小児性愛の人たち全てが問題行動を起こすわけではない
前回の記事で、性嗜好異常は本質的に生涯続く状態とお伝えしました。特に「小児性愛」(ペドフィリア)自体は、その特徴がある人というだけで、問題を起こす人を意味するわけではありません。実際に問題を起こす人は「小児性愛障害」と呼ばれます。
小児性愛障害は精神疾患名の一つですがその診断基準は大きく二つあり、一つは小さな子供に性愛を感じる、性欲をかきたてられること。それ自体は児童ポルノ禁止法などに反しない限り、犯罪でもありません。もう一つは、性愛的なファンタジーを実際に行動化する、害悪になる行動を起こす。もしくは行動化はしないけれど、それを我慢することが苦痛に感じられる、小児性愛性のせいで生きづらい、苦しい、落ち込む、社会的に孤立する……。そういった性愛性と行動上または行動抑制による苦痛の問題がともに存在するときに小児性愛障害となるのです。
ただ知っておいてほしいのは、小児性愛の人たち全てが、性犯罪行為をしたり性暴力を振るったりするわけではない。かなりの人が生涯そういう問題行動をしないと考えられています。
米国のデータによると、小児性愛障害に該当する人は人口の3~5%程度と推定されています。ですから、ほとんどの小児性愛障害の人たちが問題を起こさず生涯を終えるわけですが、「自分は悪いことをしてしまうのではないか」と不安を抱えている人は実は少なくありません。そういう人たちのカウンセリングなど社会資源も必要なのでしょうが、そういった窓口は少ないのが現状です。
性被害にあうと加害者になるリスクがあるが……
一方、問題を起こす人、性犯罪をする人というのは、過去に自分自身も性被害にあっていた場合も少なくない。そういう研究データが複数あります。これは、吸血鬼にかまれた人が吸血鬼になっていくことになぞらえ「ヴァンパイアシンドローム」などと呼ばれます。研究によって調査対象者はまちまちですが、概して性犯罪者の約2割程度は過去に自身が性的被害を受けた経験を抱えていると考えられています。
ただし、被害を受けたけれど、その後加害者にはならないという人もいるわけです。そういう人たちの多くにある共通項があることもわかっています。
それは「被害(直)後に被害を誰かに打ち明けることができた。そしてその話を信じてもらえた。それゆえ適切なサポートを受けることができた」そのような人です。被害後の適切な支援が加害化の緩衝要因になったと考えられているのです。(※1)
被害者の告白に耳を傾け、寄り添うことが次なる加害を防ぐ
ですから、被害を受けた人たちに対して、あなたの話してくれたことを信じますよ、どうすれば良いのかいっしょに考えていきましょう、という周囲のサポートは、被害のケアという側面だけでなく、加害化への抑止にもなり、非常に大切なはたらきかけなのです。特に男児であれば、打ち明けたのに信じてもらえなかったということも起こりがちなので、彼らの話に耳を傾け、支援していくことは重要なことです。
ただ、実際にはサポートが受けられず、苦しんだり加害行為を起こしたりすることも起こっています。特に、自分がされたことを再現することで、自分の苦しみを乗り越えようとする「マステリー現象」という行動現象が起こる可能性があることは憂慮すべき事実です。
架空ですが典型的な例を挙げてみます。ある小学校低学年くらいの男の子が公園で遊んでいて、そこで40代くらいのおじさんと仲良くなりました。そのおじさんのことをすっかり信頼し警戒心を持たなかったその子は、おじさんに誘われるままにおじさんの家に行きました。男の子はそこで性器を触られたり、なめられたりして、非常にショックを受け、「どうしたらいいんだろう、気持ち悪くて仕方ない」という経験をしてしまいます。
その後、そのモヤモヤした気持ちは、同じ公園にいた幼稚園児の性器を触ることでスッキリすることを覚えました。その後も、時折生じる性的衝動は、同じようなことをすることでしか収まりませんでした。このように、(多くは無意識的に)自分がされたことを他人にすることで不快な気持ちを取り除こうとするのがマステリー現象です。要は「トラウマ反応としての行動化」と説明できます(※2)。
一部で報道されているように、もしジャニー氏が過去に性被害を受けていたのだとしたら、氏が行った加害はマステリー現象として説明できるのかもしれません。
子どもの健全な性の発達を支えるためには
ここまで読んできて、もしわが子に小児性愛の兆候が見られたら、どうしたらいいのか……。子どもを持つ親として心配される方もいるかもしれません。
