最大の謎は、多くの人が違和感を抱いた井ノ原氏への拍手
10月2日、ジャニーズ事務所の会見をテレビの生中継で見ていて、思わず耳を疑った。登壇者であるジャニーズアイランド代表取締役社長・井ノ原快彦氏が抗議する記者らをなだめるようにこんな言葉を投げかけたためだ。
「落ち着いて行きましょ。じっくり行きましょ」
「小さな子どもたち、ジャニーズJr.の子どもたち、被害者の皆さん、自分たちのことでこんなにモメているのかと見せたくない」
「ルールを守っていく大人たちの姿を見せていきたい」
国連すらも動いたジャニー喜多川氏の性加害問題、それも、よりによって長年にわたる大勢の少年たちへの加害についての会見で、まさか「子どもたちに見せたくない」とは。正直、開いた口がふさがらなかった。しかし、さらに驚いたのは、直後、会場から拍手が起こったこと。思わずX(旧Twitter)でつぶやいた。
「あれ、本当に記者から起こった拍手なんだろうか。事務所の仕込みではなく?」
「会見で記者相手にヤジを飛ばした、カメラを向けた、拍手した方はどの媒体のどなただったんでしょう」
そこから寄せられた情報などを基に、会見に参加した記者らに接触を開始。そんな中、会見に出席していた4名が実名で当時の状況を語ってくれた。
「指名NGリスト」で弾かれた東京新聞・望月衣塑子記者
ジャニーズ事務所が開いた9月7日の会見で、東山紀之社長らに斬り込んだ東京新聞・望月衣塑子記者は、この日も最前列に座って手を挙げ続けたが、最後まで指名されることはなかった。
「司会の松本和也氏が質問者を選別していることは、その場ではっきりわかりました。ジャーナリストの鈴木エイト氏やYouTube番組『Arc Times』の尾形聡彦編集長、そして私など、特定の記者は指名されません。たとえ目が合っても」
当日は望月記者や尾形編集長が関連質問をさせるよう求めたり、「指して下さい」と求めたりするたびに、ムービーカメラマン席に近い後方に陣取った、短髪でかっぷくのいいYシャツ姿の男性が「ルールを守れ!」「司会はしっかりしろ‼」などと怒鳴り声をあげていたという。望月記者は「前回には全くなかった声で、正直、ものすごい威圧を感じた」と当時の印象を振り返る。
NHKのスクープにより公平な会見ではなかったことが判明
その後、10月5日、NHKのスクープにより、「氏名NG記者(指名NG記者)」「氏名記者(指名記者)」のリストがあったことが発覚。望月記者は、リストの存在を知った現在の思いについて、率直にこう語った。
「正直、がく然としました。なんというか官邸で目をつけられていたのとは、違うショックですね! 当日、FTI(会見を運営したコンサルティング会社ファストトラックイニシアティブ)の人が私にあいさつに来て、『今日はよろしくお願いします。司会は変わります』と言っていたので、前回より少しはまともになるかなと思いきや、まさかの無視。声を挙げても、東山氏も井ノ原氏も答えず『落ち着いて』と……。結局、リストで当てないと決めておきながら、あんなあいさつをしてきたのかと、ショックでしたね」
しかし、リストの発覚により、そのいびつな忖度の構造が白日の下にさらされた。
「こんなことばかりして、ジャニーズ事務所はのしあがり、それをサポートする記者やリポーターたちがいて、尊大なジャニーズ帝国を生み出し、被害者の少年をたくさん産んだのだなと改めて思いました」(望月記者)
事務所のやり口をサポートするマスコミの罪は深い
元・日刊スポーツ新聞の芸能記者であり、ジャニーズ事務所との付き合いも長く、現在はニュースサイト「ENCOUNT」(エンカウント)編集長を務める柳田通斉氏は、自社記事で自ら拍手したことを記していた。なぜ拍手をしたのかという問いに対してこう語る。
「ヤジも飛び交う会場のあれた空気が、井ノ原氏の言葉で変わった。これで止まっていた会見が動き、また質問のチャンスを得られることでの拍手と思い、私も反応しました」
ちなみに、柳田氏は「ジャニーズを去った白波瀬氏 最後までメディアコントロールを試みた“クレーム”の内容」など、ジャニーズに対する批判的な記事も執筆している。そんな記者でも拍手したというのは、いったいどんな状況だったのだろうか。
石川敏男氏が不規則質問をする記者に抱いた不満
この日、記者会見に出席したのは合計294人。ムービー73人(29社)、スチールカメラマン54人、ペン記者167人だった。
この道35年の芸能レポーター・石川敏男さんも最前列に座っていた。他の参加者からは「女性記者に大声でヤジを飛ばしていた」とも言われていたが……。
「ヤジは飛ばしていないですよ。『君ら、しつこいね』『質問長えよ!』と言っただけ。質問は短くと言われたのに、長い人がいたから。しかも、東山、井ノ原の両氏も、一応受けようとするから、余計ややこしくなっている気がしました」
そんな石川レポーターもジャニーズ事務所サイドというわけではないという。
「自分は、拍手はしていない。むしろNGリストがあったと聞いて、自分もその中に入っていたんじゃないかと思ったくらいですよ。前回も今回も最後の方で当たったわけだし、質問がキツイとよく言われるから」
実際の現場は、中継で見るのとは異なる荒れ方をしていたと言い、「井ノ原氏が言ったことは正論だと思うし、気持ちとしてはわかる」としたうえで、拍手は異常だと断言する。
それでも登壇者の制止に拍手するなんて異常だ
「拍手なんて普通、会見で出るもんじゃないですよ。だから『拍手なんて起こるんだ』と驚きはしました。ただ、拍手しなくても、質問のルールを守ってほしいと思っていた人はいっぱいいたと思いますよ。そのぐらいイライラしている人は多かった」(石川氏)
NG質問者リストがあろうとは出席者のほとんどが思っていなかった会見本番、そして、その直後は、望月氏や尾形氏の抗議によって質疑応答が滞り、貴重な時間が失われたと批判する人も多かった。
石川氏は「でも、拍手していたのは20人もいないくらいじゃないかな」と振り返る。
プレジデントオンライン編集部の小田慶子さんも「実際に拍手したのは10人ぐらいだったと思います。しかも、質問のとき、ファンでありライターであると名乗った女性の周辺で拍手している人が多かった」と証言する。
果たして「やらせ」はあったのか?
