街で、親の子どもに対する虐待が疑われる場面に出くわしたらどうしたらいいのか。漫画家の田房永子さんは「先日ファミリーレストランで、隣の席にいた女性が、一緒にいた幼児をずっと大声で叱りつけており、いたたまれない気持ちになった。その口調は彼女自身のSOSにも悲鳴にも聞こえたが、こうした場合、一体どうするのが正解だったのか、今も考えている」という――。
バスケットに入ったフレンチフライ
写真=iStock.com/Pgiam
※写真はイメージです

ファミレスで出会った子連れの家族

先日、子ども2人と遠出した先で、ファミリーレストランへ行った時のことでした。

私たちが着席した時、隣の席の家族連れは既に料理を食べている途中でした。

隣のママ(以下、隣ママとします)は横に座っている2歳くらいの幼児に「食べるの! 食べないの!」とかなり大きな声で尋ねていました。叫んでいるような声なので、質問というよりは取り調べのような気迫でした。

尋ねてはいるけど、その答えを待つでもなく「食べないなら片付けてもらうよ⁈ いいの⁈」と矢継ぎ早に問いかける隣ママ。

隣ママと幼児が並んで座る対面には、パパと0歳くらいの赤ちゃんが着席しています。

小さい子どもが集まる場なら、5回に1回くらいは「強めで言っちゃってるな」というパパママに出くわすことがあります。そういう時、周りの親たちは気づかって、そっちのほうを見ない、という配慮をする人が多い気がします。私もその1人です。ジロッと見てその親を追い詰めることを防ぐ、という感じです。強めの声を出してしまう時点で、すでにいっぱいいっぱいなことがわかるから。

私も、自分の子が予想外のことをしたりすると思わず「ちょっ! 何してんの‼」とか大きめの声が出ちゃうことがあります。だいたいの保護者は「1~2発の強め口調のデカい声」を出してしまったあと自分で気づいて「ヤベッ」って感じで静かになります。だから、余計な圧をかけ合わない、みたいな空気が保護者同士にある気がします。

だんだんエスカレートする母親の叱り方

しかし、今回の隣ママは絶え間なく尋問し続け、どうにも止まらない様子で、言い方もどんどんキツくなっていきます。

私はいつものように見ないようにしていたけど、どうしてもキンキンと差し迫った声が耳に入ってくるので、メニューを見ていても思考がストップしてしまうほどでした。

隣ママが目の前で叫んでいるけど、パパは何も言葉を発さず、0歳の子にごはんを食べさせているよう。

隣ママのセリフが脳に直接入ってくるのでどうしてもそのことを考えてしまい、なんとか注文するメニューを決められた頃には、隣ママの要件が整理できるほどでした。

【イラスト】隣のママの怒声がすごくてメニューが頭に入ってこない
イラスト=田房永子

止めたい衝動にかられたが…

隣ママが言っているのは「食べながらおもちゃを触るのはダメ。食べるなら先に食べなさい。おもちゃで遊びたいならこの料理は片付けてもらう」という内容でした。おもちゃはおそらく、お子様プレートについてくるオマケのおもちゃのことだと思われます。

隣ママに言われるたび、子どもは「食べるー」と答えたりしていました。でも常に隣ママが先に「どうすんの! ポテトは食べるの⁈ 食べないと冷めちゃうよ‼ 食べないなら片付けてもらう‼」とかなんだかんだ言ってくるので「うやああああ」と泣き出し、それでも隣ママは「泣くなら帰る! 食べるの、おもちゃで遊ぶの、どっち!」という、どうにもならない質問を浴びせ続けます。

私たちが着席してからずっとそんな調子なので、これはもう、親子の会話とかしつけとかじゃなくて、子どもに難癖をつけて絡んでいるだけであり、シンプルに虐待と言っていいのではないかと思いました。

盗み聞きしたくないのにどんどん耳に入ってきて、こっちが朦朧としてくるようなレベルなので、私は立ち上がって隣ママに向かってこう言いたい衝動に駆られました。

「もういいじゃないですか、大人だってスマホをいじりながら牛丼食べたりしてますし。小さい子がおもちゃで遊びながら食べるの、ぜんぜんOKだと思いますよ。大丈夫! だからもうやめてあげて〜」