大切なことは、お子さんが小児性愛性をもっているものなのか判断することは難しいし、それ自体は問題ではないということを理解しておくことです。それでも、将来的に加害行為をするようなことにならないよう、普段からの親子のコミュニケーションは考えてみるべきでしょう。
加害の可能性など重要な局面でこれまでの関係が問われる
たとえば子どもが、少年少女が登場する性的な描写のある漫画などを読んでいた場合。それだけをもって、その子が小児性愛を有していることを意味するわけではなく、そこに性的な関心すら持って見ていないことの可能性が高いでしょう。ただ、その内容については、子どもの理解力にもよりますが、誤って理解される可能性もあります。
漫画などメディアで描写されていることこそが正しい性的コミュニケーションなのだと認識される可能性もあるわけです。ですから保護者としては、これは現実とは違うファンタジーであることを話し合っていくことが期待されるところです。
これは性的なことに限らないのですが、例えば、子どもが小さい頃は彼らの好きなことややっていることには関心を向けず放っておいて、ある程度の年齢になってから小児性愛的なものを集めていることが分かったときに「こんなものは捨てなさい」などととがめても、子どもたちがそのまま言うことを聞いたり、保護者の心配していることを理解したりすることはないでしょう。
そうでなく、子どもが小さい頃から、いかに家族として性のことも含めセンシティブなことを話し合える関係を築いてこられたか、子どものプライバシーを守りながら、どの程度オープンで健全な家族のコミュニケーションを重ねてきたのかは、保護者が子どもの加害行為の可能性を感じた時など、重大な事態に直面した時にきちんと話し合えるのか、保護者が子どもの支えとなれるのかを決定していくことでしょう。
被害者も加害者もサポートが必要
そう考えると、被害者はもちろん、問題意識を抱えた加害者やその家族も苦しみを打ち明けられる窓口が必要です。ここ数年、被害者に関しては、性犯罪の法改正や、性犯罪・性暴力相談窓口であるワンストップ支援センターの開設など、急速に整備が進んでいます。また、ジャニーズ事務所の問題を受けて、男性向けの性被害ホットラインも開設されています。
ですから今後は困り感を抱えた加害者に対する支援側の窓口を整備し、それをどう本人とつなげるかといったことが課題になってくるでしょうね。
最後に私がお伝えしたいのは、性嗜好や小児性愛について、また、性犯罪も単純な因果関係では理解できないのだと、正しく理解してほしいということです。
性加害の連鎖を断ち切るためにひとりひとりができること
人はそれぞれの性の価値観や嗜好性を持っていて、それらに影響されて問題行動をとる人もいるし、とらない人もいる。問題行動をとったにしても単に性的欲求だけで起こしたものはほとんどない。ですから、問題行動をとる人に対して厳罰化する、あるいは薬物を投与することで解決させようといった短絡的で乱暴な議論をするのではなく家族のコミュニケーションをはじめ、地域資源の充実など、どうすれば犯罪を防げる社会をつくることができるかという議論にシフトすることが大切です。
個人レベルのあり方も一度考えてみる意味は大きいでしょう。性被害体験から性加害化という現象は、そもそも加害者の一部にしか認められるものではないのですが、先に「被害を受けた人も早期に支援が受けられたら加害化を予防できる」と述べました。早期の支援は被害者の訴えに耳を傾けることから始まります。つまり次の連鎖を防ぐための受け皿はひとりひとりの考えや態度によってできあがっていくものだと思います。
参考文献
(※1)Conte, J. R. (1985). The effects of sexual abuse on children: A critique and suggestions for future research. Victimology, 10, 110-130.
Gilgun, J. (1991). Resilience and the intergenerational transmission of child sexual abuse. Patton MQ (eds.). Family sexual abuse. Pp. 93-105. Sage, Newbury Park, CA.
(※2)Briggs, F. (2021). From victim to offender: How child sexual abuse victims become offenders. Routledge.