40代の女性行員が単独で十数億円以上を盗んだ衝撃の事件
被害総額は十数億円以上。2024年末の金融界を震撼させている三菱UFJ銀行の行員による貸金庫窃盗事件。12月16日の同銀行・半沢淳一頭取の会見によれば、この犯罪史上に残る巨額横領は、東京都内の支店で貸金庫の管理担当をしていた40代の女性行員がひとりでやったことだという。貸金庫の鍵は、顧客と銀行がそれぞれ持っており、女性行員は4年半にわたって、銀行保管の鍵(予備鍵)の封印を破り、金庫の中にある現金や貴金属、宝飾品類を持ち出し自分のものにしていた。
銀行では鍵の封印が破られているかどうかのチェックをしていなかったということなので、女性行員が鍵を簡単に使えたことは置いておくとしても、いったいどうやって貸金庫室から札束などを持ち出し、銀行からお持ち帰りしていたのか? また、宝飾品をどう換金していたのかなど、犯行の詳細に、まだまだ謎は残る。
それにしても「銀行内の犯行」で「被害額がとんでもなく大きく」、しかも「犯人は女性」、「横領した金をちゃっかり投資運用していた」「頭取の苗字はメガバンクを舞台にしたドラマ『半沢直樹』と同じ(原作の池井戸潤氏はモデルではないと明言)」ということで一つひとつの要素のインパクトが強すぎる。
半沢頭取が「銀行ビジネスの根幹を揺るがす事案」と語ったように、金融機関への信頼を損ね、社会不安を増幅させるたいへんシリアスな事件なのだが、被害者ではない多くの人にとっては、興味深いストーリーであることもたしかだ。ここで、10年前に公開された、ある映画を思い出した人も多いのではないだろうか。
2014年の映画と今回の事件、4つの共通点がある不気味さ
その作品は、角田光代の同名小説を『桐島、部活やめるってよ』の吉田大八監督が映画化した『紙の月』(2014年公開)。日本アカデミー賞優秀作品賞などを受賞した評価の高い映画で、同時期にNHKでドラマ版が放送され(主演は原田知世)、海外でも話題となり、のちに韓国版も作られた。
舞台はバブル崩壊から間もない1994年。宮沢りえが、首都圏の銀行の支店で巨額横領事件を起こす行員・梨花を演じた。今回の事件との共通点は、現時点で分かっていることだけでも3つある。
・単独犯行
・数年に渡るたびたびの犯行
出来心ではなく、確信的な犯行であり、大胆な手口でエスカレートし総額が膨らんでいく様も、今回の貸金庫窃盗事件と共通している。まるで、事件を予見していたかのようだ。時系列から言うと、三菱UFJ銀行の犯人が『紙の月』を読んでいた、または映画やドラマを見ていた可能性は大いにある。
平凡な主婦が横領事件を…映画『紙の月』のストーリー
映画の梨花(宮沢りえ)は、誰もが認める美人。大企業のサラリーマン・正文(田辺誠一)と結婚し、郊外に家を持つ妻で、子どもはいないが、パートで勤めだした銀行でも営業の能力を認められて渉外係の契約社員となり、公私ともに隙のない、しっかり者の女性として見られていた。銀行では、いわゆる「外回り」担当で、地主などの金持ちの家を自転車で回っては、預金や金融商品などの手配をするのが梨花の役目だ。美しく上品で丁寧な対応をする梨花は、年配の預金者たちから信頼を得ていた。
しかし、大口の預金を預けてくれている顧客・平林(石橋蓮司)の孫である大学生・光太(池松壮亮)と出会い、かなり年下の彼と体の関係を結んでから、人生の歯車が思いもしなかった方向に回り出す。彼が苦学生であり、大学の学費を祖父の平林も貸してくれないと聞いて、梨花は平林から預かった200万円を銀行の定期預金口座には入れず、光太に渡してしまう。そして、彼の前では「お金をいくらでも使える恵まれた奥様」を装うために、高い化粧品を買い、ブランドものの服を着るようになる。
