夫が不倫。怒りが収まらない妻は、夫を責め立てるだけでなく、不倫の証拠写真を息子に見せ、夫への批判を言い続けた……。離婚や男女問題に詳しい弁護士の堀井亜生さんは「不倫をしたからと夫を責め立て、さらに子どもに対して虐待に近い行為をする事例は少なくない。夫の不倫が発覚したことが“毒親化”の原因になったケースは何度も見たことがある」という――。
※本原稿で挙げる事例は、実際にあった事例を守秘義務とプライバシーに配慮して一部変更しています。
親に叱られている子ども
写真=iStock.com/Thai Liang Lim
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夫のスマホに不倫の証拠が残されていた

主婦のA子さん(40歳)は同い年の会社員の夫と結婚して12年になります。2人の間には10歳になる息子がいますが、夫婦仲はあまり良くなく、何かと口論が絶えない状態でした。

ある日、飲み会に行った夫が朝帰りをしました。泥酔して寝ている夫のスマホを見ると、会社の部下の女性とホテルに行ったらしく、女性の裸の写真、キスをしている写真がたくさん出てきました。

激怒したA子さんは、そういった証拠を全て自分のスマホに保存して、目を覚まして酔いがさめた夫に突きつけました。

夫は平謝りをして、「酒の勢いでついホテルに行ってしまった。二度とやらない」と言いましたが、A子さんは絶対に許さないと言い、夫に何度も土下座をさせました。

起きてきた息子に「お父さんに女がいるのよ、私たちを捨てる気なのよ」と言うと泣き出したので、夫には、息子に対しても土下座をして謝らせました。

連日の「仲間外れ」に耐え切れず夫から別居

その日から毎日、A子さんは夫を責めては謝罪させました。また、食事も夫だけ別の部屋で別の時間に食べさせ、外出や旅行も、夫を置いて息子と2人で出かけるようになりました。家庭内の「仲間外れ」です。

一方夫には、飲み会や無断の外出を禁止。外出中は定期的にテレビ電話をして、女性と一緒にいないかチェックしました。さらに、夫が帰宅したら、スマホの中身も確認します。

そんな生活が半年続いたある休日、A子さんと息子が買い物から帰ると、夫の荷物が全てなくなっていました。「どこにいるの?」「女のところに行ったの?」と何度もLINEをしましたが、既読になりません。

数日後、夫から生活費が振り込まれ、別居が始まりました。

A子さんがインターネットで調べると、「不倫をした側の『有責配偶者』からは離婚できない」と書いてあったので、夫の側から離婚してくることはないだろうと、安心していました。

「あんたを捨てた父親なのに!」

夫と息子は、連絡を取り合っているようです。息子は「パパに会いたい」と言いますが、A子さんは最初は反対していました。しかし、「どうしても会いたい」と泣くので、「月に一度くらいなら」と許可しました。

とはいえ、夫が女性と一緒にいるのではと不安になるので、帰ってきた息子に、「パパはどこに住んでいるのか」「女の人にも会ったんじゃないか」としつこく聞きました。

息子がうっかり「パパと会って楽しかった」などと言おうものなら、A子さんが「楽しかったわけないでしょ! あんたを捨てた父親なのに!」と怒るので、息子はそのうち夫の話をしなくなりました。

そのまま夫婦の別居は続き、息子は中学生になりました。

息子に夫の不倫写真を見せ続ける妻

ある日A子さんが、いつものように夫の悪口を言っていると、息子が「もうパパの悪口を言うな!」と怒り出しました。

A子さんは息子の言葉に驚くと同時に怒りを覚えて、持っていた不倫の証拠を息子に見せました。夫が不倫相手とキスをしている写真、ホテルに行った後のやりとりのLINE……。父親がいかにひどい人間かを言って聞かせると、息子は「そんなのもう捨てなよ」と言って、部屋に戻ってしまいました。腹立ちが収まらないA子さんは、LINEでも息子に繰り返し夫の悪口を書き連ねました。

それ以来、息子が言うことを聞かなかったり、テストで悪い点を取ったりすると、A子さんは夫の不倫の写真を見せるようになりました。

「言うことを聞かないとパパみたいな人間になるわよ」と叱り、息子に「ママがそんなだから浮気されたんだ」と言い返されると、A子さんはますます怒るようになりました。

そんな生活が続き、息子はだんだんと元気がなくなっていきました。

ある日の朝、息子が「起きられない、学校に行きたくない」と言うので、「やっぱりあなたは不倫した男の息子なのね、最低だわ」と叫びながら、部屋にあった物を投げつけようとすると、息子はしぶしぶ学校の支度をして出かけました。

