週刊文春によってお笑い界の大物・松本人志の性加害疑惑が報じられている。お笑い芸人が出演するテレビ番組をウォッチしてきたコラムニストの藤井セイラさんは「松本人志と浜田雅功が組むダウンタウンの笑いは時代遅れになりつつある。ウッチャンナンチャンが大晦日の紅白歌合戦で女性を主役にしたユニットを復活させ人気再燃しているのとは対照的だ」という――。
吉本興業大阪本部を併設する「なんばグランド花月」、大阪市、2014年
写真=iStock.com/TkKurikawa
吉本興業大阪本部を併設する「なんばグランド花月」、大阪市、2014年

本当に松本人志が終われば「お笑いは終わってしまう」のか?

2024年1月8日、吉本興業から松本人志の活動休止が発表されると、SNSで多くのファンが嘆いた。「松本人志がいなくなったらテレビは終わり」「日本のお笑いは終わり」だと。しかし、それこそがテレビを、お笑いを軽く見ている発言ではないだろうか?

日本のお笑いは松本人志やダウンタウン、そして彼らが所属する吉本興業だけのものではない。高校生好感度第1位のサンドウィッチマンはグレープカンパニー、名司会者となった有吉弘行は太田プロ、「朝の顔」設楽統のコンビ・バナナマンはホリプロコム、ラジオの人気も高いオードリーはケイダッシュステージ、脚本家としての活躍も目覚ましいバカリズムはマセキ芸能社など、人気芸人を擁する芸能事務所は他にも数多くある。

2023年大晦日の紅白歌合戦では、テレビ放送70周年特別企画としてポケットビスケッツ(以下、ポケビ)とブラックビスケッツ(同、ブラビ)が復活。その瞬間、関連ワードがことごとくSNSでトレンド入りを果たした。この2組は、人気テレビ番組「ウッチャンナンチャンのウリナリ‼」(日本テレビ系)から1996年、97年にデビューしたいわゆる「企画モノ」のユニットである。当時わたしも、小学生だった弟、幼児だった妹と一緒に、毎週楽しみに視聴していたのを憶えている。

ビビアン・スーのInstagramにアップされたウッチャンナンチャンとの写真

紅白での「ポケビ」「ブラビ」に小学生から70代までが興奮

ポケビとブラビの一夜限りの共演は、その楽曲の質の高さを改めてお茶の間に見せつけた。今年、70歳になる母は、何十年にもわたって紅白を年末の楽しみとしており、毎年、録画までして番組全編を視聴している。その母が今回の紅白でほめていたのが、寺尾聡とポケットビスケッツだったのだ。

「あの子、あんな歌えるんやねぇ。びっくりしたわ、知らんだわ」というので「あのねぇ、千秋はもともと歌手志望なの! でもあの頃バラエティやってて、やっとのことでつかんだチャンスでデビューして、あの歌の歌詞も自分で書いたんやよ」となぜか猛烈にアピールしてしまった。

祖母が千秋の歌唱力に感嘆するのと同時に、アラサーの妹からは「ポケビやばいな」「ウッちゃんとウドちゃん最高」「ビビアン・スーかわいい」「ブラビとポケビ最高すぎた」「エモすぎ」続々とリアルタイムでLINEメッセージが届いた。そして年明け、都内で小学生たちがブラビの「YELLOW YELLOW HAPPY」を歌いながら通学路を歩くのを見かけた。

つまり、おばあさんと、アラサーのママと、8、9歳の子どもが、同じ曲でそれぞれ何かを感じたのだ。25年の時を経て、たった1回の生放送のパフォーマンスで、歌のメッセージは届く。紅白の存在の是非は置いておいて、これこそが紅白という番組が目指したものの実現ではないか、と思った。

なんだ、松本人志がいなくなっても、日本にはウッチャンナンチャンがいるじゃないか、と思った瞬間である。

「ウッチャンナンチャンがいるから大丈夫」が350万ビュー

そこで大晦日の夜、X(旧Twitter)にこう投稿した。

「ダウンタウンがいなくなってもウッチャンナンチャンいるから日本のお笑いは大丈夫。ごっつええ感じでYOUと篠原涼子がセクハラされてた頃、ポケビとブラビは綱渡りとか厳しいチャレンジさせつつも、ちゃんとビビアンと千秋の『自己実現を叶える装置』として機能しつつ、ミリオンヒット飛ばしてたよね」