一度、横領をして足を踏み外すと、歯止めが効かなくなるのか、梨花は顧客のひとりである老婦人・たまえ(中原ひとみ)が認知症になったと知るや、たまえの記憶があやふやなのをいいことに、その口座から300万円をまるっと自分の銀行口座に入れてしまう。さらに、その口座から200万円引き出してきたのに本人には10万円しか渡さず190万円は着服するなど、次々に罪を重ねていく。
10歳以上下の大学生との性愛に溺れていくヒロイン
自宅で当時最新のワープロとプリンターを駆使し、偽の定期預金証書を作り(懐かしのプリントゴッコで年賀状ライクに認め印をねつ造!)、金を預けてくれた顧客には、「たしかに銀行で預かりましたよ」という体でしれっとそれを渡す。だんだん梨花から迷いがなくなり、犯行は大胆になり、横領がエスカレートしていく様が、恐ろしい。
不正に入手した金で、休日には高級ホテルのスイートに光太と連泊。ホテルのお会計が150万円超えても、浪費を止めない。挙げ句の果てには、彼にマンションを与えて、完全に愛人として“囲う”ように……。もちろん、若い光太はそれだけ甘やかされた結果、スポイルされていく。
原作小説では、40歳近くになり夫とはセックスレスだった梨花が、若い男性との性愛に溺れていく心理がはっきりと書かれている。
宮沢りえがベッドシーンを体当たりで演じ、絶賛された
宮沢りえは、ベッドシーンがあることに迷いもあったというが、40歳になるタイミングで挑戦しようとこの役を引き受け、梨花の恋する喜びと、金銭感覚が狂っていく様をリアルに演じた。そして、日本アカデミー賞など、6つの映画賞で主演女優賞を獲得した。
もともと梨花は欲張りな女性ではなかったはずだが、本当は、夫がひとつのベッドで寝ても自分に触れないことや、子どもを産む時期を逃してしまったことにひどく傷ついていた。だからこそ、自分の体を求めてくれ、金銭的に援助すれば素直に喜んでくれる光太との関係にのめり込んでいったのではないか。
中学校時代、ミッションスクールに通っていた梨花が奉仕活動で途上国の男の子に募金を続け、ついには父親の財布から5万円を抜き取ってまで寄付したという過去も描かれる。もともと梨花は、お金はたくさん持っている人からもらって、困っている人に渡し、有効に使うべきだという考え方の持ち主だったのだ。「お金なんて、どれも同じじゃない」と光太に言うシーンが印象的だ。
インターネットバンキングがない時代だから、横領が成立
一方、小説では横領のプロセスは詳しく描かれないが、映画では、取材に基づいてかなり詳細に、かつサスペンスフルに描かれる。梨花は銀行内で定期預金証書の「書損」(キャンセルなどになり無効になった証書)を自分のシャツの胸元に入れて持ち出し破棄したり、顧客に郵送されるはずの「取引明細書」を抜き取り、自宅のキッチンのコンロで燃やしたりと、やりたい放題。銀行で数年間働き、そのシステムを知り尽くしているからこそ、簡単に抜け穴を見つけられる。映画はあくまでフィクションだが、その点は、今回の貸金庫窃盗事件にも通じそうだ。
映画の舞台は1994~95年でウィンドウズ95の登場直前、メガバンクは2000年代からインターネットバンキングなどのIT化を始める。各銀行のスマホアプリなどが普及した現在では、顧客は自分の口座に預けたお金が入ったかどうか、すぐに確認できる。吉田監督も「(当時は)銀行のシステムがまだ完全にはオンライン化されていなかったから、梨花のやり方がギリギリ成立したと思います」と語っている(劇場公開時のプレスリリースより)。
なぜ一部の銀行員は顧客の金品に手を付けてしまうのか
