※本稿は、プチプチ文化研究所『プチプチ® なぜつぶされることを防ぐために生まれた気泡シートは指でつぶされるようになったのか』(マイナビ出版)の一部を再編集したものです。
最適な粒の形状とは
プチプチのキャップフィルムは連続熱成型して作られます。熱成型に因り、フィルムは溶融延伸され、物性が向上します。しかし、粒の形状が最適でないと、物性はむしろ低下し、粒のつぶれにくさ(キャップ強度)と空気の抜けやすさ(圧縮クリープ特性)に顕著な劣化が認められます。では、その最適形状は? ということですが、これは川上産業のノウハウとなっており、具体的な記述は控えさせていただきます。
ただ一般論として言えるのは、粒のどこをとってもフィルムの厚みが均等になるような成型方法がベストであるということです。これを「均肉性」と呼んでおります。「均肉性」を向上させる成型方法は、いくつか知られておりますが、いずれにしても限界があります。どこをとっても「均」太郎というわけにはいきません。
円柱から半球へ
創業者=川上聰(故人)率いる川上研究所によるプチプチ製造の最初のトライは、ゴムベルトにキリ穴をあけての連続熱成型でした(プチプチ1号機ならびにプチプチ2号機)。
できあがったプチプチは円柱型となります。しかし開発者たちは、複数の理由から、金型による成型方法へ移行したいと考えていました。その理由のひとつが、円柱から半球への脱皮です。したがって、プチプチ用金型の開発を開始した際、最初に検討された形状は当然半球でした(プチプチ3号機)。成型方法によらず、最も均肉になるからです。
完全均肉を仮定すると、半径rの球に封入されたくうきの圧力pと、フィルムに働く張力tの間には次の関係があります。「p=t」したがって、プチプチの粒を圧縮すると、封入されたくうきに働く圧力pがフィルムに働く張力t=pに変換され、フィルムの物性(抗張力)の限界まで耐えることができます。
フィルムを面方向に圧縮することはできませんが、引っ張られるのはお手の物。最も適した材料の使い方と言えます。
プチプチに最も適した材料は
材料と言えば、プチプチときってもきれない関係にあるプラスチックがポリエチレンです。川上聰が塩化ビニールの原料メーカーを退社して、川上研究所を設立した背景には、ポリエチレンの発明がありました。プチプチを開発するにあたり、現時点で考えられる最も適した材料はポリエチレンであるとの確信が川上にはありました。塩ビメーカーに在籍していては、ポリエチレン製品を手掛けられないとの判断から、退社を決意したと聞いております。
話を半球という形状に戻しましょう。当初理想的だと思われた半球形は、三つの点で現実的でないことが、試行錯誤の中で明らかになってきました。
第一に、金型にたくさんの凹部を切削加工することにより作るのですが、半球形の穴はあけにくい(コストがかかる)。
第二に、金型の凹部にくうきの吸い口を設ける必要がありますが、目詰まりした際に交換できるプラグ方式を採用するとなると、半球は適した形状と言い難い。
第三に、できあがったプチプチに「ボリューム感」が感じられない。
特に三つ目は致命的で、早期に「半球から円柱への回帰」がなされたと聞きます。
最終的に生き残ったのが現在の形
話はゴムベルト時代に戻りますが、円柱形プチプチの粒の大きさについては、数多くの試作と市場サウンドがなされました。直径と高さの関係は、熱成型の要請から、だいたい決まってしまいます。ですから、プロポーションはほぼ同じ相似形で、超小粒から超大粒までのプチプチが工場から出ていったわけです。恐らく、日本以外の各国においても似たような試行錯誤がなされていたに違いありません。そして最終的に生き残ったのが、直径約10ミリの略円柱形プチプチとなります。
各国とも同様の結果になっているところを見ると、ヒトの寸法(特に手の指の寸法)から、自然と決まってきたのではないかと思われます。
さらに、使用後の「プチプチつぶし」にも都合の良い寸法になっているのは、おもしろいことだと思います。「つぶされてナンボ」のプチプチの宿命でしょうか。
また粒同士の間隔も、金型製造の条件から、だいたい決まってきます。
ゴムベルト時代のプチプチは、粒同士の間隔が大きくならざるを得ませんでした。
不変のデザインの背景
もちろん、密な配列(粒同士の間隔が小さい)である方が、プチプチの性能はよくなります。
ここで、有効面積率なる指標を考えます。
面積全体に占めるくうき層の面積のパーセントです。
粒がなければゼロパーセントです。100パーセントが理想ですが現実には不可能なことを示しましょう。
プチプチの粒が正三角形の格子上に配列された場合、粒の直径をD、粒同士の間隙をdとすると
d→0のとき 有効面積率→π÷2÷√3÷100
∴有効面積率→90.69 単位は%
どうしても最低1割は「無駄な部分」(「融着部分」と呼んでいます)が生じる計算です。
この限界を乗り越えるには、後の「プチキューブ」の開発を待たねばなりませんでした。
以上みてきたようにプチプチは、「ポリエチレン(広くは熱可塑性樹脂)の物性を最大限に活かして被包物を保護する資材」というその存在意義から導かれる通り、当初から現在に至るまでほぼ不変のデザインで、長くご愛顧いただいているのです。
プチプチという名称がなかったときは…
父=川上 聰が創業した気泡緩衝材メーカーである川上産業に転職した肇(筆者)は、知人に対して自分の新しい仕事を説明することに嫌気がさしていました。
毎度同じ口上をくり返さねばならなかったからです。
すなわち「クッキーのカンカン(金属缶のこと)を開けると、一番上に空気の粒々が封入されたプラスチックのシートが入ってるよね。
指で押すとぷちぷちとつぶれる緩衝材。あれを作る会社に転職したんです」と。
なぜ、毎回クッキーからスタートしなければならないのか(いきなり指でつぶす話をしても伝わらない)、そしてなぜ長い文章が必要になるのか、釈然としないものがあったのです。
いま改めて考えてみれば、これは当たり前で、世の中にないものを発明したのですから、それを作る仕事も、まだ概念として認知さないわけです。
ひと言で説明できないのは無理もないし、また新しい分野を切り拓いたという誇らしい事態の裏返しと考えることもできたかもしれません。
しかし当時の肇は、そう考えませんでした。
(ああ、めんどう。自動車のエンジンを作る仕事、とか、美味しいケーキを流通させる仕事、とか短い言葉で表せないものか)と「軽く」悩んでいたわけです。
プチプチの名前がついた日
問題意識があれば、必ず「ヒント」との邂逅あり。
肇の場合、この「ヒント」の女神は(確か男性でしたが)結婚披露宴会場にいたのです!
どなたか忘れましたが、初対面の方に対して、いつものように自己紹介をしておりました。「クッキーのカンカンを開けると、一番上に空気の粒々が封入されたプラスチックのシートが入ってますよね。指で押すとぷち…」
肇の言葉を遮って、その方はおっしゃいました。
「あぁ、あのプチプチでしょ?」
肇の脳に衝撃が走りました。
これだ!
「指で押すとぷちっとつぶれる」の代わりに「プチプチ」で通用するんだ、と初めて気付かせてもらったのです。
まさに目から鱗耳から茸でした。
(ありがとうございます)
オノマトペから物の名へ、このカテゴリー変換は、幼児においては普通(ブーブーなど)だと知っていましたが、まさか自分のビジネスに使えるとは!
商標権に関し、多少の知識を持っていた肇は、直ちに顧問弁理士に相談し、商標登録の出願をいたしました。