71歳の主婦「2歳年上の夫と離婚したい」
主婦のA子さん(71歳)は、長年にわたって、2歳年上の夫と不仲の状態が続いていました。
夫は定年後も嘱託として週3回勤務をしています。
気性が荒い夫も年を取れば穏やかになってくれるかもしれない……。そう思って我慢し続けてきたA子さんですが、現実はむしろ反対でした。夫は昔よりさらに気難しくなって、いつもイライラしているため、家にいる時は怒鳴り合いのけんかが絶えません。
時には物を投げるような激しいけんかになるのですが、結婚して家庭がある長女とはあまり連絡を取っていないため、A子さんは一人で夫へのストレスを抱えていました。
A子さんは、この先に控えているであろう夫の病気や介護の問題を考えると、先の短い人生を夫から離れて過ごしたいと思うようになりました。
なかなか家を出ていかない夫
A子さん夫妻が住んでいるのは、A子さんが親から受け継いだ一軒家です。夫が出て行ってくれれば住む場所の心配はないので、何度も夫に離婚を切り出して、「出て行ってほしい」と言いましたが、夫は出て行く様子はありません。
困ったA子さんは、私の法律事務所に相談にいらっしゃいました。
A子さんは、「離婚調停をすれば夫は諦めて出て行ってくれると思う」とおっしゃいました。
とはいえ、一般的には、同居した状態での離婚調停はおすすめしていません。せっかく調停の場で第三者を交えて離婚の条件などの話し合いをしても、二人が同じ家に帰ってしまうと、またけんかをしたり、話し合った条件を変えてしまったりして、意味がなくなってしまうからです。
そのため、私は、まずA子さんが一時的に家を出ることを提案しました。夫にとって、同居している家から自分だけ出て行くのは、心理的に抵抗感が強く、一人になった家から出て行ってもらう方がすんなりと進むことが多いためです。
仮住まい先のあてを聞くと、A子さんは、「長女の家に住めなくはないけれど、子どもに迷惑をかけたくない」と言いました。
とはいえ、遠慮していては話が進みません。A子さんを説得して話をしてもらうと、長女はてっきり両親は年を取って穏やかに暮らしていると思っていたそうで、「母が困っているならもちろん協力する」と言ってくれました。
こうしてA子さんは長女の家に移りました。
「離婚してもいいが住む家がない」
依頼を受けた私は、夫に連絡をして、離婚の協議をしたいと申し入れました。
夫は弁護士を立てず、メールやFAXもできないということで、書面を郵送する形でやりとりをしました。
夫は毛筆で書いた手紙を送ってきます。最初は「離婚する理由がない」と書いていたものの、何度かやりとりをすると、「離婚してもいいが住む家がない」という手紙が来ました。
実は離婚の連絡を受けた後に、夫の方でも賃貸物件を探してみたものの、73歳という高齢が理由でなかなか見つからない、実家は仲の悪い兄弟が住んでいるため帰れない……という話が具体的に書いてありました。
夫のために物件探し
私はA子さんと相談して、夫の物件探しに協力することにしました。物件さえ見つかれば離婚に向けて動き始めると考えたからです。
夫が職場に通いやすい範囲で単身の高齢者用アパートを探したところ、保証人を立てる他に、緊急連絡先として家族の連絡先を登録すること、家族が所定の見守りサービスに加入することなどを条件に、契約が可能なところが見つかりました。
A子さんは「離婚するなら家族ではなくなるので、登録はしたくない」とおっしゃいました。結局、これも長女が対応してくれるということになり、ようやく夫の住む家の問題は解決しました。
アパートが見つかったことを伝えたところ、夫はそこに入居すると言いました。そこからようやく、本格的な離婚の条件の話し合いが始まりました。
A子さんは実家を守ることを重視していたので、夫側に引っ越しに関わる費用として多めに財産を渡すことを提案し、財産分与や年金分割についての話し合いを経て、協議離婚が成立しました。
夫は引っ越しをして、A子さんは家に戻りました。A子さんはパートを始めつつ、カルチャースクールに通うなど、一人で地道に生活をしています。
A子さんに会う時に長女とも何度か顔を合わせたのですが、長女は父親(A子さんの夫)のことも心配していました。当初は携帯電話も持っていなかったので、長女が、高齢者向けのスマホを契約して持たせ、頻繁に連絡を取るようにしたそうです。夫はこれを機に、疎遠だった実家とのやりとりも始めたということでした。
「住居」と「お金」をどうするか
こうしてA子さん夫妻は離婚できました。
この事例には、高齢者の離婚、いわば「老年離婚」のさまざまな問題が表れています。
