秋篠宮家の長男、悠仁さまが9月6日、17歳の誕生日を迎えられた。神道学者で皇室研究家の高森明勅さんは「悠仁さまは、小学校高学年から今に至るまで、秋篠宮家をめぐるさまざまなバッシングの“暴風雨”に遭遇されている。現在の皇室の中で、最もお辛い境遇におられるのは、悠仁さまではないか」という――。
第47回全国高校総合文化祭「2023かごしま総文」の総合開会式に出席された秋篠宮家の長男悠仁さま=2023年7月29日、鹿児島市
写真=時事通信フォト
第47回全国高校総合文化祭「2023かごしま総文」の総合開会式に出席された秋篠宮家の長男悠仁さま=2023年7月29日、鹿児島市

17歳になられた悠仁さま

秋篠宮家のご長男、悠仁親王殿下におかれては去る9月6日に17歳のお誕生日を迎えられた。国民の1人として心からお祝いを申し上げる。

しかし一方、現在の悠仁殿下を取り巻く状況を考えると、畏れ多いが皇室の中でも最もお辛いご境遇におかれておられるのではないだろうか。

それは、秋篠宮家に対して週刊誌やネット上で外側からバッシングが長く続いているばかりでなく、宮家の内部にも齟齬そごが生まれている可能性があるなど、僭越ながら思春期にある悠仁殿下が強烈なストレスにさらされておられると拝察できるからだ。

その上、皇室もとっくに一夫一婦制に移っておられるのに、皇位継承において今後も「男系男子」にしか継承資格を認めないという旧時代的な“ミスマッチ”のルールを維持すれば、畏れ多い言い方になるが、殿下の将来に暗い影を拭えなくなってしまう。

6年前に始まったバッシングの嵐

改めて振り返ると、お若い悠仁殿下は秋篠宮家へのバッシングが吹き荒れる日々を、長く経験してこられた。

その起点は、殿下にとって大好きなお姉さまであられる眞子さまの、おめでたいはずのご婚約内定をめぐる状況が急に暗転したこと。それは、平成29年(2017年)9月のご婚約内定の記者会見から、わずか数カ月後のことだった。

同年12月に、ご婚約のお相手の母親に当たる人が400万円の借金をいまだに返していないという金銭トラブル(?)が、一部の週刊誌で報じられた。それがきっかけだった。

しかし、それは「借金」に当たるものでなかった。この事実は、令和3年(2021年)10月1日の宮内庁による眞子さまのご結婚予定の発表後に、お金を貸したとされていた母親の元婚約者という男性自身が、インタビューで答えていた。

本人に取材したジャーナリストの話などによると、弁護士に相談してもはじめから「勝ち目はないよ」と言われていたネタを、かつて婚約していた女性の息子が眞子さまのご婚約相手と知って週刊誌に流し、あえて問題化させたという展開だったように見える(日本テレビ系「情報ライブ ミヤネ屋」、令和3年[2021年]10月8日放送ほか)。

元婚約者側の交渉窓口は、弁護士ではなく『週刊現代』の記者が務めていた。これも、一般常識とジャーナリズムの職業倫理に照らして、奇妙な話だった。

手をこまねいて傍観していた宮内庁

だが、その辺りの事実が冷静に検証される機会はなかった。一方的なバッシングだけが拡大し、長期化した。そしてついに、眞子さまご本人が複雑性PTSDとの診断を受ける事態にまで陥った。

さらに秋篠宮殿下のご判断によって、異例ながらご結婚にともなって行われるべき「納采のうさいの儀」など宮家としての一連の儀式も、いっさい取りやめられた。このため、天皇陛下による「朝見ちょうけんの儀」も見送られる、残念な仕儀となった。

その上、法律(皇室経済法第6条)に定められた皇籍離脱に際して「品位保持」のために支出される一時金の受け取りも辞退され、あたかも“石もて追われる”ようにして、眞子さまが海外に渡られる結果になってしまった。

この間、宮内庁当局は何らなすすべを知らず、ほとんど手をこまねいて傍観していたに等しい。当時の宮内庁長官として、山本信一郎氏と西村泰彦氏(現職)の名前を挙げることができる。