だけど、私も自分の子どもたち(小学生2名)を1人で連れてきていて、自分の家族の食事をしながら、全く見知らぬ隣の席の人に「その言動、慎むべし」みたいな注意をいきなり言い放つ、という行動を気軽に取れる状況ではありませんでした。

全く知らない人の言動を、直接、口頭で注意するって、向こうの反撃に遭う可能性もある。逆に私自身の頭に血がのぼってしまうこともある。「ていうかパパ! さっきからどうしてこの状態を放っておいてるんですか⁈ なんで何も言わないんですか⁈」とか余計なこと言っちゃう可能性もある。

目の前で母親が知らない人とけんかしだしたら自分の子どもたちに怖い思いをさせるし、いろんな展開が予想されるので、とてもじゃないけどできない、と思いました。

「私vs.隣ママ」の構図は避けたい

「お店の従業員に伝えて、間接的に注意してもらう」という案も、頭に浮かびました。

でも、店内中に響き渡っているはずなのに、他のお客さんや店員さんは気にしている素振りがなく、私が何か行動を起こしたら「私vs.隣ママ」という孤立した戦いの構図になりそうなのもすごく気が重かったのです。

もし遠くの席の人や店員さんがチラッとこっちを気にしている気配があったら、違っただろうと思いました。

彼女自身のSOSであるように聞こえた

私の理想は店内のお客さん何人かが隣ママのところに集まり、何を言うでもなくただ笑顔で「OK、OK」と笑顔で隣ママにみんなでハグできたらいいのになと思いました。「やめなさいよ! それ虐待ですよ!」と叱るというような、敵意を表明した伝え方だと、隣ママはさらに追い詰められて子どもにもっと強く当たるような気がするからです。

つまり隣ママの尋常ではない口調と声量は、彼女自身のSOSであると感じたのです。

隣ママの、幼児の子どものことはガンガンに詰めて泣かせているのに、パパには普通の口調で優しく話しかけている様子も耳に入ってきて、この夫婦関係の何かしらのわだかまりの渦が全部この上の子に吐き出されている感じがビンビンしました。幼児が目の前でガン詰めされていたら、父親的な立場の人にはフォローしてもらいたいと思うのですが、この夫にはその素振りは一切なく、まるで目の前で何も起きていないかのような態度で頼りない。

子どもにブチギレしても誰にも止めてもらえず、放ったらかしでつまり「しつけ」の部分を丸ごと自分がやらなければいけないという重荷を背負っていると、「その重荷を私にだけ課すな」という本来パパ(身近な大人)へ向けるべき怒りが子どもに向けて吐き出されることは珍しいことではありません。こういった光景は、家族問題の書籍でよく登場します。そういった方向で見ると、隣ママの声は悲鳴に聞こえました。

行動を取ることはできなかった

私はといえば、そんなことをグルグル頭の中で巡らせながらも肝心の行動はとることができず、結局私のとった対応は「楽しそうな家族を見せる」でした。

その日はたまたま、私も娘も息子も、フィーリングが合って絶好調でした。家族全員がご機嫌で楽しい気分、っていうのが合致していました。

3人のテンションが絶妙に合い、何を見ても面白くて、ファミレスまでの道でも銅像やポスターを見て爆笑しながら歩いてきたところでした。それを利用して、隣ママのボイスを跳ね返すようなイメージで、娘と息子が笑いそうなことを言って笑わせることにしました。

2人にスマホを渡して好きなようにゲームさせたり、食事が到着したあとも、とにかくしゃべりまくってゲラゲラ笑いました。隣ママのヒステリックボイスに圧倒されてせっかくご機嫌だったうちまでシーン……と静まって元気をなくしたくない、というのもありました。

