日本で育った視点からエッセイ『日本再発見』を書いたワケ
私は父の留学に伴って4歳で来日して以来、人生の半分以上を日本で過ごしてきました。日本で小中高校と大学に通い、3年間の社会人生活を経験し、母国ジョージアで起業したのち、現在は駐日ジョージア大使として再び日本で暮らしています。
私の特徴はと言えば、ジョージア人でありながら長く日本の文化に触れながら育ったこと、そこからさらに外交官としてまた日本を経験していること、そして駐日大使の中ではおそらくいちばん多くX(旧Twitter)に投稿していることではないでしょうか。
Xでは、外交に関することだけでなく、個人的なことや日常的なこともたくさん投稿しています。日本の皆さんに親しみを持ってもらいたいですし、私は日本の文化にとても関心があって、好きなモノもたくさんあるので、そうしたものに触れるとどうしても紹介したくなるんですね。
いちばん楽しいのは、私の投稿にフォロワーの方々が反応してくれて対話が生まれること。例えば「今度どこどこの県に行きます。おすすめのモノはありますか?」と聞くと、多いときには1000件ほどもコメントが寄せられます。私と日本の方々の間に、日本の文化を通じてコミュニケーションが生まれる。個人としても駐日大使としても、これほどうれしいことはありません。
駐日大使は期限つき、今の自分から伝えたいことがあった
そんな思いで楽しみながら投稿を続けていたところ、出版社から「日本という国やその文化をどう思っているのか、本にまとめて読者に伝えませんか」という話をいただきました。それをきっかけとして書き上げたのが、私にとって3冊目の著書である『日本再発見』です。
話をいただいたとき、日本を内外両方から見てきた私だからこそ書けることもあるんじゃないかと思いました。また、本という形なら、Xの普段の投稿よりも深いレベルのものが紹介できるのではないかと……。それに、大使というのは任期が決まっていますから、いまの私にできることがあるならそれを精いっぱいやりたいと思ったのです。
この本はまさに身を削って(笑)、話をいただいてから1年ぐらいかけて書きました。おかげさまで、これまでに書いた本の中でいちばん多くの支持をいただけているなと、大きな手応えを感じています。「外国人の目から見た日本を知りたい」という方が結構いるようで、自分のコミュニティーの外にいる人もたくさん読んでくれています。
外国からの観光旅行ではなかなか分からない日本人の気質
普段から心の中にあるけれどなかなか表現できなかったり、表現する機会がなかったりする思いを、本を通じて再確認できたという声もいただきました。この本が、日本人の方々にとって自分たちの文化や生活を再発見するきっかけになったらいいなと思っていたので、とてもうれしいですね。
書くうえで特に意識したのは、日本の真に面白い、歴史ある文化をしっかり伝えようということ。いま、日本は海外から非常に注目されています。日本文化もブームになっていますし、訪日外客数も過去最多を更新していますよね。
でも、海外で流行ったり注目されたりしている部分は、私から見ると日本文化のごく一部でしかなくて、常々「かなり偏っているな」と感じていました。ですから、この本ではそれ以外の、日本の真にすばらしい面を伝えられるよう努めたつもりです。
富裕層でもエリートでもない「普通の人」のプロ精神がすごい
日本のすばらしい面はたくさんありますが、例えば仕事に対する姿勢もそのひとつです。富裕層でもエリート層でもない、いわゆる中間層の「普通の人」たちが、皆まじめで嘘もつかず、プロフェッショナル精神をもって働いています。
日本人にとってはこれが普通なのでしょうが、ほかの国ではまったく普通ではありません。外国人である私の目から見ると、日本は「普通の人」のレベルが普通ではない。もっとも人数の多い中間層のレベルが高く、その力が社会を支えている――。これには本当に驚かされました。
私は早稲田大学を卒業後、キッコーマンという会社に3年ほど勤めました。その際にびっくりしたのが、皆さんの徹底したプロフェッショナルぶりです。社員全員がプロとして仕事に取り組み、お互い嘘をつかず、発言に責任を持ってビジネスを進めていました。企業と従業員の間でそうした契約を結んでいるわけでもないのに、です。
いったいなぜなんだろうと私なりに考えてみました。理由はいろいろあるでしょうが、いちばんわかりやすい説明としては、「社会人」という言葉がキーワードになるのかなと思います。