すると、またたく間に3万いいねがつき、インプレッションも350万近くなった。

同じようなことを思っている人が意外といるのかもしれない。そして「その話をもう少し詳しく書いてみてほしい」と、この記事の依頼をいただいたのだ。

1980年代終わりから1990年代初頭にかけて、ウッチャンナンチャンは「東のウンナン、西のダウンタウン」といわれ、ダウンタウンと並び称されていた。

当時、ダウンタウンから強烈な笑いの洗礼を受けた男子中学生、男子高校生らは多い。そして彼らは現在、アラフォー、アラフィフの男性になっている。その多くは勤め人だろう。実は、ダウンタウンはお笑い界の大御所として君臨しているように見えるものの、冠番組・看板番組を持っているのは、『水曜のダウンタウン』(TBS系・水曜22時)など、中年男性になったファンがテレビを視聴しやすい平日夜10時台と休日が中心だ。ファンの多くは新陳代謝しておらず、いわゆる「古参」に支えられているのではないだろうか。

内村光良は現役でコントを作り続け、司会術も磨いてきた

さて、ウッチャンナンチャンが2023年の紅白でポケビ・ブラビを再結成させ、多くの人を感動させたことは「唐突」に見えて実はそうではない。現在、2人そろっての冠番組こそ持たないが、彼らは着実にキャリアを築き、芸を磨いてきた。

まず、ウッチャンこと内村光良には、ダウンタウンのような「中年サラリーマン」だけではなく「老若男女」をターゲットにした司会者としてのキャリアがある。彼は2017年から4年間にわたり、紅白歌合戦の総合司会を務めたのだ。

また、同じくNHKでは2012年から「LIFE!〜人生に捧げるコント〜」をスタートさせ、10年間続く長寿コンテンツに成長させた。現在は番組タイトルを「LIFE!」に改め、そこはかとないおかしみや哀しみを誘うコントを、そのときどきの話題のアーティストやタレントをゲストに迎えながら、不定期でつくり続けている。

ダウンタウンがこの20年近く、めったに自分たちの漫才もコントも行っていないのに対して、常に若手と切磋琢磨せっさたくましてコントという「作品づくり」を続けてきたのが、内村なのだ。

14年続く長寿番組を持つ「お昼の顔」ナンチャン

また、ナンチャンこと南原清隆も、もう20年近く古典芸能の狂言の演者として活動しつつ、内村同様、「ターゲットの広い司会者」として活躍している。主婦や高齢者が視聴する平日昼の時間帯で「ヒルナンデス!」(日本テレビ系)という看板帯番組を抱えており、これは2011年から続いている。なんと今年で14年目に突入する長寿番組だ。

コロナ禍では「ヒルナンデス!」ゲスト全員がリモート出演となり、スタジオにナンチャンがぽつんと1人、という驚くべき回も見られた。それがかえって南原の飄々ひょうひょうとした、あたたかみのあるキャラクターを再確認させる機会となり、好評を博していたのが印象に残っている。

「笑っていいとも!」終了以降、ポスト・タモリは誰なのか、ということが時折話題に上るが、垣間見える教養と適度な脱力感という点では、南原が10年、20年後に残っている可能性も低くはないとわたしは思う。

ダウンタウンの「イジる笑い」はハラスメントを内包する

1991年から97年まで続いた「ダウンタウンのごっつええ感じ」(フジテレビ系)などで、ダウンタウンは日本中の若者、子どもたちに「イジり」という概念を植えつけた。「イジってもらっているんだから、おいしい」というような、本来は芸人の楽屋だけで通用していればよい価値観を、テレビ放送という「表舞台」に提供し続けてきたのがダウンタウンだといえる。天下を取るまではそれでよかったかもしれないが、天下を取ったあとのそれは、弱い者いじめとなる。

