※本稿は、小西一禎『妻に稼がれる夫のジレンマ 共働き夫婦の性別役割意識をめぐって』(ちくま新書)の一部を再編集したものです。
「気付いた方がやる」という夫妻の役割分担
「妻のほうが自分より稼いでいる男たち」として、関西在住の会社員内田さん(三〇代後半)にインタビューを試みた。内田さん夫妻の家庭内での関係をみていこう。夫より妻の収入が多い場合、家事や子育ての役割分担はどうなるのだろうか。家族はどのように感じているのだろうか。
小学生と保育園児の二人の子どもを抱える内田家では、内田さんと妻の家事・育児分担比率は「妻のほうが若干多い」(内田さん)という。現在、妻も内田さんも多忙なため、お金で解決できる外部リソースをふんだんに活用し、ベビーシッターに加え、平日分の食事をつくってくれる家政婦を週一日雇っている。そのほか、学校関連のやり取りはすべて内田さんが担い、週末の食事は妻が全部つくっている。経営者で育休が取れない妻に代わり、内田さんは二人目の子どものとき、育休を取得した。
今でも父親が絶対権力者という家庭もある
家事も育児も夫婦が力を合わせている日々を「自分の子どもの頃と比べて、全然違いすぎますよ。私の父は、自分の下着がどこに置かれているか、分からなかったと思います。かつては、そうでしたよね」と、父親が家庭内で絶対権力者だった昭和を振り返る。
内田さんは続ける。
育休を取得して感じた限界
育児に自信をみせる内田さんの育休取得歴は、三カ月と長くない。二人目の子どもの育児に取り組んだとき、当初は半年の予定だったが、途中で切り上げて、保育園に入れた。予定を変更したのには、二つの理由があったことを明かす。
二つめの理由は、駐夫たちと同様、キャリアの中断を恐れたことだった。
女性だけにキャリアを中断させるのはずるい
働く女性が、産休・育休で職場を離れることで一時的なキャリア中断を余儀なくされることについて、心の底から理解した経験に基づき、内田さんは別の視点を得た。
夫婦が別の企業に勤めていると仮定し、妻だけが育休を取得する場合、人員減やポストの空白に見舞われ、しわよせを受けるのは妻側の企業だけになる。夫も育休を取得すれば、双方の企業が、内田さんの指摘する「社会的コスト」を公平に担うこととなる。妻だけがキャリアを中断する不均衡が是正されていない状況を、内田さんは「ずるい」と繰り返して強調したのだ。
そもそも、自営業やフリーランス、個人事業主には育休を取得できる制度が存在しない。そのため、自営業である内田さんの妻は育休を取ることができなかった。
「三歳児神話」は張りぼてに過ぎない
実家で暮らしていた当時、絶対権力者だった父を支える母を見て育った内田さん。内田さんの母は、生まれたばかりの子どもをすぐに保育園に預け、外で働き続ける内田さんの妻のことがまったく理解できず、批判的だった。
三歳児神話とは「三歳までは、常時家庭で母親が育てないと、その後の子どもの成長に悪影響を及ぼす」とされるもので、今も一部で根強く語られている。厚生白書(一九九八年版)は「三歳児神話には、少なくとも合理的な根拠は認められない」とした上で、その論拠として、母親の育児専念は歴史的に普遍ではなく、たいていの育児は父親(男性)でも可能であり、むしろ母親と子どもの過度な密着は弊害を生んでいることなどを挙げ、当時、注目を集めた。
妻が働き続けることを批判していた母
専業主婦だった内田さんの母親は、内田さん夫妻に子どもが誕生してから「子どもは三歳までは、母親が専念して育てるべきだ」、「せめて小学校に入るまでの間、母親は仕事を辞めるべきだ」、「仕事を続けていると、子どもが一番可愛い頃を見逃すことになる。働くのが良いと思ってるのかもしれないけど、絶対に将来後悔する」などと書いた長文LINEを何度も送ってくるようになった。宛先は主に内田さんだが、時には妻に直接送付することもあった。
妻は、義母から直接不満を言われても、それほど気にすることなく仕事を続けた。
妻の仕事を評価するようになったきっかけ
そして、ここ三、四年で、母親の態度が急激に変わったという。すっかり、妻の仕事を評価するようになったのだ。「あなたの奥さんは立派で、子どもたちをしっかり育ててくれて、すくすく育っている」などと書かれたLINEを送ってくるようになった。
三歳児神話を信じていた母親が、なぜ、そこまで急激に変わったのか。
ひょっとしたら、もう諦めたのかもしれませんけど。でも、結局その程度なんです。
男女の性別役割において、三歳児神話なんて、その程度。でも、地方の女性の間では、まだまだ信じられてるんですよね。外で働く男性に対し、女性がどういう立場で支えるかということについての固定観念が残されているのです。男は仕事、女は家事・育児にそれぞれ専念すべきという考えであって、男性だけでなく、女性も男性性に囚われているんだと思います。