自民党の麻生太郎副総裁が上川陽子外務大臣について「少なくともそんな美しい方とは言わんけども」「オレたちから見てても、このおばさんやるねえと思った」などと発言。これに対し、上川外相は「どのような声もありがたく受け止めている」と述べた。ライターの小川たまかさんは「性暴力を取材する筆者としては、(上川氏は)ここ10年で法務大臣を務めた中で最も印象的な人だった。だからこそ麻生氏への抗議がなかったことは残念だ。上川氏が初の女性首相になる日がくるのであれば、その瞬間にポーカーフェイスの仮面を脱ぎ捨て、いきなり全閣僚を女性で固め、麻生氏が泡を吹くのを見たい」という――。
参院本会議で答弁する上川陽子外務大臣。2024年2月2日午後、国会内
写真=時事通信フォト
参院本会議で答弁する上川陽子外務大臣。2024年2月2日午後、国会内

度重なる失言がニヤニヤでうやむやに

上川陽子外務大臣に対する失言について、麻生太郎副総裁は「容姿に言及したことなど表現に不適切な点があったことは否めず、撤回させていただきたい」と談話を出したそうだ。麻生氏や森喜朗元首相や萩生田光一議員の場合、そうやって撤回や謝罪をしても、またどうせ似たような失言をするのだろうと思ってしまう。

失言のたびに「また世論がうるせえなあ」と思うのだろうか。ああいった発言が出るたび、身近にいる(あるいはXにあふれる)プチ麻生、プチ森、プチ萩生田による「あれぐらいいいじゃねえか」のニヤニヤ顔を目の当たりにしなければいけないこちらの身にもなってほしい。

度重なる失言がニヤニヤでうやむやになる。やっぱ自民党政治って、家族全員でおじいちゃんの顔を立てないと成り立たない家父長制みたいなものなのかなと何度も思わされる。

自民党内にも幅広い意見があるから野党を選ばずともいいのだ、などと言う人がたまにいる。もしも上川氏が今回のことで、「いろいろな意見はあるとはいえ容姿への言及は良くない」と一言でも言ってくれたなら、それを0.01%ぐらいは信じられたかもしれない。

岸田文雄首相が野党の質問に対して「年齢・容姿の揶揄は慎むべきだ」と答えたことでむしろ、言われた当事者、あるいは女性の口からはそれを言えないのかという印象が強まった。

法務大臣を3回務めた上川氏

けれど上川氏を激しく批判したいわけではない。男性の多い現場でああいった「わきまえ」から全く無縁でいられる女性は少ないからだ。

筆者の目から見た上川氏について少しお伝えしたい。

性暴力やジェンダーの問題について女性だから関心が高く、男性だからそうではないとは一概には言えないが、性犯罪に関する刑法の大幅な改正があった時期に、女性法相の在任期間がそれなりに長かったことは覚えておきたい事実である。

2014年9月に法務大臣に就任した松島みどり氏は、就任会見で強姦罪(当時)の量刑が強盗罪より低いことに触れ、性犯罪刑法の改正を進めると明言した。彼女は「うちわ問題」ですぐに降板してしまうが、法務省内で検討会の設置が進められ、2017年に明治以来110年ぶりとなる大幅な改正につながった。

ここ10年の法務相で最も印象的

2020年3月、再改正のための検討会設置が決まった際の法務大臣は森まさこ氏だった。

そして2014年から、再改正刑法が成立した2023年までに3回法務大臣を務めたのが上川氏だ。在任期間は松島氏の辞任後の2014年12月〜2015年10月、110年ぶりの大幅な改正直後の2017年8月〜2018年10月、そして森まさこ氏の後の2020年9月〜2021年10月。

麻生太郎副総裁の「カミムラヨウコ」「そんなに美しい人とは言わないが」「このおばさんやるねぇ」「女性が外務大臣になった例は過去にないと思う」などの失言は、実は故意であり、岸田首相への当てつけだと一部では言われたりしている。次期首相、初の女性首相の声がなくもない上川氏の名前を出して強調することで(さらには炎上させることで)、一般的な知名度の低い上川氏を世の中に記憶させ、岸田首相にプレッシャーをかける、ということらしい。

