もはや、ITそのものでは他社に差をつけることは難しい。競争優位のための「必要条件」かもしれないが、「十分条件」ではないのだ。筆者は、「組織能力」にITを合わせることが本筋である、と主張する。

20世紀後半を通じて「能力構築競争」を継続してきた日本企業は、自らが背負ってきた歴史に根差す「ものづくり現場発の能力構築戦略」を堅持しつつ、それと欧米流の「頭を使い楽して勝つ戦略」との間のバランスをとっていくべきだと前回論じた。ここで「ものづくり現場発の能力構築戦略」とは、厳しい能力構築競争から逃げず、多能工のチームワークを基本とする「統合型のものづくり組織能力」を鍛えたうえで、それと「相性」の良い製品アーキテクチャ(設計思想)、ビジネスモデル(儲けの構造)、組織構造、人事方針、購買方針、IT(デジタル情報技術)方針などを確立する全体最適の方針を指す。

つまり、あくまでも「組織能力の継続的な進化」を戦略の最優先課題とし、それを最大限に活かすようにヒト、モノ、カネ、情報などの流れをつくっていくことである。間違っても、「新しい仕組み」や「先端技術」が独り歩きし、自社の強みである組織能力の構築・増進をかえって阻害するようなことがあってはならない。企業の競争力を支える「IT」も、その例外ではない。

かつては、自社独特の情報システムで他社に差をつけよう、という考え方(戦略情報システム=SIS)が主流だったが、その後パソコン、インターネット、分散ネットワークの時代が到来し、標準的な汎用ソフトウエアで自社の情報技術系を構築するのが一般的となった。

つまり、「ITの時代」とは、まさにITそのものでは他社に差をつけにくい時代のことなのである。「誰でも買えるうちの汎用ソフトをご購入いただければ競合他社に勝てます」といった類の一部ITベンダーの売り文句が、論理的に矛盾していることは言うまでもない。確かに先端的ITを「入れないと負ける」ケースは増えているが、それと「入れれば勝てる」というのは別の話である。言い換えれば、今日ITは、競争優位のための「必要条件」かもしれないが、「十分条件」ではない。

ものづくり支援ITを競争力に結びつける主役は、結局のところ「組織能力」だ、と筆者は考える。ITは、それを使いこなし改良する組織能力が伴うとき、はじめて他社に対する競争優位に結びつく。その点で、汎用ITの購入は、能力構築の代替物にはなりえない。「ITの時代」とは、「組織能力で差のつく時代」である。

したがって、あくまで組織能力を主、ITを従と考え、組織能力と相性の良いITを購入し、あるいは組織能力にITを合わせこむ改良を行うことが、能力構築戦略のIT方針であろう。間違っても、自ら培った組織能力を犠牲にしてまで「ITに合わせた業務・組織の全面見直し」に走るべきではない。組織能力と相性の悪いITに甘んずるべきでもない。

このことは、自動車産業の開発支援IT、例えばCAD(コンピュータ支援設計)、CAE(設計評価シミュレーション)、CAM(コンピュータ支援金型開発)などについても言える。