「何でも良いから新規事業提案して」という割に、考え抜いたビジネスアイデアをすぐに却下してくる上司は何を考えているのか。一般社団法人イノベーションアーキテクト代表の中村善貞さんは「上司は既存事業での経験から、事業として押さえておかなければいけない要素や会社や経営者の意向が気になる。それらの懸念が承認を妨げる」という――。
※事例は守秘義務に考慮して、事実関係の一部を変更しています。あらかじめご了承ください。

画期的な新規事業を提案したが…

私が、途中から伴走することになった不動産を手掛けるA社の新規事業創出活動でこんなことがありました。

何の制約も無く、A社で取り組む新規事業を約半年で発案し経営層に提案するというもので、様々な部署からメンバーが集められ、検討が進んでいました。

あるチームはその活動の中で、台風などの風水害において、長期におよぶ避難生活を余儀なくされる際の課題を解決しようと仮設住宅に着目しました。仮設住宅は、建設場所の確保も難しく、資材搬入も大変で、建設数も限られてしまうという問題があります。チームでの議論で、「これらの問題は、被災地にできるだけ近い所で避難生活の場所を確保しようとすることにある」と考え「避難タウン構想」という新規事業を発案・提案しました。

これは、建設資材を被災地に運び入れ仮設住宅を建設するのではなく、被災者を長期的にも生活可能なあらかじめ建設されている集合住宅に集団で運ぶというもので、その候補先として大都市近郊の「ニュータウン」を活用するというものでした。高度経済成長期に建設されたニュータウンは、今や高齢者中心になり、その居住者そのものも激減するゴーストタウン化が懸念される状態になっています。この状態をも一挙に解決しようという画期的な提案でした。

しかし、この提案は経営層に受け入れられることはありませんでした。

防災用品セット
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「何でも良いから」と言われたのにボツにされる

この例のような「何でも良いから、新規事業提案してよ」と経営層から担当者に告げられ、苦労して創りあげた事業提案に対し「そんなの、やって意味あるの?」と拒絶された事例は、新規事業の創出に苦しんでいる企業においてよく聞く話です。1社や2社の話ではなく多くの企業で聞く話ですから「新規事業あるある」と言っても良いでしょう。

「やったことないし、分からない」困った上司の思考回路

ではなぜ、このような新規事業あるあるは起こってしまうのでしょうか。上のような困った経営層や上司は何を考えているのでしょうか。

VUCAの時代と言われるように市場環境の変化が激しく先が読めなくなっています。そんな中、既存事業だけに依存するのではない、いわゆる両利きの経営が必要となっています。

しかし、日本の多くの企業においては、会社を支えている経営層や管理職の多くが主力となる事業の中で経験を積み、成功してきた人です。そういう人たちは新規事業の創出に取り組んでこなかったため、経験・知見に乏しく先の困った上司となっているのです。困った上司は、今に始まったことでも急に増え始めたわけでもありません。新規事業探索に取り組む会社が増える中、そうした困った上司の存在が顕在化しているのです。

このような新規事業創出経験がない上司は、一般論としての新規事業創出論は知っていますが、本当のところは「新規事業創出と言われても、自分はやったことがないし、どのように新規事業を生み出していったら良いか分からない」のです。さらに自分に良いアイデアがあるわけではないので「まずは、どんな可能性がありそうか探ってみよう」と丸投げのようになってしまうのです。そこにはさらに、「制約なく柔軟に発想してもらった方が」「1人ではなく、みんなで考えた方が」良いアイデアが出るだろうとの思いも働いています。

「みんなに考えてもらい、色々提案が出てくれば、その中から良さそうなものを選んで、更に検討していけば良いのではないか」と考えているのです。

黒板に電球と良いアイデアの言葉を描く子供の手
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調査すればするほど沼にはまる担当者

それに対し、新規事業検討にアサインされた担当者は、期待を感じ一生懸命に新規事業の可能性を検討し始めます。具体的な指示が無い中「世の中の動きから期待される分野」「自社の強みから、勝てそうな分野」「自分たちの身の回りで見聞きする、なんとかしたい分野」などから、具体的なビジネスアイデアを考え始めます。いろいろ検討していく中で、良いアイデアも出てきます。しかし、アイデアだけで上司に話しても「アレはどうなのだ」「コレはどうなのだ」と分かっていないことを指摘されそうに思います。そこで、上司に聞かれそうな事を一生懸命に調査していきます。しかし、調査を進めても分からないことだらけです。さらに調査をするほど上司に指摘されそうなことがますますでてきてしまい、いつまでたっても終わりません。担当者自身も新規事業創出経験がないので、いろいろなことが不安になってくるですが、完璧を求めそうな上司になかなか話ができません。そのような状態のまま最終報告を迎えてしまいます。

そして最終報告の場で「そんなの、やって意味あるの?」となってしまうのです。

「やって意味あるの?」という上司の思い

上司は既存事業での経験から、事業として押さえておかなければいけない要素が気になります。「この商品はいくらで作れるのだ?」「そもそも作れるのか、我が社で?」「こんな売ったこともない商品、どこで売るのだ?」「そもそも顧客ってどこにいるのだ?」「我が社との取引が無い顧客にどうやってアプローチするのだ?」「競合はどこだ?」「そこに勝てるのか?」「シェアってどう見積もるのだ?」「何年で黒字化できる?」「その前に売上計画なんか立たないじゃないか」

また、上司は会社や経営者のことはよく分かっていますので、「事業として小さすぎないか?」「こんな事業どこが担当してくれるのだ?」「あの事業部長はつぶしにかかるだろうな」「そもそもこんなやったこともない事業、社長を説得できないじゃないか」と。

でも、そんな上司の思いは担当者につまびらかにされることはなく「やって意味あるの?」となってしまうのです。

その反応に、担当者は「イラッ」とします。キチンと説明して欲しいと。担当者には「上司なのだから」という期待感があります。自分たちより(新規創出について)知っていて当然、分かっていて当然と思っています。自分たちのことや提案のことについて、理解してくれて当然という期待があるのです。

このすれ違いは解消することができるのでしょうか?

