衆議院解散総選挙は、10月27日に投開票される。憲政史家の倉山満さんは「今回の早期解散など、石破首相は総理就任後、自説をことごとく翻しているが、みずから変節したのではなく、意見を曲げるように強要されただけ。自民党内には首相の方針に拒否権を持つ5人が存在する」という――。

拒否権集団に手もなくひねられた「党内評論家」

石破茂首相は選挙に勝てるのか。

この内閣、首班指名で選ばれた後、たった8日で衆議院を解散したので、形式上は史上最短任期となるのは確実である。第1次岸田文雄内閣は組閣10日で解散、任期は38日だったので抜いた。ただし総選挙で政権維持、最終的には約3年の政権を維持した。

ところが石破首相は、総選挙に敗北すると引きずりおろされるのではないかとの声もある。果たして?

石破内閣、とかく評判が悪い。石破首相が、従来の自説をことごとく修正して変節と思われているからだ。しかし、この原因をリーダーシップの欠如と考えたら、見当違いだ。変節と言うからには本人の意思である。実際は、拒否権集団に連戦連敗、しかも全敗しているだけなのだから、変節ですらない。自分の意思で変節したのではなく、拒否権集団に変節を強要されただけだ。

では、その拒否権集団とは誰か。総裁選で石破首相に投票し、貢献した人たちである。支持された以上、報いねば政権は続かない。その貢献度は組閣で一目瞭然である。

岸田文雄前首相、森山裕幹事長、菅義偉元首相、石井準一参議院国対委員長、武田良太二階派元事務総長の5人である。この5人の意向は、人事と政策にもろに反映されている。

アメリカ国務長官ジョン・ケリーを歓迎する安倍晋三内閣総理大臣、岸田文雄外務大臣(当時)、2013年10月3日
アメリカ国務長官ジョン・ケリーを歓迎する安倍晋三内閣総理大臣、岸田文雄外務大臣(当時)、2013年10月3日(写真=Erin A. Kirk-Cuomo/PD US Military/Wikimedia Commons

岸田前首相や森山幹事長に逆らえず、早期解散総選挙に

旧岸田派から、内閣の要に林芳正官房長官と党4役に小野寺五典政調会長。他に大臣1人。

旧森山派からは、幹事長の他に国会対策委員長を抑え、党と国会運営を仕切る。もともと8人の小派閥ながら、他に大臣1人。もともと無派閥だった菅元首相自身が副総裁で、前回の総裁選で支援した小泉進次郎は4役の選挙対策委員長。他に旧菅グループから大臣2人。

石井準一は参議院自民党の新実力者と目されていて、側近の青木一彦を官房副長官として政権の中枢入りさせ、他に大臣1人。

旧二階派からは大臣2人だが、政策では大きく影響力を行使している。

何のことはない。石破首相はこの5人に逆らえないだけだ。

その極めつきが解散日程だ。石破首相は、総裁選中に早期解散に慎重だったが、森山幹事長(と小泉選対委員長)は早期解散論者だ。森山幹事長は、「政治のプロ中のプロ」と評判が高い。「党内評論家」の地位に甘んじてきた石破首相が、手もなくひねられたということだろう。森山幹事長の力抜きに、石破内閣は切り盛りできないし、それを承知で据えた人事なのだから。

10月27日開票、衆院選の結果次第では「利上げ」も

政策では、片っ端から撤回と変更を余儀なくされている。

総裁選出馬の推薦人確保の段階で、旧二階派の助けを借りた。その際、「女系天皇」「原発ゼロ」「消費増税」は絶対に言わないと約束させられ、封印している。されないと困るものばかりだが。

石破首相は防衛の専門家と自他ともに認めるところだが、「アジア版NATOの創設」「日米地位協定の見直し」「アメリカに自衛隊基地を作る」などは、「明日やる話ではない」と修正。外国との関係など相手がある話だし、安倍・菅・岸田の三代の内閣での積み上げがある。首相は旧安倍派には怨念があるようだが、菅・岸田の歴代首相は健在だ。「第3次石破内閣」にでもなれば、着手するだろう。つまり、誰も本気にしていない。

埼玉県草加市での街頭演説で手を上げる自民党総裁の石破首相(右)と公明党の石井代表=2024年10月13日
写真提供=共同通信社
埼玉県草加市での街頭演説で手を上げる自民党総裁の石破首相(右)と公明党の石井代表=2024年10月13日

経済政策は「アベノミクスを潰す」と宣言していた。アベノミクスは不況対策の低金利政策なので、いつかはやめねばならない。しかし景気回復前にやめると不況に逆戻りする。それを「即座に潰す」と宣言していたのが、手のひら返し。それどころか、日銀総裁に「利上げをしないように」と公開で圧力をかけた。

安倍晋三内閣で官房長官を務めた菅元首相はアベノミクスへの思い入れが強いし、岸田首相も受け継いだ。森山幹事長が、ややアベノミクス反対だが、そこまで思い入れがない。党と国会を牛耳らせてくれて、2人の元首相相手に政策で喧嘩する必要がない。

