モヤっとする有識者たちの発言
8月上旬に日本だけでなく、アメリカや世界中で株価が乱高下しました。これを執筆している8月13日には、日経平均は3万6000円を回復しており、あの株価急落はなんだったんだ……という空気が流れつつあります。
しかし、日々の株価変動を見てみると乱高下を繰り返しており、プロの投資家もチェックしている「Financial times」や「The Economist」には、今後も株価乱高下が続く可能性があること、景気悪化に備えて株式ではなく債券を購入するプロ投資家が増えつつあることが報道されています。本稿では、株価が乱高下する中で、私たちはどのような備え、つまりどのような資産運用をすべきかについて考えていきます。
8月2日の株価下落の時に、ネット上では様々な有識者の「慌てないで! 焦って売らないで! 投資の基本は長期分散投資ですよ!」というフレーズが駆け巡りました。私は、この言葉を聞くたびに、モヤっとします。そして、この言葉は様々な誤解を生んでいると感じています。
2種類に分けられる分散投資
まず、分散投資は、問答無用でリスクを小さくするために必須でしょう。
資産運用におけるリスクという表現には、どうしても急落するようなイメージがつきまとうかと思います。しかし、リスクとは、将来のリターンがどの程度変動するかを示した言葉であり、リターンが上振れる嬉しいリスクもあれば、下振れるリスクも含まれます。
ファイナンス理論では、同じリターンを得るならば、受け入れるリスクを小さくしたいと考える投資家を仮定することがほとんどです。
たとえば、3%の投資リターンを得たいならば、「できるだけ価格変動が小さく、安定的に資産運用をしたいと考える人がほとんどだよね」ということであり、リスクを小さくするために分散投資が重要なのは、多くのファイナンス研究が詳らかに物語っています。
その分散投資には、大きく2種類が存在します。1つは、日経平均のような株価指数に連動するファンドに投資をすることで、株式投資における「銘柄分散=特定の個別株に一極集中で投資をするのではない投資」をする分散投資。もう1つは、株式・債券・コモディティ(石油、ガス、金、プラチナなど)・不動産・外貨……など異なる資産に投資をする「資産分散」です。
株式特有の脆弱さを分散させるには
特に重要なのは、ファイナンス理論的には資産分散です。
何のために分散投資をするかといえば、景気・社会情勢・災害・地政学の異変に対して“異なる動きをする資産”に分散することで、突発的な異変に対して目減りしにくい資産運用を確保するためです。仮に、株式しか保有していないとなると、たとえ銘柄分散をしたとしても、景気悪化や地政学リスクに対して“株式特有の脆弱さ”によってもたらされるリスクを分散できません。
「有事の時のゴールド買い」「景気悪化に備えての債券買い」という言葉を聞くことがありますが、これは、社会的な異変に対するそれぞれの資産の強みを示した言葉でしょう。私は、この資産分散こそが、突発的なリスクに対して投資家が出来る最大の防御だと考えています。
ただし、過去に世界の中央銀行によって行われてきた金融緩和の副作用として、最近では株式とコモディティの価格変動の同質性が強まっているとする研究報告もあります。ですから、株とコモディティだけでなく、不況時に強い債券も組み合わせる資産構成が重要になるでしょう。
新NISAで米国株だけに投資をしていた方は、あっさりと含み益が減少するのを見て驚いたかもしれません。こんな時だからこそ、資産構成を分散させる良い契機にして欲しいと思います。私も、今回の暴落で、円建て資産の見直しを行いました。
長期投資は本当にいつかは花開くのか
こうしたリスク分散の話をすると、「長期で保有し続けていれば、いつかは元に戻るよね。そうでしょう?」という相談を、本当にたくさん受けます。
私は、こうした質問がたくさん出てくるのは、「長期投資はいつかは花開く」という風潮が影響しているからだと考えています。
そして、この風潮こそが、私がモヤっとする原因です。
ここでいう長期投資とは、毎月定額でコツコツと投資をして、時間分散をしながら投資をしていくドルコスト平均法のようなイメージを指しています。なぜ、モヤっとするかといえば、長期投資は“必ず”花開くかのような言い方がされることが多いからです。
というのも、時間分散が資産運用において有効かどうかは、投資期間を通して投資対象の資産が「必ず正と負を交互に繰り返すという状況(=平均回帰性)」を維持することが前提になっているからです。しかし、すべての資産価格が長期間にわたって平均回帰性を持っているかは、私の見る限り、学術研究においても解明されていません。
株価はいつか戻るはずという幻想
たとえば学生時代、私はライブドアショックという新興株バブルの時に、新興株ばかりに投資をしていた保有資産を、3分の1に減らした経験があります。
あの時、保有していた株が現在どうなっているかを見てみると、当時の価格以上に値上がりしているものは皆無でした。
こんな話をすると、「優良大企業の株価は別だ」と言われそうですが、東芝の上場廃止などを見るかぎり、いつかは株価は戻るはず……という幻想に囚われてはいけないと感じます。
もちろん、優良大企業に銘柄分散をしている日経平均は別物のように思えますが、バブル崩壊から株価が復活するのに30年ほどかかっています。
資産運用でお金を増やしたいと考えているのは、いつか使うあてがあるからこそ。でも、株価が戻るのに莫大な時間がかかるようならば、その時には生きていないかもしれません。
だからこそ、資産が目減りする可能性を小さくするためにも、資産分散が重要なのです。
長期投資への疑問を呈したキンローたち
こうした苦言は、私個人の戯言に聞こえるかもしれません。
しかし、プロの投資家も警鐘を鳴らしています。著名投資家であるウィリアム・キンローたちの著書『誤解だらけのアセットアロケーション 実務家のためのガイド』は、時間分散をしながら、長期で投資をすることが本当にリスクを小さくするかについて疑問を呈しています。
また、ノーベル経済学賞を受賞したマーコウィッツの言葉を引用しながら、その理由についても触れています。投資タイミングがずれるということは、その時々で計算される理論価格(≒評価)そのものも変化しているので、そもそも分散と言えるのか、ということです。
もちろん、私もお財布には優しい長期投資を前提に新NISAをしていますが、いつ花開くかは未知数。価格変動に対して心理的ストレスを小さくするためにも、長く耐えしのげる資産分散を心がけたい今日この頃です。