妻が働くことを頑なに拒む夫がいる。なぜなのか。離婚・男女問題に詳しく『モラハラ夫と食洗機 弁護士が教える15の離婚事例と戦い方』の著書がある弁護士の堀井亜生さんは「モラハラの類型として、妻が働くことを禁じる夫は少なくない。妻が家庭の外に世界を持つことが許せず、浮気を疑って束縛しようとする夫もいる」という――。
※本原稿で挙げる事例は、実際にあった事例を守秘義務とプライバシーに配慮して修正したものです。
灰色の背景に人形の糸を引く男
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「専業主婦になって」という条件で結婚

会社員のA子さん(32歳)は、婚約者に裏切られた経験があったため、結婚相手は真面目で誠実な人が良いという強い願望がありました。結婚相談所の紹介で知り合った夫(41歳)は、男性が多い職場に勤めていて、仕事熱心で真面目そうな人でした。交際は順調に進み、2人は結婚することになりました。

夫は、A子さんに、「結婚するなら仕事をやめて専業主婦になってほしい。仕事から帰ってきた時に家にいてほしいから」と言いました。A子さんは仕事が好きでやりがいを感じていたものの、夫は安定した職に就いていて収入面の心配がなく、子どもが生まれて子育てがひと段落したら復帰すればいいと考えて、その条件を受け入れて結婚しました。

A子さんは会社を退職して、夫の希望通り、専業主婦として家事に専念して夫を支えました。1年後には娘が生まれ、平穏な結婚生活を送っていました。

復職の相談に浮気を疑い激怒

前職の同僚とは結婚後も連絡を取っていて、娘が幼稚園に入る頃、その同僚から、「パートでもいいから復職しないかと上司が言っている」と言われました。

上司と話してみると、人手が足りないので戻ってきてほしい、勤務形態はA子さんの都合に合わせるということでした。

ちょうどいい機会だと思い、ある日娘が寝た後で復職について相談すると、夫は信じられないほどの勢いで怒り始めました。

「専業主婦になるっていうから結婚してやったのに約束を破るのか」「家庭があるのに働いて家事と育児はどうするんだ」「俺の稼ぎじゃ足りないとでも言うのか」……。

多少神経質なところはあるものの穏やかな人だと思っていた夫の罵声に、A子さんは驚きました。

夫は深夜まで怒り続けて、ついには「どうせ職場に前の男がいるんだろう」とA子さんの浮気を疑い始めました。A子さんが同僚とのLINEを見せて、そんなつもりはない、以前の仕事が好きでいつか復職したいと思っていたから……と話しても、夫の怒りは収まりません。

「じゃあ、どうしてわざわざ男がいる場所に行くんだ」と言われて、A子さんは驚きました。

「男性がいるから職場に復帰したいわけではないし、仕事で男の人と話すことなんて普通にあるし、私には男友達だっているし……」と言うと、夫はますます怒り、「男友達? ほら、やっぱりお前は浮気をする人間だ。俺は職場で女と話したことなんてないし、女の友達もいない。まともな人間はみんなそうだ」と怒鳴ります。

「女が外に出たら何をしでかすかわからない」

女性の影がなさそうな人だからと思って結婚した部分はあるものの、まさかここまでとは……。あっけに取られているA子さんに、夫は「女が外に出たら何をしでかすかわからない。家から出るな」と怒鳴り、「仕事を取るのか離婚するのかどちらか選べ、お前は娘を捨てようとしているんだから親権は俺がもらう」とめちゃくちゃなことを言いました。

そこまで大ごとになると思わなかったため、A子さんは慌てて謝り、復職はしないと約束しました。

しかし次の日から、夫はA子さんを厳しく監視するようになりました。

夫が仕事に行っている間は、2時間おきにLINEが送られてきます。家にいる時は、リビングにあるデジタル時計の日付と時間を写して、家にいること、娘と一緒にいることを証明しなければいけません。外出は必ず事前に夫に許可を取り、買い物に行っている時も、友人と会っている時も、電話がかかってきて男性がいないかを確認されます。そして夫が帰宅したらスマホの中身をチェックされます。

A子さんはこれまで不倫をしたことはもちろん、不倫をしたいと思ったことすらありません。とても不本意でしたが、夫が「言うことを聞かないと不倫の意思があるとみなして離婚する」と言うので、仕方なく従うしかありませんでした。

監視、束縛しようとする夫に疲弊

こんな毎日が続き、A子さんは精神的に疲弊していきました。

許されるのは家にいて家事をすることだけで、買い物帰りに娘とちょっとファミレスに寄ること、ママ友と会って立ち話をすることすら、夫に知られると猛烈に怒られるのです。夫は「俺はスマホに詳しいから、お前のスマホの中身は全部見られる。浮気しようとしても無駄だからな」と言うので、インターネットで何かを検索することも怖くなりました。

復職の件から1年ほどが過ぎた頃、A子さんは毎日動悸がするようになったため、夫と離れようと娘を連れて実家に帰りました。夫が「スマホの中身は全部、外から見ることができる」と言っていたので、スマホの電源は切ったまま実家に行き、母親に相談の予約の電話をしてもらい、私の法律事務所に相談にいらっしゃいました。

