2024年4月の放送開始時から、これまでにない朝ドラと好評を博してきた連続テレビ小説「虎に翼」(NHK)がついに9月27日で最終回を迎える。脚本家の吉田恵里香さんは「この作品でやりたかったのは、女性への差別をはじめ、世の中にたくさんある、わかりにくい差別を見える形にし、より良い社会にしていこうよと伝えること。自分の力不足を痛感することも多かったが、執筆時においてのベストを出し切った」という――。
連続テレビ小説「虎に翼」第20週より、主人公の寅子(右・伊藤沙莉)とよね(土居志央梨)
写真提供=NHK
連続テレビ小説「虎に翼」第20週より、主人公の寅子(右・伊藤沙莉)とよね(土居志央梨)
「虎に翼」の名セリフ③ 第20週「稼ぎ男に繰り女?」より

寅子「よねさん!」
「⁉ 佐田、お前新潟から戻ったのか?」

寅子、よねに一目散に近づき抱きつく。

寅子「おめでとう! とうとうなったのね。弁護士に!」
よね「!」
寅子「格好も何も変えず、自分を曲げず、よねさんのままで弁護士に! 凄いわ、素晴らしいわ!」
「(微笑ましい)」
よね「(照れ臭い)離れろ、暑苦しい!」

吉田恵里香『NHK連続テレビ小説「虎に翼」シナリオ 第20週』(NHK出版e-book)

寅子と“よね”をはじめとするシスターフッドの関係を描いた理由

主人公の寅子(伊藤沙莉)が女学校を卒業して明律大学女子部に入り、「魔女5」と呼ばれる生涯の友と出会うように、「虎に翼」の中ではいわゆるシスターフッドの関係性をいくつも描いてきました。

私自身の経験が脚本に反映されている部分もあります。それは、仕事の同業者を含めた「仲間」の存在ですね。お互いにケアし合う関係というか、何かあれば声を上げられる人の存在は私にとってすごく大きく、日頃はあまり会えなくてもLINEや電話ができる人がいるということが、気持ちの上で大きな支えになっています。

寅子にとって“よね”(土居志央梨)はそんな存在の1人です。

終盤で非常に重要な原爆裁判に絡め、裁判官の寅子と弁護士のよねを描いたのは、寅子とよねが同じ法廷に立つことは基本的にないことから、この場しかないと思ったことが理由のひとつです。一度、立場の違う寅子とよねの対比をしっかり描いておきたいという思いもありました。

一番かっこいいとあこがれるのは絶対に自分を曲げない“よね”

というのも、寅子はなんだかんだ自分を“曲げられる”女なんですよね。妥協するし、目的のためには手段を選ばないところもある。一方、よねは自分を“絶対に曲げない”という気持ちが強いので、お互いにとって「自分がなれなかった女性像」「自分にないものを手に入れている女性像」という面があります。どちらかが持っていてどちらかが持っていないものを描いていくことは、寅子とよねの関係性において、一貫して意識していました。

脚本家の吉田恵里香さん。紙の本特装版の『NHK連続テレビ小説「虎に翼」シナリオ集』は10月の発売を前に予約で完売したほどの人気だ
脚本家の吉田恵里香さん。紙の本特装版の『NHK連続テレビ小説「虎に翼」シナリオ集』は10月の発売を前に予約で完売したほどの人気だ(撮影=プレジデントオンライン編集部)

それと、よねのような人がかっこいいと思われる社会が良いなという、私自身の思いもあります。よねはある意味ヒーロー的に描いているんですね。私自身が一番かっこいいと感じるのは、やっぱりよねだから、そういう憧れを抱ける対象を描きたいという思いがありました。

寅子やよねが若かった頃、当時の女性はズボンを履くことすら一般的ではありませんでした。山登りのシーンでもみんなスカートを履いているくらいですから。でも、そんな中でも、自分を曲げずに男と同じ格好をするというスタイルでずっとやってきた人物だということを描きたいと思いました。もし今回、三淵嘉子さんをモデルにした物語ではなく、完全にオリジナルストーリーなら、たぶんよねのような人を主人公にしたんじゃないかと思います。

連続テレビ小説「虎に翼」最終週より、弁護士のよね(右・土居志央梨)と轟(戸塚純貴)
写真提供=NHK
連続テレビ小説「虎に翼」最終週より、弁護士のよね(右・土居志央梨)と轟(戸塚純貴)

「恐るべき子供」美佐江は、男子生徒の設定を女子に変更

人物描写について、わかりにくいキャラクターとして新潟編で登場したのが、美佐江です。

もともと後半から最後に向けて「どうして人を殺してはいけないのか」と問いかけてくる、寅子には理解できない、手に負えない存在を描くことは決めていました。ただ、もともとは男性の設定だったんですが、制作陣から戦災孤児の道男や、両親に親権を拒否された栄二、花江の子・直人と直治も含め、後半に登場する男の子がいっぱいいるから、ここは女の子にしたいと言われ、私も納得して女の子に変えました。