まず一番大きな問題は、住む家がないという点です。賃貸物件を探すのが困難であることは、働いていない女性が離婚する場合にはどの年代でも付きまとう問題ですが、70代になると、職業の有無にかかわらず、誰でも賃貸契約が難しくなります。
物件を購入する資金がない場合、この事例に出てきたような単身の高齢者向けアパートに入ることになりますが、その場合は家族(主に子ども)の協力が必須になります。
また、お金の問題もあります。若い夫婦であれば、財産を分けた上で、子どもがいれば養育費の支払いがあります。離婚しても、どちらも働けるので、日々の収入を得ることができます。熟年離婚の場合は、年金を分割して、年金とパート代で何とか日々の生活を賄うことができます。
しかし老年離婚の場合は、アルバイトやパートが難しい年齢になっているため、分割した年金だけで暮らし、預貯金を取り崩しながら生活することになります。そのため、離婚したいと思っても経済的なハードルのために、身動きが取れないということも少なくありません。
子どもたちの協力は必須
私が老年離婚の相談を受けた場合、まず確認するのは、家族の助けを得られるかということです。金銭面だけでなく、同居が可能かといった面を確かめます。
夫婦のどちらかを子どもが引き取ることができれば、離婚はかなりスムーズに進みます。離婚するためには、子どもたちの協力は必須です。
「もう少しの我慢」ではなく「もうこれ以上一緒にいられない」
これだけ問題点を挙げると、「なぜ体力も気力も衰える年齢になってわざわざ離婚するのか」と疑問に思うかもしれません。第三者からすると、「残りの人生を我慢して添い遂げればいいのではないか」と考えますが、当事者にとっては深刻です。
年を取ってさらに気性が荒くなり、配偶者に手を上げる人もいます。また、病気で体が不自由になっているのに助けてくれないどころか、嫌みを言われて心身ともに限界に追い込まれてしまうこともあります。
「ここまで夫婦でやってきたのだからもう少し我慢すればいい」という気持ちではなく、「もうこれ以上は一緒にいられない」と追い詰められて相談にいらっしゃる方が多いです。
体力や気力が衰えてきたからこそ、お互いの感情に歯止めがかからなくなり、話し合いで改善することも難しくなり、夫婦の不仲にこれ以上耐えられなくなってしまうのだと思います。
老年離婚は夫婦だけの問題ではない
また、老年離婚は、夫婦を取り巻く家族の問題とも密接な関係があります。
「両親の離婚について相談したい」と子どもが相談してきたので話を聞くと、「両親が不仲なのは知っているが、誰も引き取りたくないので、弁護士に依頼してほかの解決策を知りたい」というケースもありました。
また、老夫婦の両方が明らかに介護が必要な状態なのに、助ける親族がおらず、老々介護のような状態で不仲がどんどん悪化していたという事例もありました。
妻が長年夫からDVを受けていたのに、子どもたちがそろって知らないふりをしてきて、離婚問題にも関わろうとしないというケースもあります。
私がさまざまな事例を見てきた経験から言えるのは、老年離婚のためには、長年にわたる家族全体の問題を解決する必要があるということです。
両親の引き取り手を決めるために、まず子どもたち同士の不仲を解消して、ようやく話し合いができたというケースもあります。
連絡のために両親に初めて携帯電話を持たせて、疎遠だった子どもたちが使い方を教えて……といった交流が生まれることもあります。
長年続いてきた夫婦生活を解消して、離れて暮らすには、どうしても家族の助け合いが必要です。そのため、老年離婚の事例では、家族からどんな協力をしてもらえるかを模索する過程で、家族が再構築されていくのです。
夫婦は離婚に至ってしまうわけですが、家族が助け合って生活を確保するので、ある意味で前向きな面もあると私は思います。
人生の最後を自分らしく生きる
老年離婚は、それまでの人生を清算して、人生の最後を自分らしく生きるための大きなステップと言えます。
これまでに挙げたように、離婚までの道のりはかなり大変です。それでも離婚したいという強い決意のある方は、必ず周囲に助けを求めて、離婚に向けて動くようにしてほしいと思います。
子ども世代の協力も必要不可欠です。特に40代から50代前後の皆さんは、これから両親の離婚問題に巻き込まれることが増えていくと思います。その時に、「高齢だから本気で離婚したいわけではないだろう」と放置していると、不仲が深刻になってしまうことがあります。
両親の話を聞き、離れて暮らすしかないと判断した時には、手助けをしてあげてください。