なぜこんなに頑張っているのに結果がでないのか。ドラッカー・スクール・オブ・マネジメント准教授、ジェレミー・ハンター氏は「日本人ビジネスリーダーは『がんばりすぎるマインドセット』を持っている人が多い。精一杯努力しているにもかかわらず、望まぬ結果に悩まされ、立ち行かなくなってしまうのは残念だ。まず自分が持っている思い込みに気づく必要がある」という――。

望んでいない結果を生む「10の思い込み」

まず自分をマネジメントできなければ、他者をマネジメントすることはできない――。

経営学の大家、ドラッカーの言葉です。

わたしはこの教えに導かれてセルフマネジメントを実践するための具体的な手法やツールを開発し、アメリカのドラッカー・スクール・オブ・マネジメント、通称「ドラッカースクール」で教えています。幸運なことに、年に数回日本を訪れる機会にも恵まれ、日本のビジネスリーダーに特化したセミナーやワークショップを開催しています。

【図表1】多くのビジネスリーダーが持ちがちな、10の思い込みや前提、固定観念
資料提供=ハンター氏

図表1の「10の思い込み」を日本の大手自動車メーカーでの研修時に紹介したところ、多くの方がほぼすべて当てはまると言っていたのが印象的でした。もちろんアメリカにも同じような思い込みを持つ方はたくさんいます。けれども、日本社会においてはその傾向がより顕著に思えます。

例えば、「仕事は完璧にやり遂げなくてはならない」という思い込み。あなたも完璧を求めるあまりに失敗を恐れ、フリーズしていませんか?

休み不足の代償

また、日本では「とにかくがんばる」ことが賞賛されがちです。「結果が出るまでがんばり続けなければいけない」と信じてがむしゃらに働いていては、やがてエネルギー不足になり、パフォーマンスが低下します。

日を追うごとに疲労が蓄積していく中で、せっかく今までがんばってきたのにも関わらず、モチベーションが下がったり、望んだ結果を出せなかったりして自分に失望した経験はないでしょうか?

がんばり=結果、とは必ずしも結びつきません。元陸上競技選手の為末大さんによれば、コロナ禍で練習時間を減らさざるを得なかったアスリートたちは、予想に反してパフォーマンスを伸ばせたのだそうです。体を休めることができたおかげで、良い結果を出せたのですね。

自己犠牲が生む軋轢

もうひとつ、日本人はほかの人より先に退社することに対して罪悪感をもつことが多いように思います。

これを裏返すと、早く帰ることに対して罪悪感をもたない同僚は疎ましい存在になりかねない、ということになります。「自分の時間を犠牲にしてまで、上司やチームメンバーを優先しなければいけない」という思い込みが厄介なのは、自己犠牲をしていない人はずるいという発想を生んでしまうことでしょう。

ちなみに、アメリカでは定時退社しても問題ありません。なぜなら、勤務時間は定時までと決められており、よっぽどのことがないかぎりその先の仕事は翌日にやるべきだという揺るぎない信念があるからです。

おもてなしのダークサイド

また、あなたの職場にこんな方はいないでしょうか。

いつも険しい表情で机に向かっている上司。近寄りがたく、話しかけづらいオーラを発していて、コミュニケーションも必要最小限です。部下からは「なにを考えているのかわからない」と思われており、敬遠されがち。なにも教えてもらえないまま、部下たちは上司の胸の内を推測するしかありません。

それなのに、当の本人は「部下は自分が考えていることはわかっているはずだ」と思い込んでおり、わからなければ自分から聞きに来るべきだ、とも思っています。

私はこういうタイプを「恐怖のテレパシー上司」と呼んでいます。新しく入社した若い世代にとってはジェネレーションギャップが甚だしく、最悪の上司ともいえるでしょう。

この事例は、実際にわたしたちのリーダーシッププログラムに参加してくれた日本の広告会社で働くある部長のお話です。

彼は、自分の部下が自ら相談に来るべきだと思っていました。そして、それができないチームメンバーを「ダメな部下」だと決めつけていました。自分が若かった頃は自分から積極的にコミュニケーションを図っていたから部下たちもそうするべきなのに、それができていないヤツが悪い、と思い込んでいたのです。

窓の前に立っているビジネスマン
写真=iStock.com/baona
※写真はイメージです

しかし、もっと深いところでは、彼自身も自分に課題を感じていました。そして部下たちに「もっとビジョンを示してほしい」、「チームのことをちゃんと見て評価してほしい」と言われてなんとかしたいと思っていたからこそ、セルフマネジメントプログラムに参加してくれたのです。

頑張っても望んだ結果を出せない理由に気づいた

では、彼はどのようにしてこの苦境を乗り越えたのでしょうか?