個人的には単にいつもの失言癖だとしか思えないのだが、上川現外務大臣の世間の認知度が低いのは否めない事実だ。一般的には、2018年のオウム真理教幹部らのいっせい処刑により、法務大臣としてこれまでで最多の執行数となった件で知られているのかもしれない。

だが、性暴力を取材する筆者としては、ここ10年で法務大臣を務めた中で最も印象的な人だった。

慎重で感情をほとんど表に出さないが被害者視点を尊重

法務大臣だった頃の上川氏の性犯罪刑法改正に関する思いはForbes JAPANの記事で読むことができる。(上川法務大臣がすべてに答えた。「性犯罪」が直面する本当の問題点 Forbes JAPAN 2020年12月24日)

2004年に犯罪被害者等基本法の制定に関わったことで「犯罪被害者の権利」を意識した上川氏の経緯は、犯罪被害者を取材する中でその声を知った元朝日新聞記者である松島氏とも重なる。司法の中で置き去りにされていた被害者の権利が確立されたのは、この20年ほどのことであると思い起こせば、この先に#MeTooや性犯罪刑法の改正があったことをより理解しやすい。

Forbes JAPAN記事での上川氏の語りは、法務大臣の立場でかなり慎重に議論の経過を見守るスタンスでありながらも、当時13歳だった性交同意年齢について「いずれにしても13歳というのは、私が母親であった実感としても非常に小さな子どもだと思います」とするあたりに思いがにじむ。

ロビイングなどで上川氏と面会した人たちは、かなり彼女を信頼していた。面会した人の話から私が受け取った限りの印象では、上川氏はいつでも非常に慎重で、言葉にするのは現在の状況と議論の方向性の最小限の説明。そして感情をほとんど表に出さない。けれど、刑法改正に対して被害者視点を十分に尊重していた。「男性議員からも一目置かれていたように見えた」と話す人もいた。

晴れの日の国会議事堂
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「麻生の壁」の高さ

そのような人だから、麻生氏への抗議がなかったことは残念である。こういう場面でも上川氏が感情を表に出さないのは驚かないが、2014年頃からの、特に2017年の刑法改正後の社会の変化を知っているはずの上川氏だからこそ、慎重さを党内に対して発揮するのではなく、現場で声を上げている市民のことを思い出してほしかった。

自民党内の女性で上川氏が言えないのなら、誰が言えるのかという気持ちがある。それほどまでに「麻生の壁」は高いのか。

上川氏は失言報道後の会見では「さまざまなご意見があると承知しているが、どのような声もありがたく受け止めている」と述べた。その数日後に野党議員(立憲民主党の田島麻衣子議員)からただされると、直接的な回答を避け「初当選以来、信念に基づき、政治家としての職責を果たす活動に邁進まいしんしてきた」「使命感をもって一意専心、緒方貞子さんのように脇目もふらず、着実に努力を重ねていく考え」「田島議員、ぜひWPS(女性・平和・安全保障)、一緒に頑張りましょう」と答えたという。

残念である。

上川氏の周囲が男性ばかりであろうことが。

いつかポーカーフェイスの仮面を脱ぎ捨てて

円の中に、たくさんの黒い丸と少しの赤い丸が入っている様子を想像してほしい。

女性が男性ばかりの職場で働くということは、女性同士の距離がそれだけ遠くなることを意味する。女性だけで固まることは難しく、男性によるその女性の評価やうわさ話の影響を受けて、男性が“つなぎ役”になる形で女性同士がぎこちなく知り合う。男性の評価が評価の基準になる。女性も男性の評価軸を内面化する。「それほど美しい人ではないが」をありがたく受け止める女性が評価を上げる。

松島みどり氏は2014年の法務大臣就任会見で「私自身、女性の政治家であるということを、普段はそれほど意識したことがありません」と断ってから、性犯罪刑法の話を始めた。女性であると意識したことがないとわざわざ言わなければならないことに“つらみ”がある。

「女性ならでは」「女性の輝く社会」「女性活躍」といった言葉で、どうしたって意識させられているのに。

でもいいです。上川氏の立場になって考えます。

私は本当に上川氏が遠からず初の女性首相になる日がくるのであれば、その瞬間にポーカーフェイスの仮面を脱ぎ捨て、いきなり全閣僚を女性で固め、麻生氏が泡を吹くのを見たいです。

そのような形で反旗を翻すために、今は力を温存しているんですよね。

期待しています、上川さん。