しかしその日はいつもの帰宅時間になっても帰ってきませんでした。

息子は夫のところへ…そして離婚調停

夜になっても帰ってこないので、息子にLINEや電話をしていましたが、既読になりません。

すると夫から、「息子はうちに来ている。かなりつらいようだから、しばらくうちにいさせる」と連絡がありました。

A子さんは、息子を返さない夫にいらだち、「2人で一緒になって私を捨てる気か」「あの女と再婚する気か」などと矢継ぎ早に返事をしましたが、夫から返答はありませんでした。

息子が戻ってこないまま数カ月が経ち、夫から離婚調停が申し立てられました。

報告書に書かれていた息子の言葉

A子さんは調停で、「夫は不倫をした有責配偶者であり、私は悪くない、離婚はしない」と主張しましたが、夫は、A子さんの息子への精神的虐待を理由に親権を主張して、A子さんと息子がやり取りしていたLINEや、息子がこっそり録っていた録音などの証拠を提出しました。

A子さんは「多少は怒ったかもしれないが、夫の不倫が原因なので私は悪くない。息子の親権者は私がふさわしい」と主張しましたが、裁判官の判断で、息子に対する調査官調査が行われました。

その報告書には、「パパの不倫をママが何年も怒っているのがつらい。不倫の写真を何度も見せられ、『お前もいずれこうなる』と怒鳴られるのが怖かった」という息子の心情が書いてあり、「親権者には父親が望ましい」と結論付けられていました。

A子さんは激怒して、「夫が悪いのに、息子がこんなことを言うはずがない。息子は夫に洗脳されているに違いない。不倫をするような父親が親権者なんておかしい」と言いましたが、調停委員からは、「息子さんの意見が尊重されます」と言われました。

A子さんは、自分が親権者になることは難しいことがわかって、離婚を拒む気持ちが薄れてしまい、財産分与を行って離婚することにしました。

離婚によって、A子さんは自分が子どもを傷つけてしまったことをようやく実感して、せめて少しずつ関係を改善していこうと思うようになりました。

離婚届
写真=iStock.com/takasuu
※写真はイメージです

夫婦の問題に巻き込まれた子ども

皆さんはこの事例を見てどう思ったでしょうか。

「不倫をした夫が悪い」と思う方がいれば、「やりすぎたA子さんが悪い」と思う方もいると思います。

ただ一つ言えるのは、不貞は夫婦の問題であって、子どもをこのような形で巻き込み、ネガティブな影響を与えるのはよくないということです。

なぜ不倫の発覚が「毒親化」のきっかけになるのか

A子さんのように、不倫をしたからと夫を責め立てて、さらに子どもに対して虐待に近い行為をする事例は少なくありません。「毒親」が問題になることが増えていますが、不倫の発覚が毒親化の原因になったケースは、私も何度も見たことがあります。

こういった言動をした人に話を聞くと、「他に誰にも相談できず、子どもに自分のつらさをわかってほしかった」「不倫をした夫が普通に子どもと接していることが許せない」と言います。中には、「自分の父親が起こした不始末について、子どもも詳しく知りたいはずだ」と言った人もいます。

不倫そのものよりも、その後の対応が子どもを傷つける

当然ながら、子どもも不倫の事実を知れば、父親がひどいと思ったり、怒りを感じたりします。しかし、子どもにとっては、不倫をしても親は親です。不倫をした親の人格を否定すると、その親の子どもである自分自身も否定されるように感じてしまう子もいます。

中には、子どもに不倫の証拠を見せたり、不倫相手に会わせたりする人がいますが、そうすることによって、不倫そのものよりも、子どもを傷つけてしまうことになります。大人になってからも、親の不倫問題に巻き込まれたことを「許せない」と感じている人もいました。

もちろん、不倫をされてつらい気持ちになるのは自然な感情で、そのつらさのやり場には皆さん苦労されています。

ただ、その気持ちを共有するべき相手は親や友達などであって、自分の子どもに詳細を教えるのはよいことではありません。

不倫について詳しく聞かされることは、子どもにとっては自分のルーツを否定される行為なので、自己肯定感が下がります。子どもの将来の恋愛観、結婚観に影響した事例も数多く見てきました。

子どもを巻き込むことで、不倫の影響が何十年も続いてしまい、自分も子どもも、余計につらい思いをすることになってしまいます。

特に離婚をしない状態で、子どもを不倫の話に巻き込むと、両親との間で板挟みになり、家に居場所がなくなるという問題もあります。

不倫を伝えるか伝えないか、どのように伝えるかは、その子の一生を左右することだと考えて、一時の感情ではなく、慎重に判断してほしいと思います。