確認なき「事実無根」宣言、吉本興業のコンプラ意識が露呈
松本人志(ダウンタウン)への風向きが変わってきている。
松本と吉本興業は、完全に初動に失敗したといえるだろう。
昨年12月、『週刊文春』が松本人志の性加害強要疑惑を報じた。その後、実名・匿名で被害を告発する女性たちが続き、2024年2月1日時点で10人目の告発者について報じられている。
当初は吉本も松本も「事実無根」とし、文春への法的措置をちらつかせていた。それが1月24日に一転、吉本は「当事者含む関係者に事実確認中」とウェブサイトに掲載。それまでは関係者への聞き取りすら行っていなかったようだ。このずさんな広報と危機管理体制。このような企業が、巨大公共事業の2025年大阪・関西万博に深く関わっていてよいのだろうか。
次々と松本人志を援護した後輩芸人、芸能人ら
この程度のスキャンダルは抑え込める、とタカをくくっていたのかもしれない。確かにテレビやSNSで、後輩芸人やファンによる松本擁護の声が目立った。だが1月8日、吉本興業は松本の活動休止を発表。事実無根と言いながらなぜ? と世間はざわめく。ほぼ同時に松本は「事実無根なので闘いまーす。それも含めワイドナショー出まーす。」とX(旧ツイッター)に投稿。これには瞬く間に63万いいねがついた。
それを引用してロッチ中岡が「ワイドナショー見まーす‼」とポスト。結局、松本の出演は取りやめとなり、代役を田村淳(ロンドンブーツ1号2号)が務めることに。そして淳が1月12日に「次の日曜日ワイドナショー出まーす。」と投稿する。
中岡もロンブー淳も、「〜」「―」を多用した松本の投稿を真似た。だが、松本のこの「〜」「ー」こそが「性加害? 俺は重大インシデントだとは思っていませんよ」という認識の甘さ、強がり、幼児性の発露に見えてしまう。笑えない、いや、笑ってはいけない深刻な事案を、無理やり「笑い」で押し切ろうとする粗野な態度が、一層の反感を買うというのに。
なぜロッチ中岡もロンブー淳も、ここに乗っかったのか。吉本が「事実無根」で押し切ろうとしたのと同様、彼らも空気を読み損ねたのではないか。「ワイドナショー出まーす」と強がる松本も、「見まーす」「出まーす」とカブせる後輩芸人も「これは性被害者による深刻な告発だ」という事実ことを認識できていないように見えた。
「出まーす」「見まーす」スベっているのに気づかない男たち
なお、松本は「出まーす」と投稿した時点では、スキャンダルの渦中でも自らの一存で「ワイドナショー」に出演できると考えていたのだろう。吉本もフジテレビもタレントのコントロールができていなかったと言える。ハラスメントに対する意識のみならず、ガバナンス、そしてマネジメントにも問題がありそうだ。
また「出まーす」発言からは、松本がいちタレントでありながら番組のキャスティング権を有していたことを想像させる。すると文春報道での疑惑についても、「女性を斡旋させる見返りとして、松本が後輩に番組出演という報酬を与えていた」という推測が成り立ってしまう。ますます醜悪と言わざるをえない。
1月14日の「ワイドナショー」では、田村淳は松本を擁護する態度を見せた。同じくTMレボリューションの西川貴教が「漁夫の利」「金儲け」「嘘も書く」と週刊誌を批判。ジャーナリストの安藤優子も「その場にいない者が何かを言うのはナンセンス」と文春報道について否定的な立場を示した。だが、「その場にいない者が何かを言う」ことを否定すれば、テレビコメンテーターという存在も、「ワイドナショー」という番組も成り立たないだろう。
松本のファンである著名人たちも擁護のお気持ちを表明
