※本稿は、佐藤一磨『残酷すぎる幸せとお金の経済学』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
家族構成は人生に影響するのか
われわれ人間はさまざまなものから影響を受けて成長します。この中でも大きな影響を及ぼす要因の一つとして、家族構成が挙げられます。
家族構成は子どもの成長に大きな影響を及ぼすと考えられ、経済学でもこれまでさまざまな分析が行なわれてきました。たとえば、シングルマザー世帯です。離婚を機にシングルマザーとなった世帯における子どもの学業や、成長後の学歴、所得水準といった点が検証されています(*1)。また、海外では同性婚カップルの子どもと、異性婚カップルの子どもに行動面で違いが生じるのか、という点も検証されています(*2)。
これら以外で近年注目を集めつつあるのが「きょうだいの組み合わせ」です。ここでの「きょうだいの組み合わせ」とは、子どもが2人以上いる場合において、同性のみなのか、それとも異性も含まれているのかという点を指しています。
きょうだいの組み合わせが将来の年収や結婚に影響?
子どもを持つ親にとって、何人の子どもを持つのかという点は、ある程度自分たちでコントロールできますが、生まれてくる子どもの性別まではコントロールできません。男の子が欲しいと思っても、女の子が生まれてくるということはよくありますし、男の子と女の子が欲しいと思っても、子ども二人とも同じ性別ということもよくあります。
このように子どもの性別はコントロールが難しく、たとえるなら、ある種ガチャガチャのように確率的に決定される部分があります。
このコントロールできない子どもの性別の組み合わせが子どものその後の人生(所得水準、職種、高等教育機関における専攻、結婚・子どもの有無や配偶者の特徴)に影響を及ぼすのかという点に興味が集まり、先進国を中心に分析が進められています。
読者の中には「えっ⁉ そんなこと関係あるの?」と思われた人もいるでしょうし、「もし関係があるのであれば、なぜ? どんな背景があるの?」と疑問に思われた人もいるかと思います。
本稿では、コントロールできない子どもの性別が子どものその後の人生に及ぼす影響について、最新の研究例を用いて説明していきたいと思います。
弟がいる長女vs妹がいる長女
研究が進んでいるのは、デンマークです。デンマークの研究で注目しているのは、第1子が女の子(長女)である場合です。ここで第2子が男の子(弟)なのか、それとも女の子(妹)なのかによって、長女のその後の人生に変化が生じるのか、という点が検証されています。
長女・長男という組み合わせや長女・次女という組み合わせは日本でもよく見かけますが、この二つのパターンでどのような違いが生じるのでしょうか。
この点を分析したのがチューリッヒ大学のアン・アルディラ・ブレノエ助教です(*3)。この研究では1980~2016年のデンマーク政府の行政データを使用しており、なんと、デンマークの全国民を分析対象としています。といっても、デンマークは全人口約586万人の比較的小さな国であるため、最終的な分析対象となった長女のサンプルは、約10万人でした。
なお、日本に住んでいるとデンマークはあまりなじみのない国なのですが、ドイツの真上、スウェーデンの横に位置する国で、国土も小さく、日本の約9分の1の大きさです。ただ日本よりも男女間格差が小さく、男女間格差の大きさを指標化した世界経済フォーラムのジェンダーギャップ指数では23位(2023年)となっています。ちなみに、2023年の日本の順位は、125位でした。デンマークは日本よりもだいぶ男女格差が小さい国だと言えるでしょう。
学業や職業選択に違いが出てくる
さて、このデンマークのデータを用いた分析の結果、何がわかったのでしょうか。ブレノエ助教の分析によれば、弟がいる長女と妹がいる長女では学業、仕事、家族面で違いが見られることがわかったのです。
まず学業面については、弟がいる長女の場合ほど、STEM(科学・技術・工学・数学)の分野を専攻する割合が約7.4%低くなっていました。弟がいる長女ほど、理工系よりも、文系を学ぶ割合が高いと言えます。
続いて仕事面ですが、妹がいる長女と比較して、弟がいる長女の場合ほど、職場における男性比率が約1.2%低く、STEMの分野で働く割合が約7.3%低くなっていました。つまり、弟がいる長女ほど、成長後に働く職場の男性比率や、理工・数学系の分野で働く割合が低くなっていたのです。
また、長女にパートナーがいる場合、そのパートナーの働く職種における女性比率も、弟がいる長女の場合ほど約2%低くなっていました。弟がいる長女のパートナーほど、女性比率が低い職場、逆を言えば、男性比率のやや高い職場で働く傾向があったのです。
弟がいる長女のほうが、年収が低くなる傾向
所得についても弟がいる長女の場合ほど、30代の年収が約2%低くなっています。このマイナスの影響は、第1子を出産したあとに拡大する傾向にありました。ちなみに、アメリカでも長女の年収を比較する研究があり、弟がいる長女ほど年収が7%ほど低くなっていました。
