障がい者にも、健常者と同じように性欲はある。この当たり前のことに、日本では長年蓋がされてきた。「障がいと性をあたりまえに」を目指す一般社団法人「輝き製作所」を起業した小西理恵さんは「障がい者の性の問題をタブー視してきた結果、母親が障がい者の息子とセックスし、その子を堕ろすという深刻な問題も、現実に起きている」という――。
自宅の暗い部屋で悲しがる女性
写真=iStock.com/kieferpix
※写真はイメージです

障がい者専門の風俗店を起業した女性

「“障がいと性”をもっと明るく」――、一般社団法人「輝き製作所」のサイトには、こう掲げられている。設立は2020年9月、代表理事の小西さんは、「キャッチフレーズは、『障がいと性をあたりまえに』です」と語る。

一般社団法人輝き製作所 代表理事 小西理恵さん
一般社団法人輝き製作所 代表理事 小西理恵さん(本人提供)

WHO(世界保健機関)では、障がい者の性の問題について、福祉の現場で相談することが推奨されている。売春が合法化されているオランダでは、障がい者が性的サービスを受けた場合に、保険が適用される場合もあるという。また、スイスやドイツ、デンマークでは、「性介護士」が法的資格となっている。しかし、まだまだ日本では障がい者の性については現場で問題があっても、「無い」ことにされているのが実情だ。

「日本でも、福祉サービス全体として、障がいのある方の性を考えていく必要があります。生きる上で、性は必要なのだという捉え方に変わっていかないと」(小西さん)

女性が、顔と名前を出して、堂々と「性」について語る。しかも、社会が長年、蓋をしてきた「障がい者の性」を正面から見据え、その課題を具体的に解決するために起業という手段をとったのだ。

インタビュー動画が700万回以上と驚異の再生数に

「輝き製作所」では「障害と性に関するカウンセリング」「障がいと性に関する講演」「性教育」という障がい者の性に関する啓もうにまつわる活動を行う。

また別事業として、小西さんは障がい者のための風俗店(デリバリーヘルス)を展開し、性に関わるさまざまなサービスを障がい者限定で行っている。

「サービスを行う女性は、今6名が登録しています。30代から40代の方で、ほとんどの方が支援者として福祉の現場で働き、障がいのある方と関わっているなかで、やっぱり、性の問題は大切だと思われた方たちです」

性サービスの提供は60分で1万8000円、射精介助のみだと30分で6000円。

他に、女性と手をつなぐ、腕を組む、肩を組む(それ以上のスキンシップは不可)などができる、1時間5000円のデートプランもあるという。

小西さんは2年前、友人の出演に同行した縁で、YouTubeチャンネル「街録ch〜あなたの人生、教えて下さい」に出演し、輝き製作所について語った。再生回数は700万回を超え、チャンネル内でも一番見られているインタビュー動画となり、予想以上の反響があった。批判を覚悟していたが、逆に応援メッセージが多数寄せられて、サービスへの問い合わせもぐっと増えたという。

「輝き製作所を作った時からいろいろ言われることになるだろうと思っていたし、批判されてもいいから課題を知ってほしいと出演したのですが、むしろ応援の言葉を沢山いただけて。問い合わせは、私の活動拠点である大阪近郊に住む方からが多いですが、関東の事業所さんからも、障がいのある方に性教育をどのように行ったらいいのかといったご相談をいただいています」

そもそも、小西さんの家族や周囲に障がい者がいたわけではない。では、小西さんはなぜ、障がい者の性に向き合う団体を立ち上げることとなったのか。

19歳ではじめてファッションヘルスに

生まれは大阪。両親がそれぞれに家を出ていき、お好み焼き屋を営む祖母と大叔母に、小西さんと妹は育てられたという。

「毎週店の休みの日には、いろいろな場所に遊びに連れて行ってくれました。店が繁盛して忙しい中、品数のある晩御飯を用意してくれるなど、愛情をたっぷりに注ぎながら私たちを育ててくれた。めちゃくちゃパワフルな2人でした」