興味深いのは、松本人志がいなくなったら日本のお笑いは終わり、という論調だった。有名編集者の箕輪厚介氏はXに「文春が作る空気で消すのはおかしい。/おれが時代遅れだと言われようと、/おれは松本さんが好き。」とポエムを投稿。それに対してホリエモン(堀江貴文)が賛同の引用リポストをする。
SNS上で松本人志への感謝を述べる中年ファンも現れだした。「かつて思春期だった頃、鬱屈としていた自分は、斬新だった彼の笑いに救われた」という語りだ。それはまぎれもなく真実なのだろう。ただそのことと、性加害疑惑が放置されてよいのかは、別問題だ。
落語家の立川志らくはX上で松本を擁護し、被害女性へのセカンドレイプではないかと批判を受ける。そこで1月16日にはYouTubeに発言の場を移して「どれだけ松ちゃんにお世話になってきたの」「みんなで声かけてあげたらいいのに、芸人たち」と、松本を支えようと芸人仲間に呼びかけた。
松本人志の性加害疑惑とスーパーフリー事件の類似性
だが、どの芸人も、著名人も、ファンも、性加害疑惑自体は否定しないのだ。
後輩芸人に好みを詳細に指示し、飲み会と称して女性を集め、直前で会場を飲食店からホテルに変更、だまし討ちのようにベッドルームに入らせて、拒否されると恫喝・激怒という報道内容に対し、誰も「そんなひどいこと、松本さんがするはずない!」とは言わない。性加害があったとしても偉大な芸人なのだから許されるべきだ、と暗に示しているのだった。
この松本人志に関する報道内容がもし事実なら、2003年に発覚した「スーパーフリー事件」と構図が似てはいないか。内部にヒエラルキーを持つ男性集団が、社会経験の浅い女性を甘言で集め、密室状態に追い込み、同意なく性的な加害を行う。やり方がシステム化、ルーティン化されており、常習的だったらしい点も共通する。
キャバクラやクラブといった接客業、またいわゆる風俗などの性的サービスに比べ、こういった私的な「上納システム」(『週刊文春』より)が、その空間にいる女性にとってどれほど危険か、男性には想像しづらいかもしれないので、少し説明したい。
接客業や風俗業も、働く女性にとってリスクはある。しかし、トラブルがあればレフェリーのように止めに入る店長やオーナーがいる。店にはルールとマナー、そして客同士の「評判」があり、遊び方が汚い客は軽蔑され、ひどければ「出入禁止」のレッドカードが出る。ある程度の歯止めが利くのが、プロの「夜の世界」なのだ。
私的に作った密室で性行為を強要する汚いやり口
お笑い界のレジェンド、故・志村けんの夜遊びは有名だった。だが彼はあくまでも「クラブ」という社交性のあるオープンな場を楽しむことで知られていた。遊び方が紳士的だったからこそ、悪評も出なかったのだろう。
対して、報道がもし事実なら、松本人志はプロからはなるべく遠い、素人の女性を追い詰めることを好んでいたようだ。後輩に命じて「私的につくりあげた密室」では、彼が王様である。女性たちは被害を受けても、訴える先もなく、泣き寝入りするしかない。
もし事実なら、これは吉本興業ほかの芸人たちが数多く関わってきた、組織的、計画的、また長期的な性犯罪となるのかもしれない。これを機に徹底的に調査し、関係者を洗い出し、再発防止を図ったほうがよい。アメリカのエプスタイン事件や、韓国のキム・ギドクの疑惑のように、規模の大きな、根深い事案となる可能性も秘めているのだから。
吉本興業所属の芸人は秘密をつぶやき削除させられた
お笑いコンビ、プラス・マイナスの岩橋良昌(吉本興業)は1月17日にXにこう投稿した。「俺も昔松本さんじゃないけど先輩に綺麗な女の子連れてったなぁ まぁ上納か笑」。これは反響を呼んだが、岩橋は一向に意に介さない様子でレスを返していた。芸人の上下関係の中では一般的な行為なのだろうか?
