妻の離婚調停の申し立てに対して夫が「円満調停」を出してくることがある。どのような意図があるのか。弁護士の堀井亜生さんは「『円満調停』を申し立ててきたからといって、これまでの行いを反省して夫婦関係を修復したいと考えているとは限らない。円満調停を『裁判所の偉い人が、配偶者のダメさを指導して反省させ、離婚を思いとどまらせようとしてくれる手続き』と勘違いしている人が多いのではないか」という――。
※本原稿で挙げる事例は、実際にあった事例を守秘義務とプライバシーに配慮して修正したものです。
書類を見て怒る男性
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いつも「離婚だ」と言っていた夫が「円満調停」

会社員のA子さん(42歳)は、同い年の夫と長男(10歳)の3人暮らしでした。

夫は地元では有名な高校を出たらしく、日常的にA子さんを見下していて、ことあるごとに「頭が悪い」「要領が悪い」と怒鳴りつけては、「離婚だ」「出て行け」と言っていました。

それでも腹の虫が治まらないときは、A子さんの両親にも電話をかけて、「おたくの教育が悪いから自分が迷惑している」「息子におたくの家系の頭の悪さが遺伝していたらどうするのか」と暴言を吐くこともあります。

A子さんは心身ともに限界になり、長男を連れて実家に帰りました。

夫はA子さんに「勝手な真似をするな」「警察に行かれたくなかったら早く帰ってこい」と立て続けにLINEをしてきて、「嫁はそこにいるんだろう」と両親にも電話をかけてきます。別居したいから生活費を払ってほしいと連絡すると、「勝手に出ていったのだから1銭も払わない、離婚は諦めろ」と取り付く島もありません。

A子さんが離婚調停と婚姻費用分担調停を申し立てると、夫は反対に円満調停を申し立ててきました。

夫の動きに不安になったA子さんは、調停の初回期日が始まる前に私の法律事務所に相談に来て、「円満調停をされたら離婚できないのでしょうか」「いつも『離婚だ』と言っていた夫が、なぜ円満調停を出したのでしょうか」とおっしゃいました。

修復に向けた話し合いになるとは限らない

夫婦関係調整調停には、「離婚」と「円満」の2種類があります。前者は離婚調停と呼ばれ、離婚やそれに伴う財産分与、慰謝料などについて話し合う手続きです。後者は円満調停と呼ばれ、夫婦を円満な関係に戻すために話し合う手続きです。

今回のように夫婦の双方から離婚調停と円満調停が申し立てられた場合、一つの調停手続きの中で、二つを同時に話し合うことになります。今回はA子さんから婚姻費用分担調停も申し立てているので、それも同時に進行します。

私は事情を聞き、これまでの夫婦のやりとりなどの経緯も見て、「円満調停という名前である以上、修復に向けた話し合いになると思いがちですが、私の経験上、実際にそういった話になることは少ないです。夫はあくまで『自分が離婚されるのはおかしい』という意思表示として円満調停を申し立てたのだと思います」という見通しを話した上で、A子さんから調停の依頼を受けました。

一方的に「勝手に出て行った妻の方が悪い」と主張

調停では、こちらからは夫の暴言の証拠や夫婦の収入資料を提出して、「日常的に怒鳴られて辛かったので離婚したい、また離婚までの生活費を払ってほしい」と主張しました。

これ対して夫は、「家を出ていった妻はおかしい、反省してすぐに帰ってくるべきだ」「勝手に出ていったのだから生活費は払わない」といった主張をしました。

調停では、各当事者が交互に調停室に入り、調停委員から相手の主張を聞き、自分の主張を伝えます。当事者同士は顔を合わせないように配慮されています。

A子さんの夫は弁護士を依頼せず一人でやってきていて、長時間調停室に入り、いかに妻が悪いかを調停委員に話しています。

「妻の実家は家柄が悪いので本当は結婚したくなかったが、どうしてもと言われたので結婚してやった」
「妻は家事をまともにしない。怒鳴られたと言っているが、指導のために言っていただけである。妻は学歴が低いので指導しないとわからない。時には感情を高ぶらせたこともあるかもしれないが、それも妻に責任がある」
「自分は声が大きいだけなので、怖いと思うのは妻の受け取り方に問題がある」
「妻の両親にもたびたび指導を促してきたが、一向に改善されない……」

