※本稿は、渡邉哲也『世界と日本経済大予測2025-26』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
ビジネスパーソンが知っておくべき「Society5.0」の中身
半導体の問題を解決した先にあるのは、「Society5.0」の実現である。
内閣府が策定した第5期科学技術基本計画によれば、Society5.0は、「サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会を目指すもの」と説明されている。
日本がめざす未来社会の姿として、ビジネスパーソン、投資家が押さえておくべき必須キーワードだ。ちなみに「Society1.0」が狩猟社会で、「2.0」は農耕社会、「3.0」は工業社会、「4.0」は情報社会で、「Society5.0」はそれに続く、より発展した社会である。
2021年3月に閣議決定された第6期科学技術基本計画では「持続可能性と強靭性を備え、国民の安全と安心を確保するとともに、一人ひとりが多様な幸せ(well-being)を実現できる社会」と表現されている。
「Society4.0」はフィジカル空間からサイバー空間へのアクセスが可能となるものの、知識・情報の共有や連携が不十分であったり、必要な情報を調べて分析するリテラシーが高度に要求されたり、という問題点を抱えていた。
Society5.0を実現をするNTTのIOWN
「Society5.0」では、それをIoTで人とモノを繋げて新しい価値を生み出す、AIを使って必要な情報が瞬時に提供できる。乱暴な言い方をすれば、人間のために、情報を自由自在に活用できる便利な世の中がまもなく実現するのだ。
Society5.0を実現する手段の1つとしてIOWN(Innovative Optical and Wireless Network=アイオン)計画がある。
これはNTTが進めているもので「光の技術を軸とした次世代情報通信基盤をもとに、よりスマートに一人ひとりが自分らしく生きられるWell-beingな世界の実現をめざす構想であり、取り組み」のこと。光半導体、生成AIなどを全てネットワーク化し、2030年をめどにスマートな社会を実現するというものだ。
高速通信の5Gによって通信技術が大幅に向上し、大量の情報のやり取りができるようになった。これに対して、IOWNでは光プロセッサ、光半導体を利用することで革命的に通信量を増大できる。
使用する電力量が100分の1以下なのに、通信速度はじつに100倍以上。超高速ネットワークを利用して全ての物流からリソースを組み合わせながらAIによって最適化していく。
こうした社会全体の最適化こそが、IOWN構想の核心部分だ。
とくに物流業界において、通信の超高速化は、ネットワークを効率的に動かすうえで欠かせない。大きなメリットがあるだろう。ほかにも自動車の自動運転、オーケストラ演奏のリアルタイム遠隔セッションの実現なども可能になる。
TSMC、ラピダスが日本に工場をつくった理由
IOWNのベースにあるのは、NTTによる光半導体の実証技術だ。
最近10年、国際的な通信規格を決める国際電気通信連合(ITU=International Telecommunication Union)のトップの事務総局長が2015年から中国人の趙厚麟氏で、規格委員会のトップも中国人だった。中国の企業ファーウェイが、国際通信規格の中で力を持つことができたのはそこに起因する。
それに対して2022年の9月の選挙で、アメリカと日本がトップの地位を取り戻し、2023年1月からアメリカ人のドリーン・ボクダン=マーティン氏がトップに就いた。
このままいけば、2030年には5Gの次世代である6Gが誕生する。6Gは5Gよりさらに速度も効率も格段に向上する。この6Gを利用するための戦略策定を今、推進しているわけだ。
光半導体による高速かつ低消費電力型のシステム、これをさまざまなAIに組み込むことによって、一体化した効率運用を可能とする。これを進めるのが、まさにNTTの規格のIOWNなのである。
