していますし、日本は国連から勧告も受けているんです。先進国の中で、これほど施設に頼っている国はありません。昔は「東洋の文化では血の繋がりを優先する」という言い方もされていましたが、同じ東アジアである韓国は急速に脱施設化を進めて、保護された子どもの半分以上が里親養育になっています。
――保護された子どもの養育環境は、施設よりも里親養育や養子縁組が望ましいということでしょうか。
脱施設化は人類のいろいろな失敗から生まれた動きです。根拠の一つになっているのは、第2次世界大戦直後に、60%という高い死亡率を出していたヨーロッパの乳児施設での調査です。アタッチメント理論を打ち立てたジョン・ボウルビィという精神科医が調べた結果、いわゆる「人間味のあるケア」の不足が子どもの免疫系に影響し、たとえば風邪などの軽い病気が悪化し、死につながっているということが判明しました。
1989年に注目が集まった、ルーマニアの「チャウシェスクベイビー」に関する追跡調査の結果も、施設での養育が子どもの心に影を落とすことを示しています。チャウシェスク政権は多産主義をとっていたのですが、貧困により孤児が大勢現れ、貧しい施設にたくさんの子どもが収容されていました。彼らがチャウシェスクベイビーです。
3分の1の子どもには、成長しても重篤な精神障害が残った
ルーマニア革命でチャウシェスク政権が倒れた時に、海外から研究者と実践家が入ってその子どもたちを救出。イギリスやアメリカで養子として育てられました。しかし、マイケル・ラターという小児精神科医が追跡調査をした結果、3分の1の子どもには、成長しても重篤な精神障害が残っていたのです。乳幼児期の施設内養育が心を壊す要因になるということがわかりました。
そのほか、親子関係をあまり結ばない共同体である「キブツ」が失敗したことも根拠の一つになっています。それらの経験から、「子どもが育つのは家庭である。子どもの養育を施設に依存することは、子どもに病理をもたせる可能性が高い」となり、脱施設化が進んだのです。