なぜ性犯罪がなくならないのか。ジャーナリストの浜田敬子さんは「日本の学校ではまともな性教育もジェンダー教育も行われていないため、『性的同意』をめぐる知識や理解が圧倒的に不足している」という――。
暗い部屋で苦しんでいる女性
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「法の番人」たる組織で起こった性暴力

性暴力に関する告発やニュースが後を絶たない。なかでも最近は加害者と被害者が面識があるケースが増えているという。朝日新聞によると、不同意性交罪などで検挙された件数は、2014年に比べ2022年は2倍近い1009件、2023年は3倍近い1469件だった。

この記事で専門家は「法改正を重ねた結果、従来は被害として把握されなかった事案が顕在化した」と分析しているが、それはそれまで「知り合いだから」ということで声を上げにくかったということの裏返しではないだろうか。家族や職場、友人関係に根深く残る男性の優位性に声を上げにくい社会が反映されていると感じる。

この半年で大きなニュースになった性暴力に関する事件や裁判の事例を挙げてみる。

2024年10月には現職の女性検事の記者会見が大きな衝撃を与えた。2018年、大阪地検トップの検事正が官舎で部下の女性に性的暴行を加え、約6年後に準強制性交容疑で逮捕されたというこの事件。被害者である女性検事は「私は検察に殺された」と訴えた。

検察という法律を司る組織における性暴力、そして女性検事の口から語られたショッキングな事案の詳細と二次被害の実態。事件から数年間声を上げられなかったこと、心身ともにボロボロになり、誇りを持っていた検事という仕事すら続けられなくなっていること。かつての上司の所業を涙ながらに訴える会見が多くの人の感情を揺さぶった。

拒否する声が加害者にも裁判所にも届かない

12月には富山県で24歳の女性が実の父親からの性的暴行を訴えた事件の初公判が開かれた。女性は実名で被害を訴えているが、父親は無罪を主張している。

同月、大阪高裁は集団で女子大学生に性的暴行を加えたとして強制性交罪に問われた滋賀医科大生2人に対して、一審の有罪判決を破棄して無罪判決を言い渡した。

女性が被害に遭った際に「やめてください」「嫌だ」「苦しい」と言っていたにもかかわらず、「女性に同意があった疑いを払拭できない」と結論付けた。この判決に異議を唱える声は日に日にSNSで大きくなり、署名活動で集まった署名は10万筆を超えた。

芸能界の「闇」にスポットが当たった

さらに年末、週刊誌報道で明らかになったのが、タレントの中居正広氏によるフジテレビの元女性社員への加害だった。問われたのは中居氏自身だけではなかった。

フジテレビが、女性に対して「重大な人権侵害の恐れ」があったと認識していたにもかかわらず、中居氏を番組に起用し続けていたことから、企業としてのガバナンス、人権意識の希薄さも問われた。同時に、フジテレビが日常的に女性を「宴席要員」として飲み会に同席させていたことも報じられた。経営幹部は引責辞任し、中居氏はタレントを引退した。

フジテレビ社屋
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「同意があった」と一転、無罪主張

なぜこうした被害が後を絶たないのか。その大きな要因の一つに「性的同意」をめぐる圧倒的な知識・理解不足、認識のズレがある。

元大阪地検検事正のケースでは、2024年10月に開かれた初公判において元検事正は「準強制性交罪」で起訴された事実を認め被害者に謝罪までしていたのに、12月になると一転無罪を主張した。

代理人である弁護士は会見の際、「行為は争わないが、女性が抵抗できない状況かは疑わしい」として、「同意があったと思っていた」と無罪主張の根拠を述べた。

2023年に改正された刑法では新たに不同意性交等罪が設けられ、暴行や脅迫の有無にかかわらず、被害者が同意をしない意思を形成・表明・全うすることが困難な状態での性的行為は処罰対象となった。同意が困難な状況には、飲酒などで酩酊していたり不意打ちの状況だったり、経済的・社会的地位の上下関係を利用するなども含まれる。

女性検事は、被害に遭った時に飲み慣れない酒を飲んで泥酔状態で記憶がなかったと主張しており、さらに途中で「帰りたい」と訴えてもいる。法に精通している元検事正がなぜこれで「同意があったと思っていた」と言えるのか。

フジテレビのケースでは、女性は被害当日以前に中居氏宅で開かれたホームパーティーに会社の先輩に誘われて参加していた。その先輩は番組のキャスティングにかなりの権限を持っている人物だと報じられている。中居氏も「大物」タレントとして局が最大限に気を遣う人物だった。

女性は被害当日も仕事の「延長」だと思っていたとされ、どこまでが女性の「意思」なのかという線引きは立場によってかなりの意識の開きがあると感じる。そしてもちろん家を訪ねただけで性的な行為に同意したとは到底言えない。

断りたいけど、断りきれない理由

職場をはじめ人間関係で明らかに立場の上下関係がある時、「断りきれない」という場面は多くの女性たちが経験していると思う。会社の上司・先輩から求められて渋々参加する飲み会、大事な取引先から誘われる食事。男性の友人たちとの飲み会でも帰りたいと思った時にそれを口にできない場面。断れば仕事を失うかも、ノリが悪いと言って次から誘ってもらえなくなるかも……危険センサーが働きながらも、断った時に起きるであろう不利益を考えて断れない。もちろん「断りきれない」ケースは男性にもあるだろうが、違いは2人きり、密室に呼び出されることへの不安感、恐怖心ではないか。

私にも若い時に経験がある。取材先からネタがあると呼び出されたら、料亭の個室に2人きりだったり、大事な話だから外では話せないと言われマンションの1室に連れていかれたりしたことを。そんな時は身を固くし、いざとなったら逃げられるようドアの位置を気づかれないよう確認していた。