日本語の「社会人」に当たる言葉は、ジョージア語にはありません。英語でもちょっと思い当たりません。私はこの言葉が、日本の普通の人のレベルが高いことの理由であり、日本人の働き方をわかりやすく表しているんじゃないかなと感じています。日本の大人は皆「社会人」なんですよね。
ジョージアでは「立派な社会人になれ」と言われることはない
誰もが責任感やプロフェッショナル精神をもって仕事に取り組むのは、皆さんの中に「社会人とはそういうものだ」という共通認識があるからではないでしょうか。
「社会人」という言葉は、社会の一員である人、社会の中で生きる人といった意味合いでしょう。日本人は、どんな場面でもこれを強く意識しているように思います。これは、そうした意識を持つよう育てられた、つまり子どものころから社会人になる準備が進められてきた結果だと思います。
日本では、大人が若者に「そんなんじゃ立派な社会人になれないよ」と言ったりしますよね。でも、私はジョージアでそうした言葉を聞いたことは一度もありません。若者に将来について何か言うとしたら、「大人になったら幸せな家族を持ってね」「家族を大切にしてね」という感じで、立派な社会人になってねと言う人はまずいないでしょう。
キッコーマン勤務時代、日本の会社員のスキルに驚かされた
これが日本の特殊なところであり、いいところでもあります。立派な社会人になろうと思うと、しっかりしたスキルを身に付けようとか、責任感を持とうとか、人の役に立てるようになろうとか、自然とそう考えるようになりますよね。だから普通の人のレベルが高いのではないでしょうか。
ごく普通の会社員が、別にそこまで求められていないのに極めて高度なことを当然のようにやり遂げる。私はキッコーマンに勤めていたころ、そんなシーンに何度も出くわしました。こんなことができるのは、一人ひとりの中にある「普通」の水準が高いからでしょう。
キッコーマンは大企業だから優秀な人が集まっていたんだろうと思われるかもしれませんが、それは違います。確かにキッコーマンの皆さんは優秀でしたが、私が仕事でご一緒したお得意先の方々、一般的にはあまり有名ではない企業の方々も、やはり「人」のレベルは非常に高いものでした。
清掃や接客、エッセンシャルワーカーのプロ精神に驚き
ビジネスパーソンだけではありません。日本を訪れる外国人は、道やトイレがあまりにもきれいなことに驚きますが、それは清掃作業のクオリティが高いからです。デパートの売り場の方々の接客もすばらしく、私もそれを体験したときには「まさにプロだな」と感じ入りました。
日本で暮らしていると、何度も「なぜこんなにクオリティが高いことをさりげなくできるんだろう」と驚かされます。日本ではどんな企業の人も、どんな仕事の人も高いプロ意識を持っている。しつこいようですが、これは決して普通のことではありません。日本特有のものであり、非常に大きな強みです。
日本は、資源ではなく「人」の力で発展してきた国だと思います。また、先ほどお話しした通り、富裕層やエリート層よりも中間層が厚い国です。現在の日本が世界有数の経済大国という水準にあるのは、その中間層の人たちのレベルが極めて高いからにほかなりません。
日本の資源「人」の力があるから、経済も悲観しなくていい
いまは経済の低迷や円安が続いているので、日本はこのまま弱くなっていくのではと不安に思っている人もいるようです。観光客は増えているものの、さまざまな国の国際競争力が高まる中、一時的に自信を失っているのかもしれません。
でも私は、この国の「普通の人」のレベルの高さからすれば、日本企業はきっと競争力を取り戻せるだろうと思っています。海外の投資家も、日本の基礎力や底力に注目しています。長期的に見れば、やはり日本株には勝負強さや安心感があると。日本人にはそれだけの力があると思われているのです。
日本は長い歴史と固有の文化を持ち、かつ中間層のレベルも組織力も非常に高い国です。土台がしっかりしているわけですから、GDPが3位から4位になったって、ちょっと円安になったっていいじゃないですか。世界的に見れば、日本はまだまだすごい国なんですよ。
ですから皆さんには、自分たちの強みをしっかり自覚して、目先のことに惑わされず長期的な目で自国を見て、そしてプロフェッショナル精神を発揮し続けていただけたらと思います。