税金のカタチがすっきり見えない政策
9月にシェア畑を借りて以来、毎週末は2歳の娘と一緒に畑仕事に出かけるのがわが家の生活習慣になりました。娘も「畑行こう、畑行こう」と土いじりの魅力にすっかりハマり、畑はお気に入りのお出かけスポットになっています。
前回に引き続き今回は特に、賃金制度と税制措置について見ていきたいと思います。というのも、家庭菜園といえども畑作は労働。どうしても、「労働に見合う賃金とは?」「労働に見合う税制とは?」といった思考に、自然に頭が向かうからです。
現在、円安や地政学リスクに伴う激しいインフレが続いています。
このような状況下で、持続的に賃金が上昇しなければ、生活はますます厳しくなります。政府は物価高に対応するために最低賃金引き上げを掲げていますが、税金のカタチがすっきりと見えないため、「とりあえず補助金で物価高に蓋をして、賃上げすればそれでいいだろう」くらいの短絡的な行為のように思えてなりません。
実際、賃上げ対策とはそれほど単純なものではない。なぜなら最低賃金の引き上げは歓迎されるべき政策ではありますが、デメリットも同時に存在するからです。
最低賃金引上げで生じるデメリット
現在、日本政府は最低賃金を1500円に引き上げる方向に注力しています。しかし、これが必ずしも全ての人にとってプラスになるとは限りません。
東京大学の川口大司教授の研究サーベイによれば、最低賃金が上昇すると、特に10代や20代の若者の雇用が減少してきたことが明らかにされています(*1)。最低賃金法が2007年に改正されたとき、東京・神奈川・大阪・北海道など最低賃金が上がった地域で、若い男性の雇用が減ったのです。
なぜ減るのか。それは29歳までの若年層の一定数が中卒者だからです。
そのほか、製造業に焦点をあてた研究では、最低賃金が10%上がると雇用が5%減るというインパクトも報告されています。
要するに最低賃金を引き上げると、中卒の人たちや一部の人たちの就業機会が失われる可能性が生じるわけです。そのため川口教授は、賃上げ以上に生産性が高い地域を探り出して、「賃上げすべき地域を徐々に選定すること」の重要性を説いています。
もちろん、最低賃金を引き上げるのは良いことです。しかし現実には、このようにとりこぼされる人が必ず出てきてしまう。これを防ぐためには、給付付きの税額控除(課税額より控除額が大きい場合、その差額が現金で給付される措置)や、手取りを増やすためにも消費税の引き下げといった補完的な政策を考慮するのは悪いことではないと思います。
金融商品化するタワーマンションへの措置
税制についても、改善の余地があります。
まず1つは、金融所得課税(金融商品から得た所得にかかる税金)の拡大だけでなく、不動産所得の課税強化を検討すること。現在、多くのタワーマンションが金融商品化しており、転売目的で所有する人が増えています。このような資産に対する公平な課税は、今後ますます必要となってきます。
具体的に見てみましょう。
タワーマンションは、高層階であればあるほど実際の市場価値が高まりますが、現在の固定資産税評価額は原則として一棟全体の評価額を均等に割り振る傾向があります。そのため、実際の市場価値と評価額の間に乖離が生じ、高層階の部屋を保有する高所得者層が相対的に低い税負担で済んでしまうケースが少なくありません。
たとえば高層階の物件は、同じマンション内でも1.5~2倍の価格差がつくことがあり、市場価値と固定資産税評価額に大きなギャップがあることが指摘されています。
つまり、1億円の市場価値がある高層階の住戸であっても、固定資産税評価額が5000万円程度であれば、約60万円(評価額の1.4%)の固定資産税になりうるということです。しかしこれでは、実際の市場価値を反映してはおらず、結果的に不公平な税制負担になりうる、というわけです。
投資的な不動産取得の抑制手段
投資対象としての課題もあります。
誰もが知る通り、タワーマンションや高層マンションは投資対象としても人気があり、不動産所得を得る目的で保有されることが多くあります。
投資目的でタワーマンションなどが取得されると、連鎖的にその地域の地価や住宅価格が高騰しやすくなると考えられます。
その結果、一般の居住目的の購入者にとって住宅取得が難しくなり、社会全体の負担が増加します。実際、東京都心部の新築マンションの平均販売価格はこの10年間で約2倍に上昇しており、一般家庭の住宅取得が困難になっているのは「不動産投資のせいだ」という指摘は、決してネタミやソネミの類いのものとは言いきれません。