IOWNに参加している企業は、西側世界のIT関連業界の雄であるソニー、インテル、マイクロソフトなどが占める。NTTとソニーが新たな業界フォーラムであるIOWNグローバルフォーラムを作り、アメリカのインテルを巻き込んだ形で始めている。
日本の規格ではあるが、日本だけではなくて、世界中を巻き込む形で動いていることは注目に値する。このような新しい技術、国際通信規格の趨勢を見て、TSMCもラピダスも日本に工場をつくったのは間違いない。
日本経済の未来を左右する国家プロジェクトが進行している
5G時代に中国が優位に立ったのは、システム、基地局、端末、ネットワークすべてがファーウェイで作れたからだった。
それに対して、西側世界のシステムは、エリクソンの下に富士通が、ノキアの下にサムスンとNECがというように、基地局でそれぞれぶら下がっている構造だった。システムはKDDIやドコモなどのネットワークメーカーが組み上げ、その下にアップルなどの端末メーカーがぶら下がっていた。
これまで、エリクソンとノキアの2系列が存在し、それぞれに決められた企業しかぶら下がれなかったシステムを、2020年にオープン化し、他の系列の企業もぶら下がれるようにして規格化した。
ファーウェイは自社で完結できるのに対し、西側はバラバラだったので効率が悪かった。そこをオープン化して対抗しようと考えたのだ。次に来るステージの6Gからは、通信事業者側がアライアンスを組んで規格を作る、すなわち上を飲み込む形を進めようとしている。
2025年は、まさにその過渡期にあるのだ。2030年に始まる予定の6Gに向けて、社会インフラ等の効率化、生成AIとの連携、半導体の国産化といったことが急ピッチで進められている。
このようなことは、ビジネスパーソンが漫然と新聞を見ていても、気がつかない動きである。数々のニュースの背景には、日本経済の未来を左右する国家プロジェクトが進行しているのだ。
IOWN構想の不安要素はサイバーテロ
2030年に向けてSociety5.0、IOWN構想が進む中、その不安要素としてサイバーテロがある。
2024年6月、出版大手のKADOKAWAがサイバー攻撃を受けて、大規模なシステム障害が発生した。ランサムウェア(身代金ウイルス)を使用した攻撃であったと報じられており、子会社のドワンゴが運営するニコニコ動画が一時的にサービス停止に追い込まれた。
このようなトラブルが発生するのは、日本のセキュリティシステムが脆弱であることが大きな要因である。そのため、被害に遭う→慌てて対策をする→その対策を上回る攻撃を編み出す→新たな被害を受ける、というイタチごっこになっている。
基本的にソフトウェアは動かしながらアップデートしていくべきもの。まず、この原則をおさえておきたい。
ものづくり大国としてのDNAがそうさせるのか、日本人は「完成品」を作ろうとする。未完成品を売ってお金をもらうことに抵抗を感じる人が極端に多いのだ。しかし、「完成品」へのこだわりを貫き、いざ出来上がったときには、もう2世代も3世代も時代遅れの品物になっている。
つねにゼロリスクを求める姿勢こそが、最大のリスク化しているという認識を日本人は持つ必要がある。
「ウイルス対策」が裏目に出ることもある
サイバーテロ防止のためには、ネットワークからリスク因子を完全に排除するしかない。そのための最も効果的な手段が通信遮断、クリーンネットワークの実現だ。
トランプ大統領が中国など敵対する陣営との関係を断ち、クリーンなネットワークを構築しようとしたのを覚えているだろうか。これなどは攻撃に対して極めて有効な手法と言える。
悪意ある攻撃のみならず、セキュリティソフトが世界的なシステム障害を引き起こすケースもある。
2024年7月19日の大規模システム障害は、クラウドストライク社のセキュリティ対策ソフト「ファルコン」が誤作動を起こしたことが原因と特定された。ウィンドウズ10がクラッシュするという前代未聞の事態に発展した。
コンピューターを守るために作ったソフトがシステムを破壊、それに至らないまでも機能不全に至らしめることがある。危険はつねに潜んでいると思ったほうがいい。こちらを根本的に解決しようとすれば、前述のように「動かしながらアップデート」で対応するしかない。日本人のソフトに対する意識そのものを変える必要がある。