広告代理店で働く浅間奈月は、同棲中の大牧陽多との結婚を控えている。しかし、離婚した父親から受けたモラハラや、会社での激務に追われている影響で、優しく受け止めてくれる陽多にもキツく当たってしまい、結婚に前向きになれずにいた――。(第1回/全3回)

※本稿は、龍たまこ・中川瑛『99%離婚 離婚した毒父は変われるか』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

結婚の準備でイライラ

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龍たまこ・中川瑛『99%離婚 離婚した毒父は変われるか』(KADOKAWA)
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龍たまこ・中川瑛『99%離婚 離婚した毒父は変われるか』(KADOKAWA)
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龍たまこ・中川瑛『99%離婚 離婚した毒父は変われるか』(KADOKAWA)

私たち、幸せな夫婦になれるかなぁ

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龍たまこ・中川瑛『99%離婚 離婚した毒父は変われるか』(KADOKAWA)

自分の親を「毒親」だと認めることの勇気

自分の親が毒親だと認めることは、とても勇気が要ります。「育ててくれた人にそんな言葉を使うなんて」「そんなふうに考える自分のほうがおかしい」と、自責の念にかられたりもするでしょう。

自分が毒親にならないために、必ずしも「毒親」という言葉を使う必要はありません。親との関わりの中で傷つきがあったことを認め、それを子どもとの関係で繰り返さないために、どうしたらいいかを考えるヒントにする。そのくらいのスタンスだと気が楽かもしれません。

毒親という言葉と自分への影響を知ると、「自分は子どもを持つべきではない」「誰かと関係を持ってはいけない」「死んだ方がいいのではないか」と苦しむ方が多くいます。既にお子さんがいる場合は、「生きづらさを連鎖させないようにするにはどうしたらいいのか」「どう子どもと関わればいいのか」と悩んだり「もっと早く知っていれば……」と後悔する方もいます。

悩むこと、ためらうことの大切さ

僕は、何よりもそうやって葛藤し、悩むことこそが、一番大切で誠実なことだと思います。それは、自分の正しさを疑い、ためらうことです。ためらいこそが愛です。

「本当にこれでいいのだろうか」「他にも選択肢があったんじゃないだろうか」と悩むことは、心理的・時間的・体力的に大きな負担が伴います。いっそ「これが正しい」とか「どうしようもない」と投げ出すほうがずっと簡単です。

しかし、そうしてしまえば、お子さんから「あれは嫌だった」と言われた時に「私がされていたことに比べたら大したことない」「こっちにも事情があった」「それ以上責めないで」「親不孝」と反撃し、お子さんの傷つきを押さえ込んでしまうでしょう。

それが加害です。誰かを傷つけようとしているのではなく、自分を守るために結果的に周りを傷つけ、孤独になる存在が、加害者だと考えています。加害者の認識では、自分がしていることは「反撃」であって「攻撃」ではないのです。

逆にためらいながら人と接する人は、相手が傷つきを伝えてくれた時に、反撃に転じません。相手がニーズを教えてくれていると考えます。反撃が必要な危険な場面ではなく、ケアのチャンスだと捉えます。

学んでも、傷つけてしまうことはある

ケアをするためには、必要な知識を調べて学ぶことも重要です。ただ自分の中で悩むだけではなくて、例えば依存症やAC(アダルト・チルドレン)やトラウマといった言葉を「自他を責める」言葉ではなく「自他を生きやすくする」言葉として活用すると、驚くほどたくさんの知識があることに気づけます。

しかし、そうして学び続けても、子どもを全く傷つけないというのは不可能です。誰もが異なる人間ですから、尊重したつもりが傷つけてしまったり、大切にしているつもりが却って嫌がられてしまうことがあります。どんなに頑張っても、大人になった子に憎まれることもあります。

誰にも憎まれない方法などなく、全力を尽くしてもうまくいくとは限りません。

どんな人間関係も、究極的にはコントロールできず、それは親子関係も同様です。

「助けを求めて支えてもらうこと」が一番大切

だからこそ、忘れないでください。毒親にならないためには、ためらうことや学ぶこと、憎まれる覚悟を持つことに加えて「助けを求めること」もとても大切です。

龍たまこ・中川瑛『99%離婚 離婚した毒父は変われるか』(KADOKAWA)
龍たまこ・中川瑛『99%離婚 離婚した毒父は変われるか』(KADOKAWA)

誰もが不完全です。弱音を吐いたり、愚痴をこぼしたり、助けを求めていいのです。「もう疲れた」「産まなきゃよかったかも」「自信がない」「怖い」と思う気持ちは自然なことです。

それを子どもにぶつけるのではなく、周りに助けを求めて支えてもらうことが、毒親にならないために一番大切だと僕は確信しています。

そしてその責任は個人だけで果たすことはできません。助けを求められる場所、愚痴をこぼせる場所、弱音を吐ける場所、その制度や文化がなければ、単なる自己責任論です。国や自治体による子育て支援は勿論のこと、DV被害者支援や産休・育休制度、自助団体などによる共助の場も必要です。

実は、僕自身は妻との相談の上、子どもは持たないことを決めています。それでもこういった活動をしているのは、そうした場所を作る責任を、すでに生まれてきた人たちが分有していると思うからです。

これから生まれてくる命にとって少しでも生きやすい社会を作っていく。それによって、すでに生まれてきた人たちも生きやすくなると信じています。