起業で成功するために最も大事な物とは何か。累計会員登録数400万以上まで急成長した、駐車場シェアリングサービス「アキッパ」の創業者である金谷元気氏は「大きく飛躍したスタートアップがミッション・ビジョンを大事にしていることは間違いない」という――。

※本稿は、金谷元気、akippa『番狂わせの起業法』(かんき出版)の一部を再編集したものです。

サイコロを転がし、VISIONという言葉をMISSIONという言葉に変える手
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ミッション・ビジョンって本当に必要?

企業にとって、ミッション・ビジョンは重要なものとされています。

というより、「最重要とされている」といったほうが正確でしょう。

ミッション・ビジョンがあると、目指す方向性が会社全体で統一され、業績向上にもつながりやすくなります。また出資を受ける際にも、投資家からミッション・ビジョンについての質問を受けることが多々ありました。明確なミッション・ビジョンがあることで投資家からの信頼を得られ、成長機会をより多く得られたと実感しています。

ではミッション・ビジョンとは、何でしょうか。

ミッションは、わかりやすく言えば「会社の普遍的な使命」です。

そして、ビジョンとは、「企業や組織が将来どのような状態を達成したいかを示す長期的な展望。将来の方向性を示すもの」です。

ミッションから生まれた新サービス

わかりやすく言うと「なりたい姿」のことだと、個人的には定義づけしています。

メルカリや印刷プラットフォームのラクスルなどを見ていても痛切に感じることなのですが、大きく飛躍したスタートアップがミッション・ビジョンを大事にしていることは間違いありません。

いまでこそ、私もミッション・ビジョンの重要性を理解していますが、アキッパのサービスを開始するまでは、ミッション・ビジョンを決めるどころか、真剣に考えることすらありませんでした。

「そんなもの、ほんまに必要なんかな」「かっこいい言葉をスローガンとして並べとけばいいんじゃないの」と思っていたほどです。

しかし、アキッパというサービスが誕生したきっかけは「“なくてはならぬ”をつくる」というミッションを制定したからです。逆に言えばミッションを定めていなければ、アキッパというサービスは誕生していません。

ミッション・ビジョンは、何よりも重要なことだと思います。

電気を止められて生まれたミッション・ビジョン

akippa社のミッション・ビジョンはある出来事をきっかけに生まれました。

2012年に資金難に陥り、ベンチャーキャピタルから6500万円の出資を受けることができたのですが、会社にお金がなくなるのがイヤで、自分の給料は本当に最低限の金額にしていました。

キャッシュフローをギリギリで回すために、電気代、水道代、ガス代なども自動引き落としにせず、いつもコンビニ払いにしていました。

あるとき出張から戻ると、電気代を払い忘れていて、家に帰ったら電気が止められていたのです。

当たり前ですが、電気がないと、ものすごく不便です。

一番やっかいなのが、冷凍庫の霜が溶けて、水が漏れてしまうこと。

夜なのに蛍光灯がつかず、真っ暗。テレビも見られない。

そんな暗闇の中で過ごし、後日部屋に明りが灯った時、思ったのです。

「電気ってすごい。電気は本当に必要不可欠なものなのだ。電気みたいになくてはならないサービスをつくりたい」

そう強く思いました。

これを会社のミッションにしよう!

これがきっかけとなって、2013年の春に、ミッション「“なくてはならぬ”をつくる」が制定されたのです。

生活で困っていることを200個書いたら、「アキッパ」が生まれた

「“なくてはならぬ”サービス」とはどんなものだろう?

そう考えた際に、一つの定義を決めました。

なくてはならぬサービスとは、世の中の困りごとを解決するサービスだと定義しました。

であれば、困りごとを社員全員で挙げて、それを解決するインターネットサービスを生み出せばよいと考えました。

出社したある日、私はオフィスの壁に大きな模造紙を貼り出しました。

生活する中でどんな困りごとがあるか、社員のみんなで思いつくままに200個書いてみたのです。

「既読をつけずにメッセージが読めたらいいのに」
「いまの家では犬が飼えないけれど、犬の散歩だけしたい」
「衣替えのタイミングがわからない」
「漫画を何巻まで読んだか忘れてしまう」
「お菓子の食べすぎを注意してほしい」……