プログラムを進めていくうちに、彼は自分が思う自分自身と、ほかの人が認識している自分にギャップがあることに気づきました。彼はまた、彼の手にしていた「望んでいない結果」の発端はすべて彼自身にあったことに気づきました。

【図表2】ある部長のIRマップ(本当に望む結果を起点に)
ジェレミー・ハンター『ドラッカー・スクールのセルフマネジメント教室 Transform Your Results』(プレジデント社)より

そこで彼は、「インテンション・リザルト・マップ(IRマップ)」とわたしたちが呼んでいるツールを通じて、自分が本当に望んでいる結果を言語化し、自分の意図を明確化しました。そして部下たちと徐々に交流を深める努力を重ねていった結果、「このチームメンバーと一緒に組織をより良い方向へ変えていきたい」と心から思えるようになったそうです。

それからは部下たちを巻き込んだ行動を取れるようになり、チームが活性化し、仕事もうまく回り始めました。

表情がガラっと変わった

何を求めているか、どちらの方向へ進みたいのか。自分の意図を明確にするということには、絶えず責任が伴います。しかし、責任を取りたくないばかりにあえて曖昧にしていると、望んでいる結果はついてきません。

彼は、今まで陥ってきた悪循環を変えるために、勇気を持って自分の意図を明確にし、望んでいる結果を手に入れました。わたしが最後に彼に会ったとき、彼の固かった表情はすっかりやわらかくなっていて、持って生まれたハンサムな顔が幸せそうに輝いていました。まるでモデルのようだと褒めると、彼は大声で笑っていました。

「レッドゾーン」とは

わたしたちが実践しているセルフマネジメントプログラムの土台には、まず神経系のマネジメントがあります。

【図表3】神経系のマネジメント
資料提供=ハンター氏

過覚醒の状態を「レッドゾーン」と呼んでいます。

例えば、朝の通勤ラッシュにもまれながら駅の自動改札口を通り抜けようとしていたその時に、前の人が立ち往生してしまったとします。この瞬間、前の人がたちまち敵のように憎く思えてしまうことがありますよね。このように、レッドゾーンにいると、周囲の人に敵対心を持ちやすくなります。

常に不機嫌をあらわにし、怒鳴り声をまき散らしている人がレッドゾーンの典型です。そのように怒鳴っている人の多くは、実は自分の怒りや敵意に無自覚で、むしろ多くの場合「自分はいいことをしている」と信じています。そして、自分が良かれと思ってしていることを受け止めてくれない他者に対して批判的になり、怒りの反応を増大させていった結果、人間関係に支障をきたして仕事が立ち行かなくなってしまう場合もあります。

上述の広告会社部長は職場で、部下たちの前でこのような状態になっていたのです。

「ブラックゾーン」とは

上記のような過覚醒の状態に身を置くことは、疲弊を招きます。自分の中にあるエネルギーを使い果たしてしまうのです。そうなると、今度は低覚醒の状態である「ブラックゾーン」に陥る可能性が高まります。

ブラックゾーンにいる人は、エネルギーが不足しているため、無意識のうちに自分で刺激に制限をかけています。人間関係が停滞し、コミュニケーションが止まってしまいます。

レッドゾーン、ブラックゾーンにいること自体、わるいことではありません。過覚醒も、低覚醒も、人が生存するために必要な反応です。いずれにしても、今の自分がレッド、あるいはブラックゾーンにいることを自覚して、その状態がどのように自分の思考・行動や言動に影響しているかを観察することが大切です。

ちょうどいい「グリーンゾーン」とは

最後に紹介するのが、レッドでも、ブラックでもない「グリーンゾーン」です。

「グリーンゾーンとはどんな感覚ですか?」と質問されることが多いのですが、多くの人が自分の状態に無頓着になっていて、自分がグリーンなのかレッドなのかブラックなのかわからないのではと思います。