でも、性別が違うと設定が全部変わってしまうので、どうしようかと迷いました。もともと男の子として考えていたときには、殺し以外はなんでもやっているような、本当に手に負えない怖い不良少年として設定し、寅子が自分や娘に実際に危害を与えられかねないと恐れる存在にしようと思っていたんです。

美佐江は「魔性の女」ではなく、寅子が救えなかった子

でも、女の子になったことで、そのままの設定ではリアリティが薄くならないか、同じ展開で良いのかと考えたんですね。初期の設定のときは、服役しているとか、更生に向かうものの、寅子に心を開かずにそのまま死んでしまうなど、救われないバッドエンドにしようと考えていました。そんなふうに間違ったり救えなかったりすることはあるけれど、それでも厳罰化するのではなく、少年たちに手を差し伸べ更生の機会を与えることに意味があるという話にするつもりだったんです。

それが美佐江というキャラクターになったわけですが、いわゆる「魔性の女」みたいなものを描きたいわけではありませんでした。ただの少女なのに、それを世の中の人が勝手に美化して勝手に祭り上げ、何かを期待したり、何かを信仰したり、勝手に洗脳されたりする。例えばジャンヌ・ダルクが、王様が喜ぶようなこと――「こんな啓示の夢を見たよ」と言うところから始まり、それを聞いた大人たちが「その言葉を待っていた」とどんどん祭り上げ、結果、彼女が火炙りにされるような構図にしなければいけないなと思ったんですよ。寅子が理解できない子、救えなかった子と、のちに何らかの形で対峙たいじすることになるという構成は、最初から変えませんでした。

連続テレビ小説「虎に翼」第21週より、寅子と美佐江(片岡凜)
写真提供=NHK
連続テレビ小説「虎に翼」第21週より、寅子と美佐江(片岡凜)

たとえ一見救えない子でも、投げ出さない社会であってほしい

ただ、性別が変わったことにより、できれば完全なバッドではない、少しでもハッピーに近づくエンドへと、構成を大きく変えました。

ありがたいことに片岡りんさんが美佐江を演じてくださったことで、魅力が増しました。美佐江はどうしても悪女として扱われてしまうけれど、現実でもほんの一部には理解しきれない人というのはいると思うんですね。それは子どもでも同じ。

それでも理解できないなら理解できないなりに手を差し伸べて、寄り添うこと、ここは安全な場所で、自分は味方だと言ってくれる人がいることを大人は見せるしかないんじゃないか。罪を犯してしまったら、ある種の償いというか、落とし前をつけなければいけない。それでも、本当に理解できない人はいても、新潟赴任時代の寅子がそうだったように、美佐江のように救えない人を投げ出してしまうのはダメだと思うんですね。

認知症になった義母・百合のこともシナリオ集ではより詳しく

自分の中では、問題提起と結論のバランスにおいて、結論が甘めにすぎるなという気持ちもあり、すごく悩んだところではありましたが、そうした少年犯罪や大人の見せるべき姿についての思いを込めて描いたつもりです。

私はドラマというのは視聴者が目にして初めて完成すると思っています。なのでシナリオはあくまで土台にしか過ぎず、完成品は映像の形になったものです。ただ、ドラマを観ただけでは、ちょっとわからないと思うところがあった方、言葉足らずに感じられた方の中には、何かしらの答えを知りたい人もいるはず。そういった意味では、元の台本をそのまま電子書籍化したシナリオ集では、説明のト書きもありますし、語りや寅子のセリフなどがカットされていませんので、順を追って読んでいただければ、より意図が理解しやすいかと思います。

『NHK連続テレビ小説「虎に翼」シナリオ 第1集』(e-book)
『NHK連続テレビ小説「虎に翼」シナリオ 第1週』(e-book)

例えば、ケアや介護の部分は、もっとたっぷりと描きたかったポイントです。ケアの問題に関しては航一の義理の母である百合さん、お手伝いの稲さん、「魔女5」の梅子がそれぞれ発言していますが、終盤では原爆裁判と尊属殺という非常に重要な裁判を描いたことで、15分のドラマに収まらず、本編ではカットされている部分もあります。

尺の関係でカットせざるを得ない部分もいろいろありましたが、ひとりひとりに物語があり、それぞれの設定を考え抜いてシナリオにしています。そうしたサイドストーリーなどはシナリオ集をお読みいただけると、より明確に言語化されていて、深く理解してもらえるのではないかと思います。

シナリオ集の「あとがき」には、こう書きました。

「私の役目は物語を通じて、問題提起をして、分かりにくい差別を『分かりにくかろうが、差別は差別。より良い社会にしていこうよ』と伝えることだと思っているのですが、自分の力不足も痛感することが多かったです。勉強が足りていない部分もあった。でも、少なくとも執筆時においてベストを出し切りました。」