鳥かごから空に飛び立つ小鳥
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「お前のスマホの中身は全部見ることができる」

事務所に現れたA子さんはひどくやつれていて、これまでの経緯を話して、「私は働きたいと言っただけなのに、なぜ夫はこんなに怒るんでしょう」と、泣き出してしまいました。

夫が追ってくるかもしれないのが怖い、スマホも電源を入れたら何かされそうで怖い、離れてもいつも見張られているような気がすると言うのです。

A子さんに安心してもらうために、私からは、こういう夫は少なくないこと、「俺はスマホに詳しい」と言う人は決まってスマホにあまり詳しくなく、本当にスマホの中身を遠隔操作で全部見ることができるなら、そのことをわざわざ宣言したりはしないというお話をしました。

何より、A子さんの夫が毎日スマホをチェックしていたのがその証拠です。外から全部中身が見られるのであれば、わざわざチェックをする必要はありません。また、本当に配偶者のスマホを全部見ている人は、ばれないように黙って見ています。

そう聞いて、A子さんはかなり安心したようでした。とはいえ、何があるかわからないので、新しいスマホを契約して、その電話で今後のやりとりを行うことにしました。

男性のいる職場で働く=浮気

とはいえ、夫がそこまでA子さんとほかの男性との接触を嫌がる理由が気になります。

人となりを詳しく聞いてみると、夫は職場だけでなく、学校も女性が極めて少ない環境で育った人で、さらにA子さんと交際するまで一度も女性と付き合ったことがなかったそうです。当然女友達もいません。

そのため、異性と会話したり、異性のいる職場で働いたりすることが浮気につながるという、極端な考え方を持ってしまったのかもしれない……。A子さんはそう話しました。

夫には、A子さんの両親が「怒鳴られたり監視されたりするのがつらいということなので、実家で休ませています」と連絡を入れていました。夫からの返事を見せてもらうと、「A子が不倫をしようとしていたので指導をしただけです」「勝手なことをしないで帰ってきて家事と育児に専念するように言い聞かせてほしい」「男のいる職場で働きたいと言い出すなんて、おたくはどんな教育をしていたのですか」という長文が何度も送られてきていて、反省する様子は全くありません。

妻を責める主張を繰り返す夫

A子さんからの依頼を受けて、離婚の協議をしたいと申し入れても、夫はとりつく島がありませんでした。そこで、離婚調停を申し立てると、夫は弁護士に依頼せず自分で調停にやってきました。

そして、夫のモラハラで離婚したいというこちらの主張に対して、「A子は不倫をしようとした有責配偶者なので離婚は認められない」という自作の長い書面を提出してきました。

ネットで調べたり、無料の質問サイトで質問したりして作った書面のようですが、A子さんが不倫をしたという証拠は何もありません。調停委員に「何か根拠はあるのですか」と聞かれると、「女は家にいるもので、外に出て働こうとするのは不倫目的しかない」という持論をとうとうと展開していました。

もちろん誰も相手にしないばかりか、こうした夫の態度は、働こうとしたら怒鳴られ、監視されるようになったというA子さんの主張を補強するものにしかなりません。

夫は何度か期日を経ても、A子さんを責める主張ばかりを繰り返していましたが、調停委員に「あなたが言うようなひどい女性なら離婚した方がいいんじゃないですか」と言われると、振り上げた拳の持って行き場がなくなったのか、離婚に応じると言いました。財産分与の取り決めも行い、離婚が決まりました。

こうしてA子さんは離婚できました。

「妻に働いてほしくない」理由

近年は、結婚や出産を経ても仕事を続ける女性が増えていますが、「夫に働くのを禁止されている」「働きたいと言ったら怒鳴られるようになった」という相談は今も根強くあります。

夫の言動を見て、こんな人が今の時代にも本当にいるのかと思う方も多いと思いますが、まだ若い30代の男性でも、こういうことを言うケースは少なくありません。

理由としてはいろいろなものが考えられます。

女性も働くべきだと一般論では思っていても、自分の妻に対しては家にいてほしい、自由にさせたくないと強く思ってしまう束縛型の人。

共働きは自分の収入が不十分だと周囲に思われて体面が悪いと感じてしまう、メンツを重視するタイプ。

もしくは、そもそも「女性も働くべき」という風潮に普段から反発を感じていた人なのかもしれません。

このようにいろいろなタイプの人がいますが、妻が外に世界を持つことが理解できない、許せないという点が共通していると言えるでしょう。

厳しく束縛することは愛情ではありません。束縛や監視の根底にあるのは、「少しでも自由にさせたら裏切るに決まっている」という疑いの気持ちです。束縛しても信頼は生まれないので、その状態が続いても、束縛されている側はもちろん、束縛している側の気持ちも晴れることはありません。

A子さんの夫の場合、結婚前にあらかじめ専業主婦になることという条件をはっきり言っていました。

結婚の条件というのは、心情としてはとても重みがあるものです。このような条件を告げられた場合、軽くとらえてしまわず、相手がなぜそう思うのか、その条件はずっと守る必要があるものなのかをきちんと話し合うようにしましょう。そうすれば、その裏にある気持ちがどういうものなのか、お互いに向き合って、歩み寄るか離れるかを選択することができるようになります。