「顔が覚えられない」と思わずもらした司会の松本和也氏
望月記者らを指名しなかった司会者・松本和也氏は元NHKアナウンサー。編集部・小田さんは「尾形さんたちは再三、抗議していたが、松本さんは絶対に指名しないと決めているようで、かなりの強硬姿勢に見えた」という。
「(この会見は)茶番だ!」という抗議に対して、松本氏がすかさず「いいえ、まったく茶番ではございません」と答えたほか、「フェアじゃない」「フェアです」、「(司会者は)笑わないでください」「笑ってないです」というやりとりもあった。
当然、松本氏の手元には「指名NGリスト」はあったと思われ、松本氏は10月6日にそのことを認めている。ただし、そのリストに従って指名したわけではないとも弁明した。
小田さんは「会見終盤、質問者を選ぶ松本氏が『顔を覚えられなくなってきました』とマイクを通してもらしたのが印象的でした。手元でリストの顔写真と照らし合わせていたのかと推測すると、納得ですが……」という。
運営スタッフとカメラマンの連携にも疑問を抱く
さらに、運営スタッフが前方にいたスチールカメラマンに、望月氏らを撮影するよう指示していた疑いもある。
編集部の小田さんは「左側の壁際にいたスタッフが、ある男性カメラマンに何度も歩み寄って、なにやら指示していました。通常、運営側がカメラマンに指示をするなら、その人はオフィシャルカメラマンであるはずですが、なぜ記者である望月さん、尾形さんを撮影しているのだろう? と、強い違和感を覚えました。しかも、カメラマンの男性はニヤニヤしながら撮影をしていて、印象が悪かった」と語る。
5つめの謎は報道陣のリテラシーの低さ
石川レポーターは、これまでも芸能界の重大会見に出席してきただけに、取材する側も対策ができていなかったのではと感じている。
「取材する私たちが、『これは組織的な性加害を起こした会社の会見だ』ということをどこかできちんと示さなければいけなかった。最初は(報道のプロである)新聞社などの代表質問にすれば良かったのにという思いはある」
ベテランとして、後続のレポーターに苦言も呈する。
「(特定の質問に対して)答える気がない人に何を聞いても無駄なんですよ。そもそも被害者への補償額などは決まってないのだから、答えようがない。今回、会見がこんな荒れ方をしたのは、今の記者がみんなへたくそだから。1人1問と言いつつ、いくつもだらだら聞いて質問中に説教までして、問いが長すぎるから、他社の記者と連携して聞くことができなくなる。
昔は梨元勝さん(故人)など会見を仕切れる人がいて、単刀直入に短い質問をし、次々に他の記者が関連質問をしたので、つながるし、結果的に内容が深まった。ジャニーズ事務所は(4時間かかった)前回の会見の反省から、2時間1社1問にしたのだろうけど、あんなやり方じゃ1社ずつ制限を設けずにやってもダメ」(石川氏)
ジャニーズ事務所は早急にもう一度会見を開くべきではないか
編集部の小田さんも、取材する側として考えさせられたという。
「私自身、質問時に性加害問題の核心に切り込めず反省していますが、1問1答で短く済ませ、次の人に回そうとは思っていました。本当は、9月に『今後1年間、タレントのギャラを事務所分は取らず、タレントに100%支払うようにする』と発表したジャニーズ事務所が、エージェント制になるとギャラはどうなるのかなど、新体制について質問したかったが、それは質疑応答後半で他の媒体が聞いてくれるだろうと見込んでいました。しかし、1社1問という制限をかけられ、会見も混乱し、そんな基本的な質問も出ずに終わってしまい、とても残念です。
YouTuberなど、大手メディアではない質問者の言葉遣いで気になったのは『このたびは会見を開き機会を与えてくださってありがとうございます』というお礼。そんなあいさつは必要ありません。『(新体制でのタレントケアを)ちゃんとやってくれると思いますけれど、心配なので質問させてください』というへりくだった言い方も気になりました。これは問題を起こした企業の会見であり、質問者が下手に出るのはおかしい。できれば報道サイドは毅然とした態度で、一緒に追及していきたい」
事務所や運営会社の強引な手法と報道陣の混乱で、見守った多くの人たちにとってもスッキリしない内容になった今回の会見。ジャニーズ事務所は、今回の反省をもとに、もう一度、まっとうな質疑応答の場を開くべきではないだろうか。