さらに、結婚・出産面について見ると、弟がいる長女と妹がいる長女で差は見られませんでしたが、弟がいる長女の場合ほど同棲割合が低くなる傾向がありました。
以上の結果を整理すると、妹がいる長女と比較して弟がいる長女ほど、職場の男性比率や、STEMの分野を専攻したり、働く割合が低くなっています。また、年収もやや低くなっていました。さらに、弟がいる長女のパートナーほど、男性比率のやや高い職場で働く傾向があったのです。
これらの結果が示すように、弟がいる長女の場合、特徴を持った学業・職業選択を行ないやすいと言えるでしょう。
このような効果の負の側面は、「ブラザーペナルティ」と呼ばれています。デンマークやアメリカにはブラザーペナルティが存在すると言えるでしょう。
なぜブラザーペナルティが生じるのか
ブラザーペナルティが発生する背景には、次の二つの要因があります。
一つ目は、「親の行動パターンの変化」です。
「長女・弟」と「長女・妹」では親の子どもへの接し方に変化が生じると考えられます。この背景には、親は自分と同じ性別の子どものほうが一緒の時間を共有しやすいといった傾向があるためです(*3)。
たとえば、男の子の場合、ある程度の年齢になると野球やサッカーといったスポーツをやることが多くなりますが、このような活動は母親よりも父親とやることが多いでしょう。
また、女の子の場合、成長とともにオシャレやメイクに興味を持つようになりますが、このような活動は母親とやることが多いでしょう。
このように、「父親は男の子」と「母親は女の子」とともに過ごす時間が多くなるため、「長女・弟」の場合だと、より同性の親の影響を強く受けるようになります。子どもはこの中でさまざまな行動や考え方、社会的規範も学んでいきます。
この結果、「長女・妹」と比較して、「長女・弟」の場合ほど、より伝統的な性別役割分業意識を持つようになると考えられます。
つまり、「長女・弟」の場合ほど、「男性=仕事、女性=家事・育児」という考えを意識し、それに準じた行動をとりやすくなるわけです。
弟と差別化するために性別に沿った態度を取るようになる
二つ目の理由は、「身近に異性がいることによる子どもの行動パターンの変化」です。
心理学の数多くの研究によれば、子どもは自分のきょうだいと差別化することを通じて個性を獲得する傾向があります(*4)。中でも異性のきょうだいがいる場合、自分の性別に沿った行動や態度をとることで、個性を獲得する場合があります(*5)。
たとえば、弟がいる場合、長女の行動パターンが「よりお姉ちゃんらしく、女の子らしいもの」になるといったことが考えられます。妹がいる場合と違って、弟がいると自分の性別をより強く意識するというわけです。
このように長女の行動パターンは、妹がいる場合と弟がいる場合では異なってくると考えられます。
「長女・弟」の場合ほど、より自分の性別に合致した行動をとりやすくなり、これが伝統的な性別役割分業意識を持つことにつながると考えられます。
さて、これまでの内容を整理すると、「長女・弟」と「長女・妹」では長女の直面する状況が異なります。
「長女・弟」の場合ほど、母親と過ごす時間が増えるだけでなく、女の子らしく振る舞うことを意識するようになります。このため、「長女・弟」の場合ほど、伝統的な性別役割分業意識を持ちやすくなるわけです。
この結果として、弟がいる長女ほど、伝統的な性別役割分業意識に沿った学業・職業選択を行ないやすくなります。
具体的に言えば、学業面では理系よりも文系を選びやすく、職業面では男性よりも女性比率が高い職種を選びやすくなります。また、これらの職種は相対的に所得水準が低い場合が多いため、所得もやや低めになるというわけです。
弟がいる長女の年収は16%低い
デンマークやアメリカにはブラザーペナルティが存在すると言えるわけですが、日本ではどうなのでしょうか。ここでは私が日本のデータを用いた検証例を紹介したいと思います。
分析に使用したのは、慶應義塾大学の『慶應義塾家計パネル調査』です。このデータの2004~2018年までの、20~59歳の女性(長女)を分析対象としています。分析対象となった人数は、合計で約2000人です。
分析ではまず、弟がいる長女ほど、伝統的な性別役割分業意識を持っているのかを検証しました。図表1は、妹がいる長女と弟がいる長女で、どちらがより伝統的な性別役割分業意識に賛成するのかを比較しています。ここでは「男性は外で働き、女性は家庭を守るべきである」に賛成しているかどうかで性別役割分業意識を計測しました。
図表1では、弟がいる長女のほうが5%ほど「男性は外で働き、女性は家庭を守るべきである」に賛成する割合が高いことを示しています。5%というのは決して大きな差とは言えませんが、きょうだい構成は確かに長女の性別役割分業意識に影響していると言えるでしょう。
弟がいる長女のほうが年収が34万円も低い
続く図表2は、妹がいる長女と弟がいる長女の年収を比較しています。
この図表から明らかなとおり、弟がいる長女ほど年収が低くなっています。
