高齢出産だったため、自分たちの老後資金がほとんどたまっていない。どうしたらいいのか。オンライン投資スクール「Global Financial School」校長の市川雄一郎さんは「晩婚化・高齢出産増で定年しても子が巣立たないケースもあり、老後不安を抱えている人は多い。しかし、50代、60代からでも老後資金を準備できる方法がある」という――。
時間制限のある、定年後に向けての貯金のイメージ
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晩婚、高齢出産で定年しても子どもが巣立たない

夫婦二人の老後の暮らしはいったいどうなるのだろう……。漠然とした不安を抱えるようになったのは、50歳を目前にした頃からだ。きっかけは「老後2000万円問題」がマスコミで騒がれたことに始まり、その不安は年々ふくらんでいるという。

東京・世田谷区在住のM子さん(52歳)は、夫と二人の子どもたちと4人暮らし。30代半ばで結婚し、しばらく共働きしていたが、なかなか子どもができず、悩んだ末に妊活の道を選んだ。キャリアアップをあきらめ、つらい不妊治療を続けたのち、ようやく双子を授かったのは43歳の時。高額な治療費用のために自分の貯蓄を使い果たし、出産後は双子の子育てに追われ働く余裕はなかった。ようやくパート事務の職を得たときに噴出したのが「老後2000万円問題」だ。

大手建設会社に勤める夫(55)の年収は900万円ほどあるが、不妊治療中に買ったマンションのローン返済と教育費がかさんでいた。小学5年生になった双子は中学受験のために塾へ通い、私立の中高一貫校をめざしている。夫が60歳になる頃、子どもたちはまだ高校生。夫は65歳まで働くとしても給与は半分になり、ローンは80歳近くまで続く。大学へ進学する子どもたちの学費を払えば、貯蓄にまわす余裕などありそうもない。M子さんの職場は60歳定年制で再雇用はされない条件だ。あと10年で夫婦どちらの収入もなくなると思うと、毎夜不安で押し潰されそうになる。

さらにこの頃は離れて暮らす親の介護も気がかりになってきたというM子さん。

「夫と過ごす老後30年間には2000万円必要といわれても、とても貯められないだろう。それどころか家計も破綻してしまうのではと、焦りは募るばかりで……」

将来への不安について考える人
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定年後の暮らしは本当に2000万円で足りるのだろうか――。M子さんのように、老後のお金に不安を抱えて、資産形成の相談に来られる人たちも増えています。

最近は、晩婚化・高齢出産化などで、定年までに子育てを終えられないケースも多くみられます。30代、40代の共働き世帯でも、子どもの教育費や住宅ローンに追われ、なかなか貯蓄に回せないという悩みも聞きますね。ただ、どんな年代でも、貯蓄ができないというのは、必ず何か原因があるはずなのです。

M子さんのケースでも家計の洗い出しをし、ローンの繰り上げ返済計画と家族4人分のスマホのキャリア会社と料金プラン変更、保障額を高く設定している生命保険、医療保険、損害保険などの掛け金の見直しを提案しました。さらに、M子さんのサプリメント代がかさんでいることや、映画・音楽好きのご夫婦のネット配信などのサブスク費用が数社にもわたっていることが判明。それらを整理すれば月3、4万円は貯蓄に回せることがわかりました。

相談者には何度もお伝えしていることですが、家計に目を向けてみるとムダな出費が見つかることも多いのです。そうした支出を見直して節約すれば、5000円、1万円ずつでも貯められます。

また、節約のためにと「100円ショップ」を頻繁に利用するのも、実はムダにつながります。店舗へ行けば「便利そう」「安い」と今必要なもの以外まで購入してしまうからです。気づけば同じものが家中にあふれかえっていたということはよくある話です。M子さんにも、まずは家計簿をつけることをお勧めしました。

老後の暮らしはいくらあれば足りるのか

そもそも「老後2000万円問題」とは何かというと、2019年に金融庁がまとめた金融審議会市場ワーキンググループの報告書がきっかけでした。これは2017年度に更新された総務庁の家計調査データを基に、老後資金の不足が2000万円になると試算されたものです。

