満足のいくセカンドキャリアを歩むために中高年が心がけるべきことは何か。転職・副業市場に詳しいキャリアコンサルタントの大桃綾子さんは「何よりもまず、年収や肩書きという鎧を脱ぐことが大切だ」という――。

「会社に裏切られた!」

会社とはなんでしょう。

ある人にとっては「家族」、またある人にとっては「友達以上、恋人未満」、それこそ勤続年数が長ければ「自分自身そのもの」になってしまっている人もいるかもしれません。

「だって、これだけ勤めてきたんだから、会社はオレに悪いようにはしないだろう……」

いつのまにか、そんな安心感を抱いてしまい、精神的にも、相思相愛なのか片思いなのかも確認せずに、どっぷり浸かってしまっている――。

でも、ちょっと待ってください。

見て見ぬふりをしていませんか? 

新しい提案をしても、困った顔をする年下上司。毎年のように導入される新しいツールや仕組みをあっという間に使いこなす若手を横目に、使い方がわからないといえない自分。気づけば役職定年が目の前……「あ、やばっ!」と思い当たってしまったあなた、今がチャンスです。

そうです。見たくないと後回しにしていても、「会社員人生」は必ず終わりがやってきます。夏休みの宿題をため込んだまま8月31日を迎えると、往々にして「会社に裏切られた!」とか「オレを評価してくれない!」と気持ちの整理がつかず、嘆くことになるのです。

「頭で理解すること」と「湧いて出る気持ちをコントロールすること」は別物。皆さんわかっちゃいるけど、気持ちがついていかない。長年連れ添った会社から離れることは、離婚するのと同じくらいの勇気が必要なのかもしれません。

あなたは何がしたいのか?

「会社からむちゃくちゃな仕事を次々とあてがわれて“何でも屋”になってるのに、誰からも感謝されない」
「職場で新しい提案をしても、『おとなしくしててくれ』って……」

苦悩して目のあたりを手でもんでいる男性
写真=iStock.com/kuppa_rock
※写真はイメージです

中高年のセカンドキャリアをサポートする会社を立ち上げてから、今年で5年になりますが、コロナ禍明けから一気に増えてきたのが、50代の方々のこんな憤りや哀しみです。

千人単位で同期がいるような大手企業に勤める人にとって、退職や転職といった身の振り方は、それ自体が“不都合な現実”なのかもしれません。

そんなとき、こうお応えしています。

「どこも同じです。“会社のため”ではなく、自分のしたいことをするチャンスです」

あなたは何を、やりたいですか?

気になっていたけれど、やれなかったことは何でしょうか?

それをまず、思い出してください――。

私たちの会社では、「大人のインターンシップ」をはじめとした、「副業」や「転職」の手前となる“練習機会”を提供しています。インターンシップ先は、北海道から沖縄まで20を超える地域の、中小企業や団体。コロナ禍のお陰で、オンラインで地方企業に伴走するスタイルになり、参加者の方々はいつもの仕事をやりながら、インターンシップにチャレンジすることが可能になりました。

私たちは、参加者の50代の方々と地方企業のいわば“仲人”役。間に立って、個別にマッチングをしていくのですが、「やってみたいこと」の解像度が高ければ高いほど、マッチングの精度も上がります。「やってみたいこと」が出てこなければ、「気になるキーワード」で十分。それがインターン先に「関わってみたい」という動機になり、最初のアクセルとなります。「あなたは何がしたいのか?」ここからすべてが始まるのです。

年収が3分の1になる再雇用

「とはいえ、先立つものがなければ困るんですが……」

ハイ、お気持ちはもちろんわかります。お金ですね。

大手企業の年収を長年背負ってきた人は、その数字の荷物をなかなか下ろせません。

ですが、定年になり再雇用となったときには、それは容赦なく半分か3分の1になります。

しかも仕事の内容は変わらないケースも多い。同じことをしながら年収がガクンと減ってしまっては、「モチベーションを持ってやれ!」というほうが無理筋でしょう。そんな日々のむなしさで心身をすりへらし、うつうつとした暗い日々を送るなんてあまりにももったいない。

50代以降の時間は、思っている以上に長いのです。しかも、若い頃のようにあっという間には過ぎません。そんな現実に気づくことこそ、むしろ“先立つもの”にするべきです。まずは、事実を直視して、目の前に延びている道の景色に気づくことが先決です。

退職の先に続いている道
写真=iStock.com/DaLiu
※写真はイメージです

目の前に見える道は、一本道ですか? 

