少子化が問題となって久しい。人口減は国の経済成長を止め、人の幸福度を下げるのか。『残酷すぎる幸せとお金の経済学』の著書がある拓殖大学教授の佐藤一磨さんは「少子化は悪いことばかりではない。人口が増えたベビーブーム世代は、経済的に恵まれた時代を生きたにもかかわらず、幸福度が低いことがわかった」という――。
授業中の教室
写真=iStock.com/Thanaphum Tachakanjanapong
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同級生の数の多さは幸せに影響する

私たちの幸せは、どのような要因で決まるのでしょうか。

この問いは私たちの生活に直結するため、これまで数多くの研究者によって精力的に分析されてきました。その研究成果を見ると、お金、健康、パートナーの存在、そして心の通った人間関係が幸せに大きな影響を及ぼすことがわかっています(*1)

私たちの幸せは他にもさまざまな要因から影響を受けますが、近年意外な要因に注目が集まっています。

それは、「同級生の数の多さ」です。

同級生の数の多さ、つまり、「同じ年に生まれた人が多い世代」と「そうではない世代」で幸福度にどのような差があるのか、という点に注目集まっています。

【図表】日本の生まれ年次別の出生数
※厚生労働省「人口動態統計」を基に編集部作成

「えっ! 同じ年に生まれた人が多いか少ないかで、なんで幸せに差がでてくるの?」と思われた人も多いかもしれませんが、実はさまざまな経路をつうじて私たちの幸せに影響を及ぼすことがわかっています。もともとこの議論は、アメリカやイギリスで分析が進められており、興味深い結果が徐々に明らかになりつつあります。

今回はこれらの研究例を用いて、「同級生の数の多さ」と「幸せ」の関係について見ていきたいと思います。

同級生の数が多いほど幸福度が低い

まず、アメリカの研究例から見ていきましょう。アメリカを対象とした分析を行ったのは、ノースカロライナ大学のヤン・クレア・ヤン教授です(*2)。彼女は1972年から2004年までの33年間のアメリカのデータを用い、「同級生の数の多さ」と「幸せ」の関係について分析を行いました。

ヤン教授の分析の結果、分析対象となったアメリカ人の中でも、ある世代の幸福度が特に低いことがわかりました。

それは「ベビーブーマー」と言われる世代です。

この世代は、第2次世界大戦の終結直後に復員兵の帰還に伴って出生率が上昇した、1946~1964年生まれの人々です。2024年ではちょうど60歳~78歳となっています。ちなみに、日本で近い時期に生まれた人々として、団塊の世代(第2次世界大戦後の1947~1949年に生まれた世代)があげられます。

興味深いのは、ベビーブーム世代は経済的に見て、かなり恵まれた時代を生きていたのに、幸福度が低いという点です。

ベビーブーム世代は、ちょうどアメリカが大きな経済的繁栄を享受した時代を生きてきました。大量生産・大衆消費市場の時代であり、賃金や株価が上昇し、大学に行かずとも安定した職を得ることができました(*3)。住宅価格もそこまで高くなく、持ち家率も比較的高くなっています(*4)。このように経済面が良好であったのにもかかわらず、幸福度が低かったのです。

イギリスでも同級生の数が多いほど幸福度が低い

アメリカと同じ結果は、イギリスでも得られています。

分析を行ったのは、ミシガン大学ディアボーン校のイーワン・イェ助教とカリフォルニア大学デービス校のシュウ・シャオリン教授です(*5)。イェ助教らは2002~2018年までのイギリスのデータを用い、同じ年に生まれた人の多さと幸福度の関係を検証しました。この分析の結果、同級生が多い世代ほど、幸福度が低いことがわかったのです。

イギリスでも第2次世界大戦後の1946~1964年生れのベビーブーム世代の人口規模が最も大きく、この世代の幸福度が他の世代と比較して低くなる傾向がありました。

なお、これらアメリカとイギリスの研究では、年齢の影響を統計的手法を用いることでコントロールしています。通常、幸福度は若年層と高齢層で高くなる傾向があるため、年齢の影響を考慮しないと、すでに高齢層に入っているベビーブーム世代ほど幸福度が高いといった結果になってしまいます。アメリカとイギリスの研究では、この点を考慮し、適切に同級生の多さの影響を分析しています。

同級生の数が多いほど幸福度が低くなる2つの理由

アメリカとイギリスでは同級生の数が多いほど、幸福度が低くなる傾向があったわけですが、この背景には次の2つの要因が影響していると考えられます(*5)

まず、同級生の数が多いほど、家庭や学校から得られる資源やサポートが少なくなります。

ベビーブーム世代の場合、出生率が高いため、きょうだい数も多くなります。このため、親が子ども1人当たりに投資できるお金や時間が少なくなってしまいます。また、学校では子どもの数が多いと、教師の目も行き届きにくくなり、教育の質が低下する恐れもあります。これらは子どもの学業成績にマイナスの影響を及ぼすでしょう。学歴はその後の人生に大きな影響を及ぼす要因の1つであり、同級生の数が多いほど、これが抑制されると考えられるわけです。