意外と出るもので、200個すべてが埋まりました。

もしこのお題が「200個の『事業アイデア』を書いてほしい」であれば、ここまでの数は出てきません。ブレスト(ブレインストーミング)と言っているものの、「自分のアイデアを誰かが心の中でよく思わなかったらいやだな」などと抑制がかかってしまうからです。

ですが、「生活していて困ること」は、意外と誰でも思いつくものです。

入社3年目の社員が感じた「困りごと」

困りごとの一つに、入社3年目の藤野佳那子が、

「駐車場は現地に行ってから満車だと知るため困る」

と書いてくれていました。

駐車場に「満車」のサイン
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それを見た際に「たしかに、自分もサッカー日本代表の試合観戦の際に駐車場が満車ばかりでキックオフに遅れたり、営業先で周辺にコインパーキングがなくて困ったりした経験があるな」と思い出しました。

さっそく調査をしてみると、路上駐車の数が非常に多いことがわかりました。

東京では1秒あたり6万3000台、大阪では3万1000台の路上駐車があるという警視庁・大阪府警のデータが出てきました。

そして「なぜ路上駐車するか」という理由を調べてみると、第1位は、「駐車場が満車、もしくは駐車場がなかった」というものでした。

加えて、駐車場を経営している各社の決算を見ると、運営している駐車場の数が増えれば増えるほど、どこの会社も増収増益になっています。

需要に対して供給が足りない大きな市場を発見

需要に対して供給が足りていない、大きな市場を見つけたと思いました。

「そういえば……」と社員の1人が言い出しました。

「個人宅や月極の駐車場って、使われていないことが多いよね」

確かに、私の実家の裏にも月極駐車場がありますが、そこはずっと空いていました。

子どものころ、正月に親戚が来る時、その実家裏の月極駐車場の大家さんに父親が頼んで、1日数百円で借りていたことも思い出しました。

別の思い出もありました。

私は子どものころ、祖父母によく阪神甲子園球場に連れて行ってもらいました。

祖父は足が悪かった。

ただ、阪神甲子園球場の周辺には駐車場があまりないため、いまはなき甲子園競輪場のあたりに自動車を停めて、そこから歩いて阪神甲子園球場に向かうことになります。

その間に祖父は、何度も何度も休むので、数十分かけて歩きました。

辛そうな祖父と一緒に歩いていると、途中で団地の駐車場が空いているのが目に入ります。

子どもながらに、「あそこに停められたらいいのに」と感じていたことも思い出しました。

つまり、「個人宅やマンションの普段から使われていない駐車場や、契約されていない月極駐車場の車室」に対して、「コインパーキングがない、もしくは満車で困っている人」をインターネット上で引き合わせ、1日単位で使うようにできれば、「なくてはならない」インターネットサービスになるのではないか。

アキッパの構想が生まれた瞬間でした。

制定10周年でミッションをアップデート

akippa社のミッションは、2013年5月に誕生しました。

共同創業者の松井から、「ミッションがないとやっていけない」と言われて思案し、電気代を払い忘れて、電気が止まったことで「電気のような必要不可欠なサービスをつくりたい」と考え「“なくてはならぬ”をつくる」と制定しました。

そしてそれから10年後の2023年5月。ミッション制定10周年のタイミングで、ミッションをアップデートしました。

それまでは「“なくてはならぬ”をつくる」でしたが、そこから、「“なくてはならぬ”サービスをつくり、世の中の困りごとを解決する」に変更したのです。

10年前は「自分たちが、なくてはならぬサービスをつくりたい」と思っていました。

つまり「自分たちが」という思いが前面に出た表現になっていました。

しかし活動していく中で、「人々の困りごとを解決したい」ということが社会に役立つための本質だと、ミッションへの捉え方が変わっていったのです。

通常、企業のミッションは頻繁に変更を加えるものではありません。

しかし普遍的に目指すものなので、正確さを期してアップデートすることにしました。

リアルの“あいたい”を世界中でつなぐ

ビジョンとは、「企業や組織が将来どのような状態を達成したいかを示す長期的な展望であり、将来の方向性を示すもの」です。

akippa社が実現したいのは、「誰でもリアルであいたい人に会える世界」です。

好きなアーティストのライブ、家族やパートナーとのお出かけ、友人とのレジャー、一人旅、会社のイベントなど、自動車を走らせてワクワクする体験に出掛けたり、好きな人に会いに行ったりすることは、たとえどんなに時代が進み、技術が進化しても、価値あるものとして、残り続けていくと思います。