このように、拒否権集団の領袖同士の力学で、石破内閣は決まるのだ。

ちなみに、日銀総裁は権限上、外部の如何いかなる圧力をも無視してよい。かつて、小泉純一郎首相が辞めると決まるや、福井俊彦総裁は小泉内閣の政策を全否定する利上げを行い、景気回復を台無しにしたが、お構いなし。

今回の選挙の投票日が10月27日で、日銀が金融政策を決める政策決定会合が30、31日。総選挙の結果次第では、利上げもありうるとマーケットでもさとい人々は警戒している。

衆院選の結果予想では「過半数割れ」も十分ありえる

さて、既に満身創痍そういの感がある石破首相、選挙に勝てるか。

勝利の定義が衆議院選挙での政権維持なら、なんとかなるだろう。ただし議席減は確実だが。

石破首相は「自公で過半数」を勝敗ラインとしたが、過半数割れもありうる。

その時、拒否権集団を率いる5人が守ってくれるか、引きずりおろしに来るかが、真の勝敗だ。

ただ、あまり評判が悪くむごい負け方だと引きずりおろすだろうが、拒否権集団にとってこんな弱い首相は都合がよすぎるので、不満がない。今のところ。

自民党の真の死活問題は、来夏の参議院選挙

真の選挙は、来年夏にやることが決まっている参議院選挙だ。これは石井準一参院国対委員長や来年改選の参議院議員にとっては死活問題だ。

また連立与党を組む公明党は、参議院選挙を重視する。

石破首相が衆議院選挙を乗り切ったとして、その後に支持率を上げ、参議院選挙を戦える体制になるだろうか。そうなれば石破内閣を支える拒否権集団たちは「続けてもらって結構」だが、そんなファンタジーは考えにくい。

むしろ、しばらくは石破内閣を続け、3月に来年度の予算を上げたら退陣、新たな総理総裁で参議院選挙がセオリーだ。今回の総選挙があまりにひどい負け方なら、衆議院を再解散、衆参同日選挙もありうる。これはさすがにやらないだろうが。ダブル選挙は公明党が嫌がっているので(理由不明)。

国民は自民党に対し、「総理大臣の首を挿げ替えて総裁選を行えば国民の眼はくらませる」と思わせてしまった。事実、あれほど岸田自民党を叩いていたが、総裁を替えると自民党の支持率は回復している。

これは、国民が舐められているのか。それとも国民が政治そのものに絶望しているのか。両方があるだろうが、後者が強いだろう。

国会議事堂
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「デフレターゲット」を掲げた野党第一党

自民党に代わる野党第一党は、悲惨である。

野田佳彦代表、民主党政権を潰した反省をまったくしていないのか。

経済政策において「日銀の物価水準目標を2%から0%超にする」と宣言した。これ、立民が政権をとるような勢いの時に言ったら、間違いなく株価は暴落である。

10年もかけて、ようやく2%の物価上昇率(つまり経済成長率)に達したのだ。それをいきなり0にする。ここまで堂々と「景気を破壊する」と宣言、「デフレターゲット」を掲げた政党を見たことがない。

皇室の伝統と存続についても、与党VS野党の争点が

また野田代表、皇室には思い入れがあるようだが、その皇室観はかなり歪んでいる。政界の大勢とかけ離れた常識の持ち主だ。

たとえば共産党などは「皇室の伝統などどうでもいい」と堂々と主張しているが、そういう人達は少数派である。さすがに政界では「先例など無視して議論しよう」などと恥ずかしくて言えない。「ジェンダー平等の時代だから女性天皇・女系天皇を」と言っても、「だったら男が皇后になれないのは差別か?」と言われると、恥ずかしくて二の句が継げない。

一部マスコミでは「愛子天皇論」を鼓吹するが、「では悠仁殿下を後回し、皇位継承権を取り上げる気か?」と聞かれると、意味が分かった後で主張する勇気がある政治家など皆無だ。

こうした常識があるから政界では、「悠仁殿下がいるのだから、悠仁殿下までの継承順位は変えない」が、大勢なのだ。仮に女性天皇・女系天皇を認めるにしても、悠仁殿下の後の話だ(ちなみに、女性天皇と女系天皇は全く違うが、説明は割愛)。

「批判票」として野党に投じる選択肢もあるが…

しかし、野田代表は悠仁殿下までの継承順位を認めるのに「万やむを得ない」と切り捨て。要するに「仕方がないから認めてやる」だ。

倉山満『自民党はなぜここまで壊れたのか』(PHP新書)
倉山満『自民党はなぜここまで壊れたのか』(PHP新書)

経済を破壊すると公言、保守っぽい態度を振りまきながら、この傲岸ごうがんな態度。少しでも政治や経済に関心がある者なら、自民党にいくら不満でも自民党に投票するしかない。批判票としてその他の政党に投票する選択もあるが……。

ただ、当たり前だが国民多数は政治や経済に詳しいわけではない。一部には、「野田佳彦首相でいいんじゃないか」との声もあるが、そういう声が強くなれば石破首相に退陣を迫れる数字になるかもしれない。

いずれにしても、来年の参議院選挙までは政争の季節が続く。