あまりに不安な時は会社の先輩に「何時までに帰らなかったらポケベルを鳴らしてほしい(当時は携帯ではなくポケベルだった)」と頼んで出かけたこともある。それでも何かあれば、「行ったほうが悪い」と責められただろう。そうした不安を口にすることも憚れた。「自意識過剰」と嘲笑されることを恐れたのだ。

「密室に男女2人きり」のリスク

中には単身赴任先の官舎に夜回りに行くと、「密室で2人きりは良くないから」と外の公園で話をしてくれた警察官もいる。それは女性のことを案じてというよりあらぬ噂を立てられないよう自身の身を守るためだったかもしれないが、密室で2人きりになるリスク、どちらが立場的に優位かをわかっていた部分もあるだろう。

性暴力や性的同意の問題を考えるとき、男性側は自分たちが持つ特権性や優位性にあまりにも無自覚なことに苛立ちを覚える。

富山県で起きた実の父親による性的暴行事件では、検察側は、父親が事件前から女性に暴力を振るうなど恐怖心を抱かせており、女性が妹に被害が及ぶことを恐れていたこと、家族の生活が父親の収入に頼っていたことから断れなかったと主張。だが父親は「娘は抵抗できない状態ではなかった」と無罪を主張した。生計を父親に頼る状況で、そして自分が断り家を出れば妹に被害が及ぶことが想像できる状況で、どうして強く拒絶できるというのだろう。

男性たちは空気のように権力を持っている

こうした認識のズレはなぜ起きるのか。

刑法の性犯罪規定の改正にも関わってきた千葉大理事で副学長の後藤弘子さんは、社会構造に起因していると指摘する。

「そもそも同意とは対等な関係が前提になければならないのに、今でも社会における男女の権力、力の差は明らかです。対等だということは声をきちんと聞いてもらえるということ。幼い頃から家庭内でも男の子の声はより耳を傾けられ、社会に出れば権力を持ち、自分が言えば組織が動くという経験をしている。

男性たちはこの権力構造にあまりに無自覚です。性犯罪とは権力犯罪であり、まず男性たちが空気のように権力を持っていることを意識しなければならないのです」

「勘違いしていたから仕方ない」?

そして司法も、この権力構造の不均等を理解していると言えるのだろうか。性暴力事件に詳しい弁護士の上谷さくら氏は、「相手が同意していると誤信したと認定され、故意ではなかったと不問になるケースが散見される」と、朝日新聞の取材に対して刑事裁判の問題点を指摘している。

「殺人罪の場合、相手の心臓を刃物で何回も刺した人が『殺意はなかった』と主張しても通らない。でも、性犯罪になると、相手が嫌がっている態度を取り、客観的にも同意があるとは思えない状況であっても、『同意があると勘違いしていたのだから仕方ない』という理屈が、なぜか通ってしまうのです」

私は2024年5月、ジェンダーギャップランキングで15年連続1位のアイスランドを取材した。首相官邸の人権平等省や首都のレイキャビク市にジェンダー平等政策などを聞いたほか、学校におけるジェンダー教育も取材した。

アイスランドの首都レイキャビク。アイスランドは「男女格差が90%以上解消された唯一の経済国」と言われている
筆者撮影
アイスランドの首都レイキャビク。アイスランドは「男女格差が90%以上解消された唯一の経済国」と言われている

訪れたのは15〜19歳が学ぶ、日本では高校にあたる共学の学校だった。15歳のクラスでは16時間にわたり、ジェンダー平等とはどういう状況か、現状や法律などを教えており、中でも注力しているのが性暴力に関する教育だという。

アイスランドの10代が学校で学んでいること

担当している男性教師、ソルドゥル・クリスティンソン氏は、その狙いをこう話してくれた。

「アイスランドでも性暴力被害の70%は10代。北欧諸国では10代からネット番組などでポルノの消費が多く、特にレイプのような暴力的な性行為を見て影響も受けやすい。最近では裸の写真を送らせるデジタル上の性暴力も増えている。だから早くから、性的であることと暴力的であることは違うことや、性行為に関して合意を得るためのプロセスを教えているのです」

ジェンダー教育を担当しているソルドゥル・クリスティンソン氏
筆者撮影
ジェンダー教育を担当しているソルドゥル・クリスティンソン氏

中でも、驚いたのが、「toxic masculinity(有害な男性らしさ)」についてまで教えているということだった。「男らしくあるべき」といった固定観念が、時に性差別的な言動に結びついてしまうことまで15歳の子どもたちに伝えているのだ。

「男性が全て加害者になるわけではない。平等を実現するために男性はどう行動すべきなのかということを、子どもたちの間でも話し合ってもらううちに、子どもたちの間で平等とは何か、という議論にまで発展していきます」

わが子を「被害者」「加害者」にしたくない

先の上谷さんはインタビューの中でこう話している。

「相手に嫌な思いをさせたい人も、訴えられるリスクを負いたい人もそうはいないと思うんです。それなのにアダルトビデオ(AV)などが正しいと思い込んでいて、嫌がっているのに『恥ずかしがっているからぐいぐい押してあげないと』と勘違いしてしまう」

そして、AVに頼らないためにも、同意とは何か正しく理解するための教育が必要だという。

アイスランドの学校で、「有害な男性らしさ」などを教えて、男子生徒の親からクレームなど来ませんか? と聞いてみたら、こう返答が返ってきた。

「全く。どの親も自分の子どもを被害者にも加害者にもしたくないと思うので」

今必要なのはこの発想ではないか。できるだけ早いうちから男女ともに平等とは何かから考え、議論する。性行為に関してもタブーなく。だが、日本の学校ではまともな性教育すらできないのが現実だ。

「性的同意」の本質的な理解までには、かなりハードルがある。