パンデミックによって、リアルな体験は不要不急と言われ、移動に制限がかかりました。

しかしパンデミックが落ち着きを見せ、かつての「日常のリアル」がだんだん戻ってきたとき、「リアルって、やっぱりいいよね」と思った人は多いのではないでしょうか。

大切な人に会いに行くのは、一度きりの人生を生きていくのに「必要不可欠」なものだったのだと気づかされたと思います。

そんな体験をしながら、私たちはビジョンを次のように制定しました。

「リアルの“あいたい”を世界中でつなぐ」

つまりアキッパの駐車場サービスがあることで、行ける場所も増えて、会う頻度も上がる。そんな世界を目指します。

アキッパで「人と人が会う手助け」を提供する

実はあるユーザーから、こんな話を聞いたのです。

やっと自動車免許を取れる年齢になって、おばあちゃんに会いに行けるようになった。

ところが、いざ行ってみるとおばあちゃんの家のそばには駐車場がなくて、駐車違反の切符を切られてしまった。

結局、自動車では行けなくなってしまったので、おばあちゃんと会う頻度がなかなか上がらなかった。ところがある日、おばあちゃんの家の近くにアキッパの駐車場があることを発見して、アキッパを使うようになってから、おばあちゃんと会う回数が上がった、というエピソードでした。

おばあちゃんが生きられるのが、仮にあと30年だとしたら、1年に1回しか行けない場合はあと30回しか会えないけれど、アキッパがあれば、それが300回に増えるかもしれません。つまり私たちは「駐車場そのもの」の提供ではなく、「人と人が会う手助け」を提供しているのです。

自動運転のEVで高齢者の困りごとを解決

ただし高齢化社会が進む中、駐車場を増やすだけでは、すべての人たちをつなぐ手助けはできません。

高齢化によって自動車免許を返納する人も増えています。最近、地方では路線バスが廃止されたり、地域には1社しかないタクシー会社が後継者不足で廃業したりして、唯一の楽しみだったショッピングモールに行くことすらもできなくなっている人たちがいます。

そういったことをいずれ解決すべく、アキッパとしては、まずはどこにでも駐車場がある状態を実現して、「駐車場に困らない世界」をつくります。

ただ、いずれは運転そのものができない人も増えてくるでしょう。

アキッパの「どこでも駐車場」には、まずEV(電気自動車)の充電器を設置し、最終的には自動運転のEVを設置してシェアしていきたいと考えています。

そうすれば多くの人が、行きたい場所へ移動することができるでしょう。

メタバースの時代にリアルにこだわる

われわれはリアルが大好きだからこそ、移動にまつわる困りごとを解決して、誰もが好きな人に会いに行ける、好きなことを体験しに行ける世の中をつくっていきます。

そしてどんなにオンラインのコミュニケーションが普及しても、やはり「リアルで会うこと」をこの世に残し続けたいと思っています。

実は、メタ(旧・フェイスブック)の創業者であるマーク・ザッカーバーグ氏は私と同じ1984年生まれです。2021年10月に、会社名をフェイスブックからメタに変更し、今後はメタバース(仮想現実)に投資していくと表明しています。

金谷元気、akippa『番狂わせの起業法』(かんき出版)
金谷元気、akippa『番狂わせの起業法』(かんき出版)

メタバースの技術が進んで仮想現実の世界が充実すればするほど、移動して実際に会う機会は大幅に減ってしまうと、バーチャルの専門家は話しています。わざわざ出かけていかなくても、オンラインでつなげば相手が「目の前」に現れて、いずれは触覚や嗅覚すら再現できるかもしれません。

それはそれで便利で価値があることだと思います。たとえばお父さんが海外出張で地球の裏側にいるけど、オンラインでつなげばすぐ顔を見ることができるというのは素敵なことです。しかしやはりリアルで会うということは、非効率だけれどとても大切なことだと私は思います。

リアルで会うことを残すのはザッカーバーグ氏と同じ年に生まれた自分の使命だとまで思っています。

何より、私はリアルが大好きだから。