逆に言えば、今回の貸金庫窃盗は、銀行の中でまだIT化されていない最後の聖域、ブラックボックスである貸金庫というシステムだったので、そこを突かれた。だから、被害総額が十数億になるまで発覚が遅れたということなのだろうか。
「なぜ銀行員が絶対にタブーである顧客の金品に手を付けてしまうのか」ということについては、映画『紙の月』の中でも分析されている。
映画オリジナルのキャラクターであり、大島優子が演じる窓口係・相川が、その危うい心理を語る。
梨花「そんな……。変な気、起こすわけないのに」
相川「私はヤバイです。お金触っていると、もう変になりそう。ダメですかね? 一瞬借りて戻すとか。使わないお金なんてちょっと借りても、お客さん意外と気づかないと思うんですよね」
このとき既に梨花は顧客の金に手を付けているので、その心理を見事に言い当てられたことに。吉田監督によれば、相川は「梨花のダークサイドから生まれた幻」のような存在だという。
梨花が横領した総額は、小説では1億、映画では3000万円ぐらいと描かれる。どちらにしても巨額で、発覚した後、銀行の支店長たちがパニックになる様子もリアルだ。同時に、たいへんな不正だが、銀行ではこれまでも「ありえた」ことなんだろうなとも思わせられる。
映画が示唆した、彼女たちを巨額横領に走らせる背景
映画は映画、あくまで物語なのだが、『紙の月』は直木賞作家の角田光代が生み出し、『桐島、部活やめるってよ』で日本アカデミー賞を、最新作『敵』(2025年公開)で第37回東京国際映画祭東京グランプリを受賞した吉田大八監督が演出した秀作である。吉田監督と脚本の早船歌江子が激しく議論しながら作り上げたという脚本も、原作のアレンジがすばらしい。そこでは梨花が横領するに至った背景として、2つの「格差」が示唆されている。
まずは経済格差。梨花のような契約社員や相川のような窓口係の給料は、おそらく年収500万円にも届かないだろう(原作では300万円程度と描かれる)。しかし、彼女たちは、業務上では数百万から数千万円という大金を動かせるわけである。梨花がお得意先回りをする顧客たちは、億単位の貯蓄を持つリッチな老人たち。たとえ彼らから預かった200万円をいただいたとしても、その10倍以上の金がまだ残る。相川が言ったように「ちょっとぐらい借りても……」と思ってしまうのも無理はない。
もはや職業倫理だけでは銀行での不正を防げない
さらに経済格差にもつながる男女格差。銀行でも、女性社員の給料は男性に比べて低く、それでも40代の正職員ともなれば年功序列で人件費がかかることを厭われ、「本社の総務部に異動」という「肩たたき」に遭うことが描かれている。
梨花は、家庭でも上場企業の社員である夫に「たいした稼ぎもないのに」という目で見られ、夫が上海に転勤することになったときも、当然、銀行を辞めてついてくると思われている。それに反発して梨花が「仕事は辞められない。私だってそれぐらいの仕事をしているんだから!」と怒る場面が印象的だ。
もちろん、どんな不遇な環境にあったとしても、どんなに差別されていたとしても、他人のお金を盗んでいいことにはならない。今回の貸金庫窃盗事件でも、犯人を擁護できる情状酌量の余地はゼロだろう。
横領に始まり横領に終わる2024年
思い返せば、2024年の春には、メジャーリーグで活躍する野球の大谷翔平選手が、通訳の水原一平に約26億円を使い込まれていたことも発覚した。横領に始まり、横領に終わる、散々な1年だが、やはり大金を持つ人の身近にいて、その金を動かせる立場にあるとき、人はタブーを犯したい衝動にかられてしまうのかもしれない。
銀行での不正行為をなくすためには、「良い悪い」の職業倫理だけではなく、そういう人間心理をもっと深く広く理解し、格差というリスク因子にも注意するべきではないだろうか。