60分で1万8000円は高いのか
(前編からつづく)
日本には、障がい者へ性サービスを提供する店はまだまだ少ない。試行錯誤しながら経営を行う中で、さまざまな意見が小西さんの元に届くという。
例えば料金についてだ。
「60分で1万8000円という料金を高すぎるという声があります。一方で、一般の風俗店のサービスに加えて、福祉的支援の役割もしているのだから、もっと高く取ってもいいはずだという意見もあり、いろいろです。私は障がいのある方だから安くするというのは、それがそのまま差別になってしまうと思い、始める時に、普通のお店と変わらない値段でさせてもらおうと決めたんです」
確かに、障がい者全員が働いているわけではない現実がある。障害年金や生活保護で暮らしている人もいれば、B型作業所で働き、最低賃金に満たない「工賃」しか、手にできない人もいる。
この問題については、ある当事者から寄せられた言葉が、小西さんには思いもしない貴重なものとなった。
「安くしてほしいのではない」
「自分達が風俗サービスを受けるために、値段を安くしてほしいのではなくって、自分達が稼げる社会のシステムを作ってほしいと思っているとおっしゃった方がいて。人間としての尊厳を大事に思っているから出た言葉だと思いました。それを聞いて、一人の人間として同等に扱ってほしいという相手の気持ちを、改めて、本当に大事にしていきたいと思いました」
今、小西さんは就労支援に関わる支援者と繋がり、障がい者が収入を得るために必要な社会資源や、収入を得ることを阻んでいるものは何かなどを共に考える活動も行っている。
「風俗嬢」という一面が切り取られがちな今
まだ起業して4年未満の会社。社会課題を解決するにあたって、会社として、今後解決していかなければいけない課題がまだまだある。小西さん自身、起業家として十分な事業収入を得ているかといえば、残念ながら決してそうではないという。
「一般の風俗店と違い、まず市場がすごく狭い。さらに、障がい者を専門にしている風俗店があることを知らない人がまだまだ多く、まずはとにかく広めていくことが大事だなと思っています」
広めていくためにも、小西さんは人材育成の必要性を痛感する。
「今後は、私と同じように、“障がいと性をあたりまえにしていこう”というゴールを見て、私と同じように一緒に活動をしてくれる人材を育てていくことに力を入れないといけないと考えています。今のマンパワーのままではできることにも、スピードにも限界があるので」
そのためにも引き続きのメディア露出は重要だが、今は露出する際にどうしても「風俗嬢」という一面だけが切り取られがちで、小西さんはそこに懸念も感じているという。
「性というと風俗やポルノとかと捉えられがちですが、自分の身体や性器を知ること、そこをきれいに洗えているかなどの性教育、そして人との距離の取り方やコミュニケーション方法も、性になるわけです。そういう当事者やその家族に必要な情報を届けていくには、輝き製作所を知っていただくための発信の仕方も、今後は考えていかないといけないのかなと思っています」
SNSで「裸の写真」を送ってしまう
輝き製作所が行う3つの事業「障害と性に関するカウンセリング」「障がいと性に関する講演」「性教育」では、具体的にどのような活動がおこなわれているのか。
「障害と性に関するカウンセリングは、障がいのある当事者の方からが多いです。性の介助についてやマスターベーションの悩み、障がい者が利用できる性サービスについてなど。自分の性の悩みを言えたり、相談できたりする場がなかなかないということで、全国いろいろな場所からお問い合わせがあります」
多くの場合、オンラインにて相談を受けているという。
「障がいと性に関する講演活動は、福祉に関わるNPO法人や社会福祉法人、支援学校の保護者の方などに向けて、お話をさせていただく活動です。性に関心がある障がい者さんは、どこにでもいらっしゃいます。あたりまえの欲求、あたりまえの権利ですから。そんな話を、福祉従事者として、風俗嬢としての視点を交えて紹介しています。性教育事業では、放課後デイサービスなど、障がいを持つお子さんに携わる事業所さんに、『こういうお伝えの仕方ができますよ』と、実際の教育の仕方について私がレクチャーに行くなどしていますね」
小西さんは、特に福祉の現場において「性教育」が行われることはものすごく重要だと話す。それは、どのような観点で、何を重視して行われるものなのだろう。
「対象の方によって伝え方はさまざまですが、まずは自分の心、身体について知ってもらうことに重きを置いています。その上で、人との関わり方、距離の取り方のレクチャーですね。性を知ること、自分の性を大切にすること、他者を大切にすることについてお話ししています」
障がい者の性の課題のひとつに、SNSで繋がった人に「裸の写真を送って」と言われた際に、応じてしまうことが往々にしてあると言う。
「障がいのある方は、普段認められたり、褒められたりする機会が少ないのが現状です。それゆえに本人にリスクのある性行為や知らない人に裸の写真を送ることを、『喜んでもらえるんだったら』と受け入れてしまったり、『認めてもらえている』という感覚で継続してしまったりする方が少なくないので、自分の体の大切な場所は、他の人に簡単に見せたり触らせたりしないでおこうね、といった話をします。性行為は大切な人とだけにしようね、好きな人と写真をとるなら一緒に美味しいごはんを食べているところにしようなど」
女性の介護士への男性利用者のセクハラ
小西さんはこれから支援の現場に入っていく福祉関係の学生にも、「性教育」を行う重要性を訴える。
「障がい者の性に関することを教えられないままに、現場に出ると、そこの対策がおろそかになりがちです。男性利用者から女性支援者へのセクハラは、割にいろいろなところであるわけですから」
障がい者にはもちろん、同じ人間として性欲もあれば、触れ合いたいという思いがある。日本社会が長年障がい者の性に蓋をしてきた結果、現場でさまざまな問題が噴出しているのが実情なのだ。
「介護、福祉の分野で、今は性に関することが保障されていません。今後は、生きる上で必要なこととして、そして支援者が安心して働けるようになるためにも、国として障がいのある方の性を考えていく必要があると思います」
「強み」に変えていく関わりを
小西さん自身、障がい福祉の分野に特化した講演会や障がい者の性に関するセミナーに参加したりと、常に学びを更新することを欠かさない。
「最近は、強度行動障がいのある方の支援について学び、資格を取りました。行動援護という資格なんですが、パニックを起こしやすくコミュニケーションをとることが難しいなど、意思の表出が難しい方の特性についても知っていかないといけないと思って。そういう方の性こそ、家族や支援者さんは困っていると思うので」
小西さんは「『障がい』とは、一つの特性であり、その方の一部分です」と語る。
「“障がいがある○○さん”ではなく、“○○さんには、こういう一面もあるね”と捉えていただきたい。その上で、それを強みに変えていけるような関わりができるといいなと思っています。例えばなんでもクヨクヨと悩みすぎる人のことを、思慮深く考える人なんだねと肯定的に捉えるといったように、ですね」
賽は投げられた。障がい者の性を、社会全体で考えていくための勇気ある一投を応援したい。