風俗の仕事に入ったのは19歳、家のポストに入ったチラシで、こんな仕事があるのかと興味を持った。

「付き合っていた人と一緒に住みたいと思い、同棲資金の数万円のお金欲しさに軽い気持ちで始めました。やってみて無理だったら、すぐに辞めればいいやと。店舗型のファッションヘルスだったのですが、意外と自分はしんどくないことがわかって。サービスする部屋の傍にお店の人がいるので、安全面でも、比較的安心感がありました」

裸になって男性と二人、密室で肌を重ねる――。そこに気合を入れないと越えられないハードルを感じる女性が少なくないようだ。事実、SNSに散見される風俗店への出勤を憂鬱に思う女性たちの投稿を見ていると、楽な仕事ではないのだろう。が、小西さんは実に軽やかに乗り越え、特別感も抱かなかったという。これこそ、「今」に通じる運命だったのか。

大好きな祖母の最期を決断

高齢となった祖母は衰えが激しく、店をたたむこととなり、今度は小西さんが祖母を支える側となった。風俗で稼ぐ月100万円の収入が、祖母と自分の生活を支える貴重な糧となった。

祖母は認知症になり介護施設に入所。小西さんは祖母の施設代や医療費などのために、風俗で必死に働いた。

懸命に介護をつづけていたが、やがて祖母はパーキンソン病を患ったことで、食べ物を飲み込む力が無くなり、みるみるうちに元気がなくなっていってしまった。そこで、病院に移り胃ろうで栄養を摂る延命治療を行うか、家で自然な看取りをするのかという重大な選択が、小西さんに課せられた。

「人生で、あんなにつらかったことはありません。生まれた時から一緒にいたおばあちゃんの最期を私が決めないといけない。身内ふくめ他に頼れる人もいなかったので、ものすごく悩みました。生きてほしいと思ったけれど、祖母がまだ元気だったころに『延命はしないでね』と以前、私に伝えてくれていて。考え抜いた結果、自宅に連れて帰りたいと医師に言いました」

放心状態のまま帰宅すると、病院での話し合いから横でじっと寄り添っていた訪問看護師が口を開いた。その言葉に、小西さんは救われたという。

「理恵ちゃんが頑張って出した答えやから、後悔しないように、一緒に頑張ろう」

小西さんは仕事を休み、祖母と一緒に過ごした日々を思い返しながら看病した。その5日目に、祖母は息を引き取った。

「女の子と、遊べばいいのに」

祖母が亡くなり、「ひとりぼっちになってしまった」と、心細さを感じた小西さん。この先の支えがなくなってしまった、と。それでも生きていくためには働かなければならない。

そこで浮かんだのが、人生で一番どん底にいた自分を支えてくれた訪問看護師の姿だ。「福祉の業界に進むことしか考えられない」と考えた小西さんは初任者研修の資格が取れる福祉の学校に入った。祖母の介護経験を胸に、高齢者介護に携わろうと思っていた小西さんに、そこで大きな転機が訪れた。

「学校でできた友人が障がい者のグループホームに見学に行くと言うので、私もついて行くことにしたんです。そこにいた、40代の統合失調症の男性が『何をしても楽しくない』『生きる喜びを見つけるのが本当に難しい』と話しているのを聞いて」

小西さんは、思った。

「女の子と、遊べばいいのに」

現状には、どのようなサービスがあるのだろう。気になって調べたところ、障がい者の性には、ケアやサポートがほぼないことを知り驚いた。

ここからの、小西さんのフットワークは軽やかだった。まず大阪に一つだけあった、障がい者専門風俗店を探し当て、働くことにしたのだ。

実母が障がい者の息子とセックスしている現実

「働き始めてみるとお客さまは身体障害のある方で、自分でお店の情報を調べたり、予約が取れたりできる方ばかり。それが難しい知的障がいのある方はどうするんだろう。これ、ちゃんと考えないといけないことなんじゃないかなと」

ないならば自分がそのサービスを立ち上げるしかないのでは? でも――。悩んだ小西さんは福祉の学校でお世話になっていた教員に相談することにした。怒られるのではないかと恐る恐る自分の感じたことを話したところ、「本当に大事なことだから頑張ってほしい」とむしろ背中を押されたという。