だとしたら、ちょっと深呼吸をしてみましょう。これまで一つの組織や一つの信念で頑張り抜いてきた人ほど、他の道が見えにくくなっていることでしょう。

私自身も会社員時代は、再雇用か転職の2択しか見えていませんでした。ですが、人生100年時代といわれるようになり、独立や起業など選択肢は多様になり、「再雇用に併せて副業」などと複数の組み合わせも可能な社会になりました。これまで一本足打法で打ち続けてきたのなら、これからは両足を地面につけて、これまでとは違う姿勢でボールを見極めればいい。

今までの自分は今までの自分。これからの自分はこれからの自分。自分自身だって、多様なのです。

今すぐ、鎧を脱ぎ捨てよ

シニア期こそ輝いていい。そう開き直れるのが、半世紀生きてきた者の特権です。

その特権に資格があるとすれば、それはなんでしょう。

「鎧を脱ぐこと」です。

今、あなたが着ているヨロイをすっかり脱ぎ捨てることです。

鎧とは、「プライド」でもあります。役職であったり、年収であったり。要するに、会社から「与えられたもの」です。

ある日、地方企業とのインターン面談の場で、副業を志す大手企業の方が、こんな自己紹介をされました。いわゆる“ハイスペック中高年”の人です。

「○○会社の部長の△△です。マーケティング業務をしながら、社内のDX化を推進してきました」

経歴書を画面に映しながら、「SDGs」や「ウェルビーイング」が興味だとし、これまでの実績を述べられました。「購買プロセスにおけるペルソナを可視化させるためにカスタマージャーニーを、ウンヌンカンヌン……」。横文字が続くその話に、相手は引いていくばかり……。当然ながら、このインターン先からはお見送りとなりました。「相手に理解してもらおう」との気遣いがなく、先方の意識に残ったのは、誰もが知るその社名のみだったからです。

志望書はラブレター、面接はデート

当社が仲人役を務める大人のインターンシップには、これまでの社名や役職、じつは要らないんです。なぜならお相手(インターン先)は、その人の肩書きと仕事をしたいわけではないからです。

逆に必要なのは、「この人と一緒に働きたい」と思わせること。

先方に、「時間を割いてあなたと働きたい」「この人になら、当社の悩みを話せそう」と思ってもらうこと。これが重要です。

そのために面談は、相手に「自分が何者か」をわかってもらう機会であり、「あなたと何がしたいか」「あなたと何ができるか」をわかりやすく伝える場であると理解することが大切です。

思えば、転職の志望書はラブレターであり、面接はデートのようなものかもしれません。

誰も、デートの最初に名刺を出したりはしません。自分の人柄を伝える手段が名刺ではないように、勤務先の社名や年収が必ずしも自分の実力を示す方法にはならないのです。

こうして今の仕事を続けながら、今までと異なる環境に触れて「会社にどっぷり浸かっちゃってる自分」「会社に就職してしまっている“就社意識”の自分」に気づくこと。いわば「会社と自分を切り離すこと」から、セカンドキャリアの道は開けてゆきます。

ガッツポーズで喜ぶシニア男性
写真=iStock.com/Yuto photographer
※写真はイメージです

あなたの知らない自分の強み

転職・副業市場に役立つ初めの一歩、「鎧=プライドを手放すこと」について、ここまで述べてきました。

次なる一手は、「自分の強みを知る」こと。

いわばそれは、不要なプライドを捨ててもしっかり手元に残るもの。「ポータブルスキル」といわれたりしますが、それがあなたの実力であり、実は自分ではなかなか見つけられないものでもあります。

良い方法があります。周りの人に聞いてみるのです。家族でもいい、友人でもいい。私たちの研修では、オンライン上で予習のワークシートを基に、ワークショップをやります。たまたま居合わせた見知らぬ他人同士からもらった一言が、自分の強みを見つけるきっかけになっています。

「人は自分の匂いがわからない」という言い方がありますが、自分が普段から無意識に行っていることほど気づかないもの。文章を書くのが好き、検索が速い、資料の作成に長けているなどなど、「え? こんなフツーのことでいいの?」と思ってしまうようなことが、社会においては役立つ「強み」になるのです。

40代から50代の転職数増加に伴い、セカンドキャリアの転職・副職市場は今後、ますます活発化していくことでしょう。実際、2023年の転職者数は、2018年に比べて4倍近くに伸びているとのデータも出ています。

ただし、転職率のデータを見ると、数字は決して甘くありません。全世代平均7.5%に対し、50代は3.4%、40代でも5.6%。転職数は増加しているとはいえ、要するに、厳しい市場です。

ですが、むやみに悩む必要もありません。いちど、これまでの人生を棚卸しするようなつもりで、自分をイチから知ってみる。素直になればいいのです。セカンドキャリアの実践には、それが必要不可欠な心がまえです。