その差は34万円であり、比率で示すと弟がいる長女の年収が約16%低くなっていました。ちなみに、デンマークでは弟がいる長女の年収が約2%低く、アメリカでは約7%低くなっていたため、日本における弟がいる長女の年収へのマイナスの影響はやや大きめだと言えます。
図表3は、妹がいる長女と弟がいる長女の正社員の割合と専業主婦の割合を比較しています。
この図から、弟がいる長女ほど正社員の割合が低く、その代わりに専業主婦の割合が高くなっていることがわかります。弟がいる長女ほど労働時間の長い正社員よりも、家庭にいる時間の長い専業主婦を選択しやすいと言えるでしょう。なお、非正社員の割合や自営業の割合は、妹がいる長女と弟がいる長女で差が確認できませんでした。
弟がいる長女のほうが家事・育児時間が長い
図表4は妹がいる長女と弟がいる長女の既婚割合と子どもを持つ割合を比較しています。この図から、差はわずかでありますが、弟がいる長女ほど既婚割合と子どもを持つ割合が高いことがわかります。
また、図表5は妹がいる長女と弟がいる長女で家事・育児時間を比較していますが、弟がいる長女ほど家事・育児時間が長くなる傾向がありました。
日本でもブラザーペナルティは存在する
以上、日本におけるブラザーペナルティの存在について検証してきましたが、その結果をまとめると次のとおりになります。
①弟がいる長女ほど、「男性は外で働き、女性は家庭を守るべきである」に賛成する割合がやや高い。
②弟がいる長女ほど、正社員割合が低く、専業主婦割合が高かった。また、年収も低くなっていた。
③弟がいる長女ほど、既婚割合や子どもを持つ割合がやや高く、家事・育児時間も長くなっていた。
以上の結果から、日本でも弟がいる長女のほうが性別役割分業意識の影響をより強く受け、正社員よりも家庭にいる時間の長い専業主婦を選択しやすく、その結果として収入も低くなっていると考えられます。
この結果から、「日本でもブラザーペナルティは存在する」と言えるでしょう。
*1)① Krein, S. F. (1986). Growing up in a Single Parent Family: The Effect on Education and Earnings of Young Men. Family Relations, 35(1), 161–168.
② Amato, P. R., Patterson, S., & Beattie, B. (2015). Single-parent households and children's educational achievement: A state-level analysis. Social Science Research. 53, 191-202.
*2)Mazrekaj, D., Fischer, M. M., Bos, H. M. W.(2022). Behavioral Outcomes of Children with Same-Sex Parents in The Netherlands. International Journal of Environmental Research and Public Health, 19(10), 1-12.
*3)Brenøe, A. A. (2022). Brothers increase women’s gender conformity. Journal of Population Economics, 35, 1859–1896.
*4)① Feinberg, M. E., & Hetherington, E. M. (2000). Sibling differentiation in adolescence: implications for behavioral genetic theory. Child Development,71(6), 1512–1524. ② Plomin, R., & Daniels, D. (1987). Why are children in the same family so different from one another? International Journal of Epidemiology, 40(3), 563–582.
*5)① Abrams, D., & Thomas, J., & Hogg, M. A. (1990). Numerical distinctiveness, social identity and gender salience. British Journal of Social Psychology, 29(1), 87–92. ② Cota, A.A., & Dion, K. L. (1986). Salience of gender and sex composition of ad hoc groups: an experimental test of distinctiveness theory. Journal of Personality and Social Psychology, 50(4),770–776.