なお、岩橋は1月27日、ダウンタウン浜田雅功と親交の深いTV制作会社社長からの「殴られた」「歯が欠けた」「ドッグフードを食べさせられた」といった数々の暴行について連続ポスト。しかし事務所から諭されたとして翌日には投稿を削除した。彼もまた、松本人志をトップとする、歪んだ芸人ピラミッドの被害者なのかもしれない。
このように、後輩芸人、中堅芸能人、またファンからは松本擁護の声が目立つ。その一方、大御所、同期芸人、女性タレントからは、一般人の視線に近い、冷静な意見が出ているのだ。
たけしは「会見すべき」、上沼は「休業ってことは引退」と指摘
ビートたけしは、1月21日の「ビートたけしのTVタックル」(テレビ朝日系)で、「素人の人をそんなに呼んで、飲んだ、交通費2000円とか3000円とかって、それがセコいよ」「記者会見をすぐやるべきだよ」と、一般人に手を出したこと、説明責任を果たしていない点を批判し、松本の復帰の可能性を問われると「運だね」と答えている。
関西の女帝と呼ばれる上沼恵美子は、1月14日の「上沼・高田のクギズケ!」(読売テレビ)で、松本の長年の功績を称えたのちに「超一流の人間やのに、遊びは三流以下」と語った。「あなたがこの世界からいなくなるのはかなん(困る)」と、彼の不在は損失だと嘆きつつ、「休業ってことは引退につながりますよね」と事実上の引退を指摘している。
ダウンタウンと同期のトミーズも淡々と語る。1月13日の「せやねん!」(MBSテレビ)でトミーズ雅は、「(松本がいなくなっても)世の中なんにも困れへん。それより行きつけの居酒屋がなくなるほうが困る」と笑いにつなげた。トミーズ健も、同期の失脚に悔しさをにじませつつも「島田紳助さんが辞めたときもなんとかなったんやから」と話した。
松本への恩義と性加害疑惑は別だと指摘したベテラン芸人
吉本興業に50年以上所属するベテランの西川のりおは、さらに達観している。1月30日の「生島ヒロシのおはよう定食」(TBSラジオ)で、「野球でも芸能界でも必ず新しい人が出てきます」「だから逆に新芽も吹いて来るんじゃないですか?」と、松本人志なき後のお笑い界のリフレッシュをイメージさせる、前向きな発言をした。
また西川は、後輩芸人らの松本擁護に苦言を呈す。「『お世話になった』とか『なってない』っていうのはね、本人の問題でこの話に関係ない。論点を間違っている」。松本への恩義と性加害疑惑はレイヤーの異なる問題だ、そこを混ぜるな、という指摘である。
60歳の松本人志の疑惑について、51歳のホリエモンや53歳のTMレボリューションよりも、72歳の西川のりお、77歳のビートたけしのコメントのほうがよほど現代的な感覚に裏打ちされているように見える。それだけ松本人志は、特定の年齢層の人間(特に男性)にとって影響力、または権力が大きいのかもしれない。
であればこそ、彼を起用する側のテレビ局やスポンサーは、疑惑が真実なのか調査結果を待つべきだろう。この件で取り沙汰されている他の芸人や放送作家たちについても調査が必要だ。2月2日夜にも「人志松本の酒のツマミになる話」(フジテレビ系)は予定どおり放送される。いまだに松本の名を冠した番組、また彼が出演する収録済みの番組はなんのエクスキューズもなく放送されているが、はたしてその扱いで適切なのだろうか。
指原莉乃は「被害女性を責めるのはセカンドレイプの一種」
年明けの「ワイドナショー」では松本擁護発言が相次いだと前半に書いたが、実は文春報道直後の2023年12月29日の同番組では、指原莉乃がこう語った。
「女性がついていったのが悪いんじゃないかって(……)一種のセカンドレイプなんじゃないか」「8年前の(もう昔の)ことっていうニュアンスも私はすごくよくないふうに感じていますね」「被害者とされる方に常に寄り添ってもらえるような雰囲気になったらいいのに」これらのコメントはSNSでは女性を中心に高く評価されていた。しかし彼女はそれ以来、同番組には呼ばれていない。
このように日本の芸能界には、自分の言葉で語るタレントがいるのだ。また、ビートたけし、上沼恵美子、西川のりお、トミーズといった大御所・ベテランは、松本人志の対応のまずさを指摘し、これが実質的な引退ではないかと見ている。こういった感覚こそが、いまの「世の中」の中央値のように感じる。
吉本興業という大企業も松本を切り離すつもりではないか
吉本興業はここにきて方針転換し、松本人志を単体で切り離そうとしているようにも見える。これは清算というよりはむしろ、他の芸人に累が及ぶことを恐れてのトカゲの尻尾切りではないか。
折しも朝ドラ「ブキウギ」では、吉本興業をモデルにした村山興業の黎明期がいきいきと描かれた。当時誇っていた「会社と芸人の家族のような関係」が、もしも性加害や暴力の温床となってしまったのなら、そして暴走するタレントに物申せない人間が幹部に上り詰める仕組みをつくったのなら、なんと不幸なことだろうか。
これからのお笑いのためにも、芸能の世界を目指す若者のためにも、ぜひこの不祥事については、吉本興業とダウンタウン松本人志、そして関係する芸人・放送作家たちに説明責任を果たしてもらいたい。自分の言葉で語ってもらいたい。彼らはその「言葉」を武器にして、切磋琢磨し、あの地位まで上り詰めたのだから。