また、その時に聞いた話が、あまりにも衝撃だった。

「先生が前に関わっていた障がい者のお子さんの話を聞いたんです。何気なく、週末は何してるの? とその子に聞くと『いれている』と答えたそうで。その答えを不思議に思い、深く聞いたところ、その子の性処理を、実のお母さまが行っていることが分かり。お母さんは、妊娠した息子の子どもを堕ろしたこともあると。先生がお母さんに話を聞きに行くと『自分がどうにかしないと、子どもが性犯罪者になってしまいそうだったから』と涙ながらに話されたそうで……、もうあまりにショックでした。そんなこと、絶対にあってはならない。何で、お母さんだけが頑張らないといけないの、と」

その母親たちに小西さんは、かつての自分の苦しみを重ね合わせた。

「祖母を介護していた時、自分ひとりでどうにかしなければならないと思い込み、状況から逃れることができないところまで自分を追い込んでしまった。このお母さんも悩みを自分ひとりで抱え込み、その結果、望まない役割までも引き受けてしまったのだと。それが、介護していた自分の状況と重なって、どうか一人で頑張らないでください。私でよければ、お子さんの性について考えさせてくださいという思いで立ち上げました。今も日本のどこかで一人悩んでいるお母さんが私を見つけてくださるには、ちゃんとした看板が必要だと思ったんです」

「輝き」という名には、「障がい者はもちろん、家族や支援者の人生も輝けるものでありますように」という願いを込めた。

射精がすべてではない

立ち上げて約3年半経った今。問い合わせは月に80件ほど。身体、知的、精神、発達とさまざまな障がいの方から寄せられる。

具体的な性サービスは、ひとりひとり違う。

「当たり前ですが、一人一人、育ってきた環境も価値観も違うので、望んでいることも困っていることも違う。この障がいの方はこういうことを望みがち、とは言えないのです。身体的に射精が難しい方もいて、射精がすべてではありません。そのため、お問い合わせをいただいたら、必ず1時間、対面かオンラインで一度、どのような障がいがあるのか、ご本人が何を望んでいるのかなど、しっかりとお話をうかがう時間を設けています」

性サービスを行うにあたり、何よりも大事にしているのは本人の意思だ。

「植物状態にある方、ご本人の意思が確認できない方は、ご家族からご要望があってもお断りしています。意思が確認できず、ご本人が必要としていない時に、私がサービスをしてしまうと、それは性虐待に当たるんです。本人が必要としているからサービスを受ける、ここを大前提にしないといけない。意志の疎通ができている、合意が取れている方にのみ、サービスを提供しています」

母としての葛藤

印象的なケースがあった。障がいでマスターベーションができない若い男性が、「女性の身体と触れ合いたい、快感を得たい」とサービスを希望したが、男性の母親には抵抗があった。小西さん自身も悩みながら手探りで、母親の気持ちにできる限り寄り添い、話をしたという。

「息子さんが性サービスを受けることが、なかなか受け入れられない気持ちがお母さまにはあって、それは当然だと思いました。息子さんを任せてもいいと思ってもらうにはどうしたらいいんだろうと、不安に思われている点などをお聞きして、何度かにわたり、お話をさせていただきました。お母さまだからこその気持ちが、すごくあったと思います」

性サービスを受けた後、息子は母親にこう言った。

「受けさせてくれて、ありがとう」

過去には、サービスを受けたあとに「やっと、男性として見てもらえた」と呟いた利用者もいたという。

「性を楽しむ」ことを誰でも当たり前に享受できる世界に

「利用者は、性的に未経験の人ばかりです。だから、『そういう触り方をしたら、女の子は怖いと思っちゃうよ』とか、『もっと優しくしてくれたらうれしいな』、『今度は爪を短く切ってきてくれたらうれしいな』なども、伝えるようにしています。これから女の子とデートを楽しむにしても、知らないことばかりだから」

小西さんは、初めて女性と肌を合わせる経験をした人たちの変化がうれしいと語る。

「お風呂に入るのが苦手な方からリピートの予約をいただいたのですが、お母さまから『明日はサービスがあるから、きれいにして行かなくちゃ』と、お風呂に自ら入るようになったと聞いて。人との関わりができたことで、ご本人が一歩前に進んでくださったのかなと。そういうお話を聞くと、すごくうれしいですね」

性を楽しむことは、相手とその時間を慈しむこと。

障がい者もそれが当たり前に享受できるささやかな扉を、小西さんは開いたのだ。

後編につづく)