無職の高齢者夫婦世帯(夫65歳以上、妻60歳以上の無職の夫婦のみ世帯)における、平均的な月収すなわち年金収入は、20万9198円。平均支出は26万3718円ということで、月収から差し引くと月額5万4520円の赤字になります。この金額が30年間続くという前提で計算すると、1962万7200円。つまり老後30年間で約2000万円足りなくなるというのが、この報告書の根拠でした。

ただし、この数字は老後の生活に入る時期をいつにするかによって変わりますし、月収と支出も個人差があるので、2000万円あれば足りるかといえば、全員に当てはまるわけではありません。

一方、総務省の試算では「800万円」という数字が出ています。こちらは2022年度のデータを基に、平均的な月収が24万6237円、支出が26万8508円として計算されたもの。支出から月収を引くと、毎月2万2271円の赤字になります。これを30年間で累計すると801万7560円、約800万円足りなくなるという試算です。

なぜ、2000万円、800万円と、これほど差が出たかというと、2022年度の統計では月収において社会保障給付とその他の収入が大幅にアップしています。しかし、これも個人差があるので、どれだけの人に該当するかは不明瞭です。こうした数字がメディアで報じられ、独り歩きしたことで大騒ぎになったというのが現状だと思います。正直なところ、何が正しいかは誰にもわからないのです。

年金はあくまでも副収入と考えあてにしない

今後は年金支給額も変化することが予測されます。高齢者を支えている年金の原資となっているのは、若い世代が納める税金がベースなので、少子高齢化が進む日本ではますます厳しくなるでしょう。その結果、年金を支給される時期も現在の60歳から65歳へ、そして70歳まで引き上げられる可能性も考えられます。だから、私は年金そのものをあてにしないほうがいいと思っています。年金は副収入くらいの感覚で考えておくのがお勧めです。

現状で大事なことは、自分が将来的にセカンドライフを迎える時期をいつにするのか、そこまでにどのくらい貯蓄を増やせるのかを把握しておかなければいけないということです。

家のソファに座って肩を抱きしめているシニアカップル
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では、実際に老後の生活にはいくら必要なのか。「老後2000万円問題」というのは、あくまで2019年時点で試算されたもの。老後を迎える時期が10年先、20年先になる人たちには、今後の物価上昇や経済状況によって、2000万円という金額の貨幣価値が下がる可能性もあります。年金そのものもあてにならない状況では、今のうちからしっかり資産形成をしていくことが大切です。

初期投資の金額が少なくても、運用商品を間違えずにコツコツ積み立てていけば、期間が長くなるほど福利効果が生まれてお金が増えていく。だからこそ、私はできるだけ若いうちから、1万円でも強制的に投資に回すということをお勧めしています。

50代、60代からでも3000万円貯められる

投資の話をすると「60歳だからもう間に合わない」と言う方もいます。資産形成は若いうちからとお勧めしましたが、50代、60代からでもこれから20年、30年は運用できるので決して遅くはありません。

2024年1月から、非課税保有期間が無期限の新NISAがスタートします。「つみたて投資枠」と「成長投資枠」の2つが併用ができ、それぞれ年間120万円、240万円、合計年間360万円の投資が可能になります。非課税保有限度額は、全体で1800万円です。

仮に一定の投資信託で初期投資を100万円入れて、毎月の積立金額3万円を年利7%で20年運用すると3000万円ほどたまる試算になる。60代でも十分に資産を増やせるのです。運用期間を短くするとしたら、3万円のうち2万円を投資信託に、1万円を成長性の高い個別株にすることでリターン率を上げていくことも可能です。ただし、個別株に投資するには相当勉強しなければなりません。

投資の勉強には各社のセミナーや専門書もさまざまありますが、例えば、新聞や新聞のWEB版は、日々の最新情報が入手できるので、毎朝の習慣として読んでおくといいでしょう。新聞を読んで、そこから何を発見するかどうかは本人次第。経済情勢や世の中のトレンドがわかると、成長性の高い企業や銘柄に興味が湧いてくると思います。