怒る上司と悩む若い社員
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新規事業を考える前に担当者が考えるべきこと

新規事業創出に苦労している人は、「もう一度新規事業を提案し直しすることができるなら、まず何をしたいか」との問いに「経営陣との対話・パーパス(目的)の理解」「新規事業の定義の明確化」を挙げています。

すなわち、新規事業検討の最初に、それを求める経営者と「何を目的として検討するのか、自社にとって必要な新規事業とはどのような事業なのか」を明確にしておくべきだったと解答しているのです。

つまり、自分たちが「こういう事業が良いのではないか」というのは検討することができる。しかし、それが「会社が期待することなのかどうかが分からない」ということに困っているのです。故に、検討を始める前に、「新規事業における会社Will(期待・意志)の確認が必要だ」ということです。

上司と一緒にお題を読み解き、解答を練る

とはいえ、会社のWillを確認することはなかなか簡単ではありません。なぜなら、会社として求めている新規事業としてのイメージは明確でなく、また許容できる事業範囲のイメージも明確でないからです。つまり承認者自身、新規事業検討を進める際、その検討事業に何を求めているのか、何をリスクと感じるのかが予め明確でないことが多いのです。

このような会社の状況や上司の下で新規事業検討を上手く進めるにはどうしたらよいのでしょうか。それは一言で言うなら「上司を新規事業検討の一員として、プロセスの中に組み込む」ということです。

すなわち、上司も新規事業創出をやった経験に乏しいし、よく分かっていないのだ」との認識の下、上司から「お題を受け取り」、「それに回答する」のではなく、上司と「一緒にお題を読み解き、解答を練る」のです。

新規事業提案が受け入れられるのには、提案が「会社Will(期待・意志)」と合っていることが必要です。すなわちその提案が、会社が想定する(現在から将来の)事業の範疇にある、つまり会社の方向性と合っていることが必要になります。また、その提案の承認者が、その提案検討・実現により生じるかもしれないリスクを背負うことができるということが必要になります。

それを吟味できるのは、承認者だけです。

ミーティングをするビジネスパーソンたち
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上司が「避難タウン構想」を却下した理由

先の「避難タウン構想」提案に対して上司が言った「そんなの、やって意味があるの?」は、経営層が新築物件の販売が伸び悩む中、住み替え需要の掘り起こしなど、あくまでも従来の不動産業態の中での新規事業を想定していたからなのでした。

また、A社はニュータウン開発・運営には関わったことがなく、UR都市機構との関係が薄いこと。そして、構想実現には必要に違いない既存入居者との交渉の負荷が大きそうなこと。行政との共働が必要で企業単独で実施できる内容ではないことなど提案の実現にも多くの懸念点を感じてしまったようです。もう一つ被災者は被災地から離れたがらないかもしれないという懸念があったのかもしれません。

上司にしか分からないことを議論していく

何はやっても良いが、何には手を出してはいけないのか。提案を承認してもらう上での肝となる点はなんなのか。そこにどんなFactがあれば納得できるのか。どこまで見通すことができれば先に進められるのか。新規検討を進めるためには、承認者である上司にしか分からないことを、一つひとつ丁寧に議論・相談していくことが必要なのです。

求められる提案は、承認者の想定の内でもなく、また承認者の想定の外でもありません。野球のストライクゾーンは規定の中の範囲どこでもよいのですが、新規事業提案のストライクゾーンは、想定の中でも、想定の外でもありません、その「きわ」に正解があるのです。検討開始に当たって、それら想定を、球(アイデア)を投げながら確認していくことが必要です。

更に「口に入れるものには手を出してはいけない」や「ソフト開発はしない」などの想定事業領域に関係することだけでなく、承認者が気にしていることや、漠然と思っていることも知らなければなりません。

○○社とは競合しない。最終的に事業規模を○○ぐらいにしたい。○年には事業の目処を立て、創立○○年の目玉としたい。最終的には○○事業と統一したい。海外/○○地域での展開を前提としたい。あくまでもBtoC事業でいきたい。今度はモノ売りではなく、コト売りにしたい、などなど。これらも普通は明示的に言われませんが、「ダメ」判断の根拠となるため一つひとつ確認していく必要があります。

「避難タウン構想」の例からも分かるように、実際の提案に対し感じる懸念は、提案を聴いてみないことには分からないということがあります。したがって、提案を創っていく過程で承認者に相談していくことが必要なのです。

承認者を巻き込んで一緒に検討する

「何でも良いから、新規事業提案してよ」は、新規事業検討でよくあることですが、そのまま闇雲に検討しても、その提案を承認者が受け入れることはありません。新規事業提案を承認してもらうには、新規事業に必須のMust(市場・顧客の期待する便益)、Can(自社のアセットを生かした実現)、提案者のWill(やりたい)とともに、会社のWillを得ることが必要です。その会社のWillに沿っているかどうかは承認者である上司にしか判断できません。

提案が承認されその実現を推進していくためにも、ぜひ承認者を巻き込んで対話し、一緒になって検討を進めるようにしていってください。