タワーマンションをはじめとする高層マンションの不動産所得に対する課税の強化は、評価額の見直しや適正な税負担の実現を担う役目を果たします。また、投機的な不動産取得を抑制し、地価上昇の抑制や一般家庭が住宅を取得しやすい環境を整えるためにも、税制改革が必要だというのが私の考えです。
もちろん、政府が資産を完全に把握するのは非常に難儀でしょう。しかし、お得意のマイナンバーを用いることで、公平な税制改革も可能になるように感じています。
消費税率の時限的な引き下げを
もう1つは、消費税です。消費税については、時限的な引き下げを選択肢にできる良い機会です。10月末の衆議院選挙では、自民党の石破総裁の言葉どおり、見事に国民の審判が下りましたから。政治とカネの問題への強い「No!」です。
消費税が10%に達すると、消費者の心理的負担は大きくなります。過去の消費増税前の駆け込み需要を見ても、国民に増税が受け入れられていないのは言うまでもありません。
しかも、国内ではインフレ率が目標値の2%に達していない状況が長らく続いていますが、コロナ禍やウクライナ情勢の影響で近年は生活必需品の価格が上昇し、消費者の負担は増すばかりで出口が見えません。こうした中での消費税率の引き下げは、実質的な購買力を増加させる効果が考えられます。
補助金を出すなら農業しかない
たとえば日銀の推計によると、消費税が1%引き上げられると、消費者物価指数(CPI)が約0.8%上昇するとされています。逆に言えば、消費税を5%に引き下げれば、CPIを低下させる効果が期待できるかもしれず、価格上昇が顕著な生活必需品への購買ハードルを下げると考えられます。
要するに消費税の時限的引き下げは、可処分所得の増加だけでなく、低所得層の生活負担の軽減、そして経済成長率の押し上げといった複合的な効果をもたらしてくれるということです。特に、国内消費の喚起による市場活性化が期待でき、経済の動きに直接的に影響するでしょう。富裕層への恩恵が大きすぎるという指摘もありますが、家計に占める生活必需品の割合は、低所得層のほうが高いことには変わりありません。
最後にもう1つ。今日も畑の土を耕しながら、農業への補助金と、その出し方を変えることが、私たち消費者の懐を暖かくすると痛感しています。
冒頭で、政府は補助金のために増税している、補助金で物価高に蓋をしていると指摘しましたが、身の回りの生活必需品の物価高騰を抑えるならば、農業への補助金のあり方を変えるのは必須です。
「消費者負担」がダントツで高い日本農政
農業分野の研究者である山下一仁先生は、日本の農業補助金のあり方を以下のように指摘しています(*2)。
OECD(経済協力開発機構)が開発したPSE(Producer Support Estimate:生産者支持推定量)という農業保護の指標は、財政負担によって農家の所得を維持している「納税者負担」と、国内価格と国際価格との差(内外価格差)に国内生産量をかけた「消費者負担」(消費者が安い国際価格ではなく高い国内価格を農家に払うことで農家に所得移転している額)の合計である(PSE=財政負担+内外価格差×生産量)。
農家受取額に占める農業保護PSEの割合(%PSEという)は、2020年時点でアメリカ11.0%、EU19.3%に対し、日本は40.9%と高くなっている。日本では、農家収入の4割は農業保護だということである。
そうなのです。すでに、非常に高い補助金が投入されている。しかし、日本の場合は市場価格を歪ませる制度になっていて、消費者負担がダントツで高い。一方、他国は、農家に直接的に補助金を渡すことで、積極的に農作物が作られ、食料安全保障を守る制度になっているのです。
農家の人たちに対して、マーケティングの方法を伝える、輸出をサポートするということは重要です。しかし、農林水産省の発表によると、そもそも日本の農家の平均年齢が68.7歳(令和5年)という現状を考えると、やはり補助金の出し方やインセンティブの形を変える必要があります。物価の視点からも、食料安全保障の視点からも、それは最優先の事柄だとアグリエコノミスクスの視点からは声を大にして伝えたいです。
(*1)社会科学的なアプローチで労働現象を研究する楽しさを知ってもらいたい(川口大司教授)
RIETI 川口大司著「雇用への影響、最大限配慮を 最低賃金引き上げるべきか」
(*2)農業を国民に取り戻すための6個の提言 食料・農業・農村基本法見直しを機に農政を抜本的に正せ