もう一つの要因は、学業、仕事、結婚面における競争の激化です。

ベビーブーム世代の場合、同級生の数が多く、どうしても競争が激しくなってしまいます。例えば、大学に進学するにも競争相手が多いため、より多くの勉強時間が求められます。また、就職する際にも同じく競争相手が多く、望んだ就職先で仕事を得るのが格段に難しくなるでしょう。さらに、結婚相手を見つけるのも大変です。結婚市場において魅力的な人ほど数多くの人から求婚される可能性が高いため、望んだ相手とうまく結婚できなくなる可能性もあります。このような学業、仕事、結婚面における競争の激化によって、自分の望みが叶わず、失望や心理的な負担を経験することが多くなると考えられます。

以上の2つの要因から、同じ年に生まれた人が多い世代ほど幸福度が低くなるわけです。

団塊の世代の幸福度は低いのか

それでは、日本でも人口規模の大きい団塊の世代ほど、幸福度が低くなっているのでしょうか。

残念ながらこの点に関する日本の研究はありません。そこで、団塊の世代を取り巻く状況から、幸福度が低くなっているのかを考えてみたいと思います。

佐藤一磨『残酷すぎる幸せとお金の経済学』(プレジデント社)
佐藤一磨『残酷すぎる幸せとお金の経済学』(プレジデント社)

団塊の世代が生まれた1947年から1949年までの合計出生数は約806万人であり、年間の出生数は250万人を超えていました。2023年の出生数が約72万人であったことを考えると、その数の多さを実感できます。

アメリカやイギリスのベビーブーム世代と同じく、日本の団塊の世代も経済面では良い環境に恵まれていました。青年期には高度経済成長期に直面し、どんどん日本が豊かになる状況を見ることになります。また40代前後にはバブル景気となり、世界経済の中でも日本が大きな地位を占める時代を経験しました。

同世代の新規学卒者の就職が多いほど賃金が下がる傾向 

しかし、団塊の世代は同時に厳しい競争にさらされる時代でもありました。

大学進学率は今よりも高くなく、大学に入るためには熾烈な競争に打ち勝つ必要があります。子どもの数が減り、大学に進学しやすくなった現在では想像もつきませんが、当時は「受験戦争」と言われるほど大変なものでした。この受験戦争によって、挫折を経験した人も少なくなかったでしょう。また、団塊の世代はきょうだい数も多く、家庭で子ども1人当たりに費やされるお金も少なかったと考えられます。これも学業面にマイナスの影響があったと考えられます。

団塊の世代が次に直面したのが厳しい出世競争です。

経済全体の環境は良かったものの、同世代の人数が多く、管理職のポストを得るためには厳しい出世競争に生き残る必要がありました。また、競争相手が多いため、管理職適齢期になったとしてもポストが足らず、管理職になれなかった例もあったと予想されます。これはその後の賃金にマイナスの影響を及ぼすでしょう。この点に関して、大阪大学の大竹文雄特任教授が分析を行っており、大卒では同一世代の新規学卒就職者数が多いほど、賃金が下がることがわかっています(*6)

結婚に関しては団塊の世代の婚姻率は高く、50歳前後の未婚率もその後の世代と比べて低くなっています。激しい競争の中で意中の相手とはうまくいかなかったとしても、パートナーの存在は幸福度にプラスに影響するため、この点では同級生の数の多さがマイナスに働かなかったと考えられます。

団塊の世代ほど幸福度が低くなっている可能性がある

以上から、団塊の世代は家庭、学業、仕事の面でマイナスの要因にさらされる反面、結婚面ではマイナスの要因がなかったと予想されます。このように団塊の世代は、マイナスの要因に直面する部分が少なくなかったため、アメリカやイギリスと同じく、幸福度が低くなっている可能性があります。団塊の世代全体が後期高齢期に入る「2025年問題」を目前に控え、医療・介護が逼迫するなか、彼らの幸福度はどうなっていくのか。そのことを考えるにつけ、人口減少は何が問題なのか考えさせられます。人口減少を前提とした日本社会の在り方を模索するときが来ているのかもしれません。

(*1)Dolan, P., Peasgood, T., & White, M. (2008). Do we really know what makes us happy? A review of the economic literature on the factors associated with subjective well-being, Journal of Economic Psychology, 29(1), 94-122.
(*2)Yang, Y. (2008). Social inequalities in happiness in the U.S. 1972 to 2004: An age-period-cohort analysis. American Sociological Review, 73, 204–226.
(*3)Forbes Japan (2023)「ベビーブーマー世代から子への「富の移転」は労働と経済にどう影響するか
(*4)Forbes Japan (2023)「Z世代は親よりも「持ち家率が高い」、米不動産サイト調査
(*5)Ye, Y., & Shu, X. (2022). Lonely in a Crowd: Cohort Size and Happiness in the United Kingdom. J Happiness Stud 23, 2235–2257.
(*6)大竹文雄(2005)『日本の不平等』日本経済新聞社