思春期にバッシングの“暴風雨”

平成29年(2017年)から令和3年(2021年)というのは、平成18年(2006年)にお生まれの悠仁殿下にとって、ちょうどお茶の水女子大学附属小学校の高学年から同中学校に在校中の時期に当たる。まさに多感で傷つきやすい思春期の真っただ中。その最悪のタイミングで、秋篠宮家をめぐる“暴風雨”に遭遇されることになった。

眞子さまのご婚約内定をめぐる問題に端を発したバッシングは、やがて秋篠宮家全体にまでおよぶ。それによって、未成年の悠仁殿下ご本人の進学先について真偽不明の無責任な情報が飛び交い、あれこれ進路を指図するかのような言説まで見かける。

週刊誌報道の「嘘」

この際、週刊誌における匿名情報満載の皇室報道というものの一般的な水準を見定めておくのも、あながち無駄ではないだろう。その無責任さが露呈した近頃の事例を1つ、挙げておく。

敬宮としのみや(愛子内親王)殿下のご結婚のお相手候補としていわゆる旧宮家系子孫の男子などを取り上げて、各誌がしばらく加熱気味に記事を載せ続けたことがあった。

これについて、加熱報道が続いていた当時、私は厳しく疑念を呈しておいた(プレジデントオンライン4月6日公開)。「失礼ながら“うさん臭い”印象を拭えない」「(お相手とされる)本人に(真相を)尋ねると直ちに『事実でない』と否定されることが分かっている……からこそ、ジャーナリズムとしては当然の手法である当事者への取材をあえて行わないのではないか」などと。

その後、この件については、宮内庁の西村長官自身が部下に詳しく調査させた上で、「嘘」と断定したようだ(『文藝春秋』令和5年[2023年]9月号)。

こうした“嘘”は、これまで他にも多くあったし、残念ながらこれからも繰り返されるだろう。

悠仁さまを取り巻く現実

悠仁殿下は、そうした真偽入り乱れた秋篠宮家バッシングの渦中に、思春期を過ごされつつある。それも、ご自身がスマートフォンやパソコンで、ご一家やご自身を攻撃するさまざまな情報・言説に直接、触れられる環境にある。

のみならず、悠仁殿下の学校での同級生やその保護者、先生方も当然、同じくそのような情報・言説をたやすく見聞きできる。その事実も、もちろん悠仁殿下ご自身はとっくにご存じのはずだ。

これは、まだ17歳になられたばかりのお若い悠仁殿下にとって、かなりお辛い現実ではあるまいか。

佳子さま一人暮しの背景

さらに、眞子さまのご結婚をめぐる経緯に関わって、見逃せない事実がある。それは、悠仁殿下が大好きだったお姉さま方と、同じく尊敬すべきご両親との間に、齟齬が生まれたらしいことだ。

秋篠宮殿下と眞子さまは以前、とても仲の良い父娘でいらした。しかし、ご婚約内定への逆風の中で、秋篠宮殿下はご自身が皇嗣こうしであり、筆頭宮家の当主でもあられるという公的なお立場を優先された。先に述べたように、眞子さまのご結婚にともなう儀式をすべて行わないという、苦渋の決断を下されたのだ。

一方、佳子内親王殿下は終始、お姉さまの眞子さまに寄り添う姿勢を続けておられる。眞子さまのご結婚当日(令和3年[2021年]10月26日)に、当時、秋篠宮家の皆さまが住んでおられた御仮寓所ごかぐうしょの玄関で、佳子殿下から眞子さまに近づいて抱擁された。あの時の印象的なお姿は、ご自身のお気持ちをストレートに表現されたものだった。

そこに、ある種の“溝”が生まれてもやむを得ないだろう。佳子殿下が改修の終わった秋篠宮邸に移られず、分室でお一人暮しを続けておられる背景には、そうした事情も透けて見える。