結婚前のことから毎日の生活態度に至るまで、夫は事細かにA子さんを非難します。そして、「自分に非がないので離婚しない、勝手に出ていった妻が悪いので婚姻費用も払わない」と主張しました。円満・修復とは名ばかりの、悪口のオンパレードです。

わずか2回で終わった円満調停

私から見通しを聞いてある程度覚悟していたとはいえ、A子さんは深く傷つきました。夫は、A子さんが仕事と育児で疲れている時にも全く家事を手伝わず、怒鳴るばかりで、それが辛かったのに、ここまで来てもこういった反論に終始する夫の姿勢に、A子さんはますます強く離婚の意思を固めました。

夫は、調停委員の方から、「修復というのであれば、同居中の問題点を話し合い、改善する道を探る必要がある」と説明を受けたようですが、「自分は悪くないので、妻が反省して謝罪したらやり直してもいい」と、取り合う様子はありません。

もはや修復とは名ばかりで、一般的な離婚調停以上にやり取りは紛糾し、円満調停はたった2回で終了しました。

離婚調停のイメージ
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ようやく離婚に応じた夫

円満調停は不成立に終わったため、残る婚姻費用と離婚調停の話し合いが続けられました。

夫は相変わらず自分は悪くないと言い続け、「婚姻費用は1円も払わない」「離婚する場合も財産分与はしない。むしろA子が慰謝料を払うべき」と主張し続けましたが、婚姻費用は適正額の支払いを求める審判が出ました。

夫は、婚姻費用を払い続けるのなら離婚した方がいいと考えたようで、ようやく離婚の方向に傾きました。

それでも財産分与をしないこと、むしろ自分は被害者なので慰謝料を請求したいことを主張していましたが、調停委員から、裁判になってもそんな無理な主張は認められないと説得されて、ようやく離婚に応じました。

「円満調停」の実際

円満調停という言葉にはなじみがない方が多いかもしれません。そのため、まずは円満調停に関わる統計を紹介します。

令和5年(2023年)の司法統計によると、円満調停の申立総数は1811件で、そのうちおよそ3分の2が夫から、3分の1が妻からの申立てです。

離婚調停は3万4723件、婚姻費用分担調停は2万209件ですから、離婚に関する調停の中では数が少ない部類と言えるでしょう。

円満調停のうち、成立して終わったのは503件です。

その内訳は、調停離婚240件、協議離婚届出2件、婚姻継続(別居)が124件、婚姻継続(同居)が137件となっています。

婚姻継続というと「夫婦が仲直りした」というイメージがありますが、実際はそのうちほぼ半数が別居の状態での婚姻継続です。別居が一定期間続くと裁判で離婚が認められるため、別居での婚姻継続は、実質的に離婚に向けた終わり方と言えます。

このように、円満調停は、制度として利用される割合も、実際に夫婦関係が円満に戻る割合も、あまり高くはありません。

円満調停でなくても修復の話し合いは可能

私が離婚事件に関わる中で見てきた円満調停は、離婚調停を申し立てられた側が円満調停を申し立てるというケースがほとんどです。しかし、離婚せず修復を希望したい場合であっても、必ずしも円満調停をする必要はありません。

なぜなら、修復については離婚調停の中で話し合えるからです。実際に、A子さんの夫のように、別途円満調停を申し立てても、離婚調停と一緒に話し合うことになるので、円満調停をすれば特に有利になるといったことはありません。