今回の松本人志のスキャンダルも、性的行為の強要疑惑だけが非難されているのではない。後輩芸人に女性を見繕わせ、提供させていたこと、また、おそらくそういう「女衒ぜげん役」を果たすことで松本の「役に立つ」後輩芸人がテレビ出演という見返りを得ていたのではないか、という疑いが、あまりにも醜悪なため、話題になっているのである。

2025日本万国博覧会誘致委員会の発足式典で、あいさつするお笑いコンビ「ダウンタウン」の松本人志(左)と浜田雅功=2017年3月27日、東京都千代田区
写真=時事通信フォト
2025日本万国博覧会誘致委員会の発足式典で、あいさつするお笑いコンビ「ダウンタウン」の松本人志(左)と浜田雅功=2017年3月27日、東京都千代田区

後輩芸人や若い女性へのイジメ(現在の視点で見ると、「ごっつええ感じ」での篠原涼子やYOUに対する行為は完全に「ハラスメント」である)を、テレビの中で演出としてやっているだけではなく、現実世界でも地続きに行っていた、しかも2023年にもなって行っていたのでは……という点に、多くの女性が「ドン引き」しているのだ。

もはやダウンタウンの「イジる笑い」は賞味期限が切れているのではないか。いじめっ子が相手を泣かせて「なんだよ。『愛あるイジリ』だろ〜」と言い訳をしても、それはもう、日本の小学校では通用しない。マトモな教師なら、そんなことは通用させてはいけない、と知っている。そういう世の中なのである。

「ジャンクSPORTS」での浜田のアスリートイジリも危うい

現に、同様に「イジる笑い」を貫いていたとんねるずは、2018年の「とんねるずのみなさんのおかげでした」(フジテレビ系)終了をもって冠番組がなくなっている。

その点では「ジャンクSPORTS」(フジテレビ系)の浜田の司会スタイルも、いずれ路線変更を求められるのかもしれない。ダウンタウンのかつての輝きを知らない若い世代が、うっかりあの番組を見れば、「なぜ専門分野で懸命に努力してきたアスリートを、おじさん司会者がくさしているのか」と思ってもしかたないだろう。

ターゲットである中年男性にはウケているのかもしれないが、スポーツ選手を「雑に扱う」番組に対してCM出稿することが、スポンサー企業のイメージアップにつながるのかどうか、疑問である。

ウンナンの女性へのリスペクト、犯罪とは無縁の安心感

それにひきかえ内村も南原も、おそらく相手を「イジりすぎない」のである。どちらかというと相手を「立てる」司会回しやコントをこの20年近く、ずっとコツコツやってきたのがウッチャンナンチャンなのだ。

紅白歌合戦で突然出てきたポケビとブラビがいまの小学生にも受け入れられているのは、そのメンバー構成にもあるだろう。内村と南原は、本来あのユニットを生み出した「ウッチャンナンチャンのウリナリ‼」という番組の「持ち主」である。しかし、2人は音楽活動のステージにおいては、キャイ〜ンのウド鈴木、天野ひろゆきとともに、千秋とビビアン・スーという女性ボーカリストを「立てる」ことに徹している。

ポケビとブラビに共通する、自分の夢をかけて輝こうとする女性を、男性たちがリスペクトし、サポートする、というトリオのスタイルは、25年の時を経て、いっそうナチュラルに受け入れることのできるものとなっていた。

また、そもそもこのユニットを構成する、ウッチャンナンチャン、キャイ〜ン、千秋、そして台湾の大スターであるビビアン・スー、6名全員が、逮捕や引退、健康を損ねるということもなく、ここまで健康で芸能活動を続けてきたことがすばらしい。当時のキャスティングの精度の高さに感服するほかない。

松本人志、そして吉本興業の中で性的斡旋あっせんに関わっていたという疑惑の報じられた芸人たちが引退や謹慎でテレビから消えたとしたら、それは決して「終わり」ではない。むしろ、風通しのよい、それこそが2024年以降の「アップデートされた日本の笑いの始まり」ではないか。