それは単純に、どちらか一方だけが正しいとか間違っている、という話ではない。

しかし、このことは悠仁殿下のお心に浅くない傷を残す結果になっているのではあるまいか。あるいは、それは外部からのバッシング以上にお辛いことなのかもしれない。

次の天皇は悠仁さまになるのか

悠仁殿下は、現在の「男系男子」限定という皇位継承のルールを前提とすれば、継承順位が第2位(次の次の天皇)というお立場だ。しかし、これまで繰り返し指摘してきたように、現時点で継承順位が第1位とされている秋篠宮殿下は、天皇陛下よりご年齢がわずか5歳お若いだけ。だから、陛下がご高齢によって退位される頃には、同じくご高齢になっておられる。

そうであれば、不測の出来事でも起こらないかぎり、秋篠宮殿下が実際に即位されることは考えにくい。

特別な事情があれば、皇室典範第3条の規定によって皇位継承の順序は変更可能。なので、今のルールが維持された場合、天皇陛下の次に直ちに悠仁殿下が即位されるという展開もありえる。

しかしそのケースでは、父親の秋篠宮殿下は天皇を経験しておられない。そうすると、悠仁殿下が「天皇」のお務めやお立場について、身近に実感的な理解を得られることは至難だろう。

二重橋
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※写真はイメージです

いきなり祭祀の“中心”に

皇室にとって大切な意味を持つ祭祀さいしについても、やや困ったことになる。

しきたりとして、祭祀において天皇・皇后と皇太子・同妃(および傍系の皇嗣・同妃)だけが神聖な宮中三殿の殿内にお入りになる(もちろん、ご健康面などでの支障があれば別)。それ以外の皇族は庭上でのご拝礼にとどまる。

上記の経緯で悠仁殿下が即位されるとしたら、それまで三殿内に入ったことがなく、殿内での天皇のご作法もご覧になったことがないまま、いきなり天皇として祭祀の“中心”に立たれることになる。その場合、祭祀の継承について、失礼ながらいささか戸惑われるかもしれない。

悠仁さまお一人の皇室になる可能性も

それら以上に深刻な問題がある。それは、現在の皇位継承ルールがそのまま維持された場合、将来、皇室に悠仁殿下たったお一人だけが残られる結果になりかねないことだ。

今のルールでは、内親王・女王およびそのお子様方(男女を問わず)には皇位継承資格が認められていない。このルールが維持されているかぎり(有識者会議の報告書などで、ご結婚後もご本人が皇族の身分だけを保持されるといった、中途半端な提案がなされても)、それらの方々がご結婚後も皇室にとどまられる理由はないし、「皇族」という自由も権利も大幅に制約されるお立場に縛りつけられ続けなければならない合理的な根拠も見つけられない。

そうすると当然、内親王・女王方はご結婚とともに皇室から離れられることになる。もし未婚のまま皇室にとどまられても、やがて歳月とともにそれぞれの宮家はなくなっていく。

その先にあるのは、悠仁殿下“お一人だけ”の皇室だ。

もちろん、悠仁殿下がご結婚されれば、ほかに妃殿下がおられることになる。しかし、いずれ皇室のすべてのご公務と責任がたったお一人の悠仁殿下に集中する厳しい局面があらかじめ予想できるのに、ご結婚を決断できる国民女性がスムーズに現れるだろうか。

しかも、その女性は必ず1人以上の男子を生むことを、強く期待される。そうしないと皇室そのものが終焉しゅうえんを迎えてしまうという、想像を絶した重圧に直面することになる。それがあらかじめ分かりきっている場合、ご結婚のハードルはこれまで以上にとてつもなく高いものになってしまわないだろうか。

旧時代的なルールの変更を

一夫一婦制の下で明治以来の「男系男子」限定というミスマッチなルールを維持することは、悠仁殿下にあまりにも苛酷なご生涯を強制することを意味するのではないか。

それを避けるためには、どうすればよいのか。

国会で皇室典範を改正し、これまでの男系男子限定という旧時代的なルールを見直す以外に方法はない。それが実現すると、直系優先の原則によって、天皇陛下のお気持ちとなさりようを最も身近に受け止めてこられた敬宮殿下が、次の天皇として即位されることになる。

さらに皇室にいくつかの宮家が残る可能性も生まれる。

国会の責任は重大だ。