30年くらい前の話ですが、アメリカで高齢の未亡人が投資で成功して話題になりました。その女性は投資が趣味で、ご主人が亡くなった後は一人暮らしをしていたので、毎日新聞を読んでは気になる記事をチェックしていたそうです。ふだんスーパーで買い物をするときは、自分の目線の高さにある商品を見ることで何が売れているかを確認します。手に取りやすい場所に売れ筋商品が置かれているので、実際にそれを買って食べてみるのです。自分がおいしいと思えば、その企業が上場しているかどうかを新聞で見て、株式を徹底的に調べたうえで良さそうだと思ったら、そこの株を買っていく。そのやり方で、毎年13%くらいのリターンを出していたという話でした。

つまり、身近な暮らしの中にも情報は豊富にあるということです。自分が見たり、使ったり、生活に密着しているものであれば、良いものかどうかを判断できる。人に勧められるまま、よく知らないものに投資するのは失敗しがちです。世の中に出ている商品やサービスなどいろいろ見ていると、肌感覚が研ぎ澄まされ、意外と身近なところに株価が上がる銘柄があることもわかると思いますよ。

新聞を読む男性の手元
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例えば、コロナ禍が落ち着いて外国人環境客が増えている状況では、インバウンドの需要が高まっているファミリーレストランなどの飲食店チェーン、生活雑貨の量販店なども狙い目かもしれません。一方、長年人気の高配当銘柄の中でも、多くの人たちに新NISAで個別株を買ってもらえるように、少額で分割されたものがあります。これまではまとまった資金が必要でなかなか手が出せなかったNTT株は、1:25に株式分割をしたので1株170円(2023年12月14日現在)、最低購入価格(1単元=100株)は1万7000円で株主になれるようになりました。こうした個別株を少額からいろいろ買ってみるのもやり方の一つですね。

あとは投資の相談ができる相手がいるかどうかが大事。信頼できる相談相手がいれば、怪しい話が来たときに「これはどう思う?」と率直に聞けますが、多くの人は自分だけで判断してだまされるケースも後を絶ちません。相談できる相手は投資経験者が望ましいでしょう。金融機関で相談する場合は、自社の金融商品を一様に勧められることがあるので、それに流されないように自分も知識をつけておくことが必要です。

投資は車の運転と同じで経験を重ねることが大切

積立投資を始める際には、まず目標設定をしましょう。例えば、50代、60代で「70歳までに3000万円貯める」という目標を設定したら、そのために必要な月々の積立金額、リターン率などを計算できる「資産運用シミュレーション」があります。金融各社で出しているものをネットで検索できるので、参考にしてみてください。

ドライバー教育コースを受講する学生ドライバー
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私がよく例えるのは、投資は車の運転と一緒だということ。車の運転ができない人に車のカギを渡しても運転はできない。教習所へ行って習わなければ、安全に運転できませんし、免許を取得してからも、絶対に事故を起こさないという保証はありません。その失敗を最小限に抑えていくためには、体系的な勉強をして、経験も重ねていくことが大事。資産運用も同様なのです。

いずれにせよ、老後に泣かないためには今から資産形成をちゃんとしていくことが大切です。50代、60代でも決して遅くはありませんから、ぜひ始めてください。

自分の資産は自分で守っていく時代です。これから社会へ出ていく子どもたちにも金融教育をしていくことが、親としての義務ではないかと考えています。

実際、子どもたちと投資の話などができるようになると、日常の会話もより楽しくなると思います。子どもの発想は大人とは全然違いますし、流行しているものの情報はより早くキャッチします。今、子どもの学校では何がはやっているのか、これからはやりそうな商品は何か。子どもたちと会話する中で新たな発見があり、それを生み出す企業に投資してみようということになるかもしれません。

私は子どもたちとお金の話を当たり前のようにできる社会になればいいと思っています。確かにお金の知識は無くても生きていけますが、その知識を生かすことで、老後により豊かな生活をするすべを手にすることができるのです。