離婚調停に対して円満調停の件数が非常に少ないのはそのためで、家事事件の経験がある弁護士であれば、離婚調停に対抗して円満調停を出すのは、積極的におすすめしないことが多いと思います。

なぜ対抗して円満調停を出したがるのか

私自身も、「離婚調停を申し立てられたので、こちらからは円満調停をしたい」という相談を受けることがあります。理由を聞くと、「自分は悪くない。勝手に離婚を言い出した相手を裁判官から厳しく諭してほしい」と言われることが多いです。

上に挙げたような円満調停の実際のところをお話しして、離婚調停の中で話し合えることを説明し、「円満にしたいのなら夫婦関係を見直して相手の嫌がる点を直せますか」と聞くと、「なら離婚でいいです」と帰っていくことがほとんどです。

どの方もこういったことをおっしゃるので、円満調停を「偉い人(裁判官)が配偶者のダメさを指導してくれる手続き」と思っている方が多いのだと思います。

こういったアドバイスを受けずに、離婚調停に対抗する意図で円満調停を行うと、A子さんの夫のように、円満とは名ばかりの、ひたすら相手を批判するだけの話し合いになってしまいます。

円満調停を出してきたということは、反省する気持ちがあるのかと期待していると、落差でひどく傷ついてしまうことになります。

批判ばかりでは相手の心は戻らない

円満調停を申し立てたからといって、そのことだけで夫婦関係が修復の方向に向かうわけではありません。重要なのは話し合いの中身です。

特にモラハラで離婚を求められた人の場合、「自分は不倫も暴力もしていないから離婚する理由などない」と反発するあまり、同居中の言動を反省する機会を持たずに、離婚したがっている配偶者をひたすら責めてしまいがちです。

中には、長い陳述書で配偶者やその家族の欠点を羅列して、強い口調で批判しながら、「このように相手が悪いのだから修復を求める」と主張する人もいます。

離婚には応じない、修復したいと言いながら批判ばかりしていては、相手の心が戻るはずがありません。客観的に見ればわかることですが、当事者になるとなかなかそうは思えないようです。

相手の話を受け止めて反省・努力することが必要

離婚を切り出されたことで、「自分が悪者にされている」と思うあまり、「相手が悪いと証明すれば離婚しないで済む」と考えてしまうようです。そういった心理から、A子さんの夫のように、延々と相手を責めるようになってしまうのでしょう。

修復したいのであれば、まずは相手の言っていることを聞いて、その内容を受け止めて、反省をしたり、改善しようと努力したりする必要があります。

怒鳴られて怖かったと言ったのに、「それは受け止める方に問題がある」と反論されて、「では自分に問題があるから家に帰ろう」と思う人はいません。むしろ、自分を顧みず上から相手をやり込める態度そのものが、結婚生活を続けられないと思われた原因になっているので、円満調停という名のもとに相手を批判しても、何も変わっていないのだと思われてしまいます。

離婚を求められて修復を希望する場合は、「自分は悪くないのに」という考えだけで行動するのはやめましょう。自分では感情的になってしまい冷静に話し合いができない場合は、弁護士に相談することをおすすめします。

「円満」「修復」の言葉の裏にあるもの

一方で、「離婚を切り出したものの、相手に修復したいと言われて悩んでいる」という人の中には、実は相手からは「悪いのはそちらの方で、自分は悪くないから離婚しない」と責められているだけということがあります。

客観的に見ると修復や仲直りとは程遠い内容でも、「修復したい」という方向性で言われていると思うと、つい決意が揺らいでしまうようです。

ここまで解説してきたように、円満・修復という言葉の裏には、相手に寄り添ってやり直したいのではなく、自分が悪者になりたくないあまり離婚を何としても拒否したいという思いがある場合が多いです。修復という名目だけではなく、相手の言っている内容や態度、背景事情などを見て、やり直せそうかを冷静に判断するようにしましょう。