私たちがしゃべっている間も、隣ママはこちらを気にすることなく子どもを叱っていましたが、しばらくして帰り支度をして帰っていきました。

その瞬間、私は思わず「ハーッ」と息を吐いてしまいました。

帰り道に小6の娘と話したこと

帰り道、娘(6年生)も「隣の子、泣いちゃってるのにママがいろいろ言っててかわいそうだった」と言っていたので、2人で少し「私たちはどうしたらよかったか」を話す機会がありました。

「『うるさくてつらい』という理由でお店の人に言ってもらう」をしてもよかったかもしれない、という結論になりました。私は「虐待を防止」というのが頭に浮かんでしまったので、実際うるさくて迷惑だったのに、そっちの理由で注意するという発想が逆になくなってしまっていたことに気づきました。

こども家庭庁の「オレンジリボン・虐待防止推進キャンペーン」ポスター

その出来事のすぐあとのことです。

「こども家庭庁」が毎年11月に「オレンジリボン・児童虐待防止推進キャンペーン」を実施しているというチラシが配られていました。

そこには「こどもを虐待から守るのに、理由はいらない。」とあり、「情報提供や相談を‼ まずは連絡189」と記されています。189をダイヤルすれば、地域の児童相談所につながるそうです。

身近に虐待をしている家庭があったらこのダイヤルはすごく助かる。でも、今回は遠出先での見知らぬ家族、再会する可能性がほぼゼロな間柄の場合はどうしたらいいのでしょうか。

違うやり方で伝えたい

数年前、どこかの駅構内で小学生くらいの子どもの服か何かを引っぱっている母親の様子を撮影した動画が、Twitterにアップされたことがありました。子どもは抵抗しているのかしゃがみ込んでいて、母親が引きずり回す格好になっていました。撮影者はその母親に「虐待だぞ! やめろ!」と叫んでいました。

私は、なんだか撮影者によってその母親が、獰猛な動物のように扱われてるように思えて、そんなことする母親が悪いのは事実だけど、なんだか悲痛な気持ちになったのを覚えています。

本人に「間違ったことをしている」と気づかせるためには、威嚇しながら「やめろ!」と言うことも大事かもしれない。でも、私は違うやり方で伝えたい。

加害行為をしている人の心の中で起きていること

パッと見、虐待やハラスメントなどの加害行為をする人は、自分中心で攻撃的で凶暴に見えます。だけど、その心の中で起きている動きはどちらかと言うと「被害者的」である場合が多いのです。「お前のせいで私がこんな目に遭った(遭う)」というパニック状態であり、お仕置きというよりは、相手(子どもや部下など)を自分より強く大きな相手と誤認していて、自分のパニックをそのまま丸ごと相手にぶつけていることが多いです。甘えている、とも言い換えられます。

だからあの動画を見た時、駅なんかで子どもの服や髪を引っ張って引きずり回すなんていう最凶にみっともない、醜い行動をしてしまっているあの母親が哀れでかわいそうで、きっと本人もそんな醜態晒したくないだろうに、しかし心の葛藤が抑えられずこんなことになってしまったんじゃないかと思うと、見ていられないほどこちらもつらくなりました。

すでに誤認状態の人に「お前は間違った行動をしている」と真っ当な切り口で糾弾するのは一つの手だけど、それだけではなく、愛のようなもので包み込んで「あなたは間違った解釈をしている」と教えて安心させるという方法も、長い目で見たら効果的だと個人的には思うのです。

どんなやり方をすればよかったのか

あの動画のアップ、というかそういった動画をアップできるようになったSNSの存在は、街中での保護者の子どもへの乱暴の抑止にものすごく影響していると思います。

今回、ファミレスで「あなたのことをもし私が今撮影してSNSにアップしたらバズってしまうと思いますよ」と言うのが、もしかしたら一番スッとおさまる方法だったかもしれない。

でも私は人にそんなこと言いたくないので絶対に言わない。しかしそういう形であっても、伝えたほうがよいのだろうか? とまたグルグル考えてしまいました。

街中で虐待を見た時の対応、どうしたらいいのか、今後もいろんな人に聞いて考えていきたいと思いました。