グリーンゾーンにいると、自分の活力をありありと感じることができます。力がみなぎり、この世界は可能性で満ちあふれていると感じることができます。また、人との繋がりも強くなります。先の広告会社部長は、最終的にこのゾーンを意識することができる状態になりました。

戦略的に休む

このような状態に身を置くためには、まずは十分な休息を取ることが重要です。質の良い睡眠を取ることは、とても大事ですね。さらに、自分のパフォーマンスを上げるために、毎日の生活において自分が回復できる時間と空間を確保することも重要です。休みを取ることは、パフォーマンスを上げるために必要な時間です。休むことは決して弱いことでも、わるいことでもありません。

私は「戦略的回復」と呼んでいますが、これを組織として行うのも効果的です。既出の大手自動車メーカーでは、働き方のフレームに戦略的休息を取り入れることで、チーム内の関係性を向上し、全体的なパフォーマンスを底上げできたそうです。

喜びを体験する

休息を取ると、充電しているかのようにエネルギーが戻ってきます。さらにエネルギーレベルを上げていきたいならば、人生を楽しみましょう! 休息と楽しむこととは違いますし、そのどちらも必要です。

ひとことに「楽しもう」と言っても、人によって楽しみ方は千差万別です。プログラム参加者の中にはスノーボーディングを始めた方もいましたし、好きなバイクに乗って出かけるようになって、自分の余白を広げることができたという方もいました。

スノーボード
写真=iStock.com/CandyRetriever
※写真はイメージです

楽しむという行為は、自分のエネルギーを消費すると同時にエネルギーの絶対値を高めます。ポジティブにエネルギーを注げる対象があってこそ、自分のエネルギーを蓄えるうつわが大きくなっていくのです。

子どもがいたり、仕事が忙しかったりすると、趣味に使える時間がないと思い込みがちな方が多いのですが、逆に趣味の時間をまず優先してください。時間を取れないとしたら、取れないと思い込ませている何かしらのストーリーが自分の中にあるはずです。「遊びのために時間を使うなんて、けしからん」と無意識に思い込んではいませんか?

また、「自分がどうしたいか」という意図を確認することも大切です。あなたにとって、なにが大事ですか。そして本当はなにを望んでいますか?

自分のなかに余白をつくる

自分の内側に余白を作ることも、グリーンゾーンを広げてくれます。

旅行や、リトリートや、瞑想のように心を静かな状態にもっていくワークは、自分の外側に余白をつくってくれます。しかし、その時はたしかにグリーンゾーンに戻っていけるかもしれませんが、ふだんの生活に戻ったとたんに日常の刺激にまみれ、効果が持続しないこともままあります。

そこで、わたしたちは、日常生活においてこそ自分のなかに余白をつくることを大切にしています。その取り組みの土台となっているのが、レッド、ブラック、グリーンゾーンの考え方です。

どうやったらグリーンゾーンの状態に戻れるか、わたしたちも常に試行錯誤しています。まずは自分の今の状態に意識を向けることから始めて、もしレッドやブラックゾーンにいると思ったら、どのようにグリーンな状態に持っていけるかどうかをその都度考えます。

ほんの一例ですが、就業時間中に「集中して自分の仕事をする時間」と「メンバーの話を聞く時間」を明確に分けた管理職がいました。自分の仕事のパフォーマンスが上がるだけでなく、チームのコミュニケーションもうまくいくようになりました。

タイムスケジュール
写真=iStock.com/Spauln
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これらは一種の実験であり、習慣化することと、自分にフィードバックをかけていくことが重要です。日常を自分の実験室に仕立て、どのようにしたら自分のなかの余白が広がるか、どのようにレッドからグリーンへ戻ってこられるかを観察してみてください。

実験ですから、うまくいかなければ別のことを試してみればいいのです。「失敗してはダメ」というマインドセットは手放しましょう。10回試してみて、2回ぐらい上手くいけば大成功です。完璧にできることなんてありませんから、まずは実験のみ。あなたが見る世界が少しずつ変わってくるかもしれません。