同じ病気でも、現れる症状や薬の効き目などに“男女差”“年代差”があることがわかってきた。政策研究大学院大学保健管理センター所長で教授の片井みゆきさんは「女性の不定愁訴に重大な疾患が隠れている場合があり、性差とライフステージを考慮する性差医療の視点が重要」という――。
励ましと共感で、患者の手を握る女性医師
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同じ病気でも効く薬・治療法は男女で異なることが明らかに

科学や技術、政策に男女の違い、すなわち性差分析を取り入れイノベーションを創り出す「ジェンダード・イノベーション」が広がりをみせ、さまざまな分野で研究開発が進んでいます。例えば、自動車のシートベルトは成人男性を基準に開発されてきたため、交通事故の重傷率は男性より女性のほうが高いという報告があります。それを改善するために女性を含めた性別・年代・体格などの異なる人体モデルを開発に取り入れ始めた企業もあるようです。

医療分野では、現在のジェンダード・イノベーションの流れが起こる何十年も前から、生物学的性差や社会的性差を考慮した「性差医学」の研究が進められてきました。世界では1957年にアメリカで女性の健康を守る運動が起こり、85年からは女性特有の病態の研究が開始。日本でも20数年前から性差医学・医療が導入されてきました。

そんな中、これまで男女に共通する臓器の病気は“同じもの”とされてきましたが、症状や発症メカニズム、薬の効き目などに男女差があることがわかってきました。同時に、同じ病気でも有効な薬や治療法が男女では異なることが明らかになってきたのです。

例えば、狭心症や心筋梗塞などの虚血性心疾患。男性は胸の真ん中の痛みを訴えるのに対して、女性は胸以外にもあごや首の痛み、腹痛や吐き気といった腹部の症状などを訴えることがあります。女性のエビデンスが増えていく中で、教科書どおりの典型的な症状は、実は女性よりも男性に多い症状だったことがわかりました。

また、薬の効き目や副作用にも性差が関係しています。女性は男性に比べて薬の代謝酵素が少なく、体が小さいため腎臓や肝臓からの排泄が少なくなります。そのため薬物濃度が高くなりやすい傾向に。睡眠薬や抗不整脈薬などの一部の薬は、男性より女性の効き目が強くなったり、男性にはない副作用が現れたりすることがわかっています。

妊娠可能な女性は薬物治験の対象から外されてきた過去

性差医学が提唱される前までの医療分野は男性基準が多く、生殖器以外は「女性は小型の男性」という扱いをされてきました。その背景に、女性が薬物治験の対象から外されてきた過去があります。きかっけになったのは、アメリカで1960年代に起こったサリドマイド薬害事件。妊娠初期に服用した薬の影響で出生児に奇形が起こったことから、妊娠の可能性がある女性は薬物治験への参加が禁止されました。

成人の薬物治験は一般的に19~64歳までの人で行われますが、「妊娠可能な女性を入れない」となると月経のある19~50歳くらいまでは除かれ、50~64歳までの主に閉経後の女性しか対象になりません。治験を行う際に男女割合についての明確な規定はなく、必ずしもその比率が公表されないため、最終的に「ヒト」という対象でくくられてきました。

防護服を着た医師が、Covid-19ウイルスのコロナウイルスのデータを調査中
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母子を守るために非常に大事な通達であった一方で、長年薬物治験の対象が男性に偏ってしまうことになりました。そのため海外でも日本でも、結果としてさまざまな基準が男性となり、女性に現れる症状や効果的な治療はその陰に隠れてしまったのです。現在は市販前後の副作用調査などでも、性差の視点が導入されはじめています。

更年期症状を訴える「4人に1人」に更年期症候群と別の疾患

性差のある病気があるにもかかわらず、女性の不調の多くは更年期障害やPMS(月経前症候群)など女性ホルモンの影響によるものとされがちです。特に女性ホルモンの急変動によって起こる更年期障害は、心身に多種多様な症状が現れます。そのため医療機関を受診しても「更年期の症状でしょう」と診断されることが多く、その背景に隠れている重大疾患を見過ごされるケースがあります(図表1)。

また、受診する女性側も不定愁訴=更年期かもしれないという思い込みがあったり、多岐にわたる症状をうまく整理して医師に伝えられなかったりします。何が重要な訴えなのか、医師の見極めが難しくなり、結果として更年期障害と診断されてしまいやすいのです。

【図表】不定愁訴の4⼈に1⼈:器質的疾患あり
出典=片井みゆき『診断と治療』98,1079-1085,2010(東京女子医大性差医療部の調査より)

東京女子医科大学性差医療部の調査では、更年期のような症状を訴えて女性専門外来を受診した人のうち27%にあたる人に、臓器に関わる疾患を表す器質的疾患が見つかりました。つまり不定愁訴だと思っていた女性の“4人に1人”に更年期症候群とは別の病気が見つかったということ。その多くが甲状腺機能低下症・亢進症などの内分泌疾患でした。甲状腺などの内分泌疾患は採血検査でわかりますが、一般の検査項目には含まれておらず、見つかりにくいのです。中には悪性リンパ腫やがんなどの重大な疾患も判明しました。

乳がん・骨粗しょう症…女性だけでなく男性にもリスク

ここまで女性側の病気を中心に解説してきましたが、性差医療は男性・女性の両面を捉えることが重要になります。例えば、女性の病気というイメージのある乳がんや骨粗しょう症は男性にも起こりますし、女性に多い甲状腺疾患は男性が罹患りかんしたときには見つかりにくい可能性も。

女性の生涯のベクトルイラスト
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また、性差に加えて「ライフステージ」の考慮も必須となります。女性は50歳前後に閉経を迎え、これまで受けていた女性ホルモンの恩恵が減っていきます。そのため閉経前の女性と閉経後の女性の健康対策は、分けて考えなくてはいけません。

このように年代別、ライフステージ別の視点を含めた性差医療が必要とされる中で、医療現場の課題となっているのがヒューマンリソースです。重大な疾患なのか更年期症状なのかを一般診療の短い時間で見分けるのは、性差医療を学んできた医師でも困難を極めます。

そのため現在、診療データをデータベース化して患者さんや医師に役立つ、性差医療アプリの開発やその実用化に取り組んでいます。日本性差医学・医療学会では、全国すべての職種の医療者が性差医学を学べ、さらにその認定資格を取れるような取り組みを進めています。日本で性差医療の概念が紹介されてから25年になりますが、どの診療科でも性差とライフステージを考慮する性差医学・医療は、一人ひとりに最適な医療を提供するための最初の一歩なのです。