結局、ジャニーズ事務所の隠蔽体質は変わっていないのではないか。2023年9月7日に行われた記者会見の内容について、ジャーナリストの柴田優呼さんは「ジュリー藤島氏ら事務所が行ったのはタレント2人を矢面に立たせること。それはジャニー喜多川前社長の性加害について明らかにするべきことを隠蔽するのと、表裏一体の仕掛けだった。そこに彼女たちのタレントに対する考え方が透けて見える」という――。
記者会見するジャニーズ事務所の(右から)藤島ジュリー景子氏、東山紀之氏、井ノ原快彦氏=2023年9月7日、東京都千代田区
写真=時事通信フォト
記者会見するジャニーズ事務所の(右から)藤島ジュリー景子氏、東山紀之氏、井ノ原快彦氏=2023年9月7日、東京都千代田区

「解体的な再建」をせず、芸能人パワーで目をそらせようとした

ジャニーズ事務所の隠蔽いんぺい体質と同族経営解消。

これが再発防止特別チームの調査報告書が求めた「解体的出直し」の核にあったはずだった。だが7日に開いた記者会見でジャニーズ事務所は、この2つとも徹底的に無視した。被害者の心のケアの大切さについては、ほとんど理解していないことも明らかになった。目玉は大物タレント2人の登場だったが、「タレントを使って実質ゼロ回答から目をそらせようとした」というのが、この会見の本質だった。

きっかけとなったBBCのドキュメンタリー番組『J-POPの捕食者:秘められたスキャンダル』が世界で公開されてから、ジャニーズ事務所はずっと記者会見から逃げ回ってきた。それから半年。やっと開いた会見で、事務所が行ったのはタレント2人を矢面に立たせること。それは本来明らかにするべきことを隠蔽するのと、表裏一体の仕掛けとなっていた。

タレント2人は、新しく代表取締役社長に就任した東山紀之氏と、ジャニーズアイランド代表取締役社長の井ノ原快彦氏。ジャニー喜多川氏が長年児童性虐待を重ねてきた間、組織の運営に携わってきたわけでは、もちろんない。彼らがしてきたのはタレント活動だ。当時のガバナンスの状況について、具体的に答えられるはずがない。

内実を知っているのはジュリー前社長と白波瀬前副社長

矢面に立った2人の陰に隠れたのは、第一に、前代表取締役社長の藤島ジュリー景子氏。1998年から取締役でもあり、経営責任をずっと担っていながら、メインで答える役割を東山氏と交代、サブ役に収まった。

第二に、前代表取締役副社長の白波瀬傑氏。長年の性加害をどのように隠蔽してきたか、どのようにメディア・コントロールを行ってきたか。そうした状況について話せる要の人物であるのに、引責辞任を理由に、雲隠れ。

前代未聞の児童大量性虐待を何十年も隠蔽してきたジャニーズ事務所が、どう真摯しんしに自らと向き合う姿勢を見せるか。それが会見のポイントだった。

だが冒頭、東山氏とジュリー氏が性加害の事実を認めて謝罪、被害者に補償するという方針を短く伝えた以外は、何の説明もないまま、延々と4時間も質問に答える展開となった。

矢面に立たされたタレント2人が語ったのは、具体的な事実関係ではなく、自分の考えと決意。経営者というより、壇上で取材に答えるタレントの姿のまま。「夢をあきらめて社長になった僕」や「手作りの団扇で応援してくれるファン」の話をする東山氏や井ノ原氏に対して、どうして私たちは今こんな内容の話を聞いているのか、不思議に思った人は少なくないはずだ。

4時間続いた会見も中身がなく、タレント価値を損なった

さらなる事実認定をどう行うか、ガバナンスをどう変えるか、被害者にどう補償していくか、など本来語られるべき話ではなく、中身のない回答の羅列が続いた。その結果起きたのは、まるでこの2人まで中身がないように映ってしまったことだ。結局、ジャニーズが売ってきたものとは何だったのだろう。それは、こんな上っ面なものだったのだろうか。時間がたつうち、そんなことまで連想させられることになった。

つまりこの会見がもたらしたのは、タレントの価値の毀損きそんだ。タレントこそ、ジャニーズ事務所の一番のアセットのはずだった。ジャニーズの新しい顔として登場した2人に、こんな無理な役割を無理な設定で演じさせてよかったのだろうか。

いくら演じようとも、東山氏に経営の経験はなく、ガバナンスやコンプライアンスの知識も不足していることは明らかだった。これはドラマの起用ではないのだ。

記者会見するジャニーズ事務所の東山紀之氏=2023年9月7日、東京都千代田区
写真=時事通信フォト
記者会見するジャニーズ事務所の東山紀之氏=2023年9月7日、東京都千代田区

再出発するジャニーズ事務所にとって、より深刻だったのは、この会見で東山氏自身の性加害疑惑が焦点になったことだ。早速BBCをはじめ、世界中でこの疑惑が報じられた。

前例のない数の児童性虐待を、元社長が重ねていたことで起きた交代劇。新社長が、その企業体質やカルチャーを改革するだけの資質があるか、問われるのは当然だろう。

東山新社長に性加害疑惑があることをかえって知らしめた

ただ、東山氏に性加害疑惑があることを、これまで知らなかった人も多かっただろう。新社長として会見に出なければ、ここまで追及されて国際ニュースになることはなかったはずだ。タレントとしての東山氏は、海外ではあまり知られていない。このため東山氏個人というよりジャニーズタレント全体が、性加害疑惑とも結びついてしまった。国内向けにとどまらず、海外向けのタレントの価値まで毀損したのである。

事務所やジュリー氏がこのリスクを意識していたかどうかはわからないが、彼らにとってそれよりはるかに重要だったのは、旧経営陣を表から隠すことだったのは確かだ。そしてそのためにタレントを矢面に立てることを躊躇しなかった。そこに彼らのタレントに対する考え方が透けて見える。

性加害疑惑のある東山氏を社長にしたこと自体、適切でなかったという見方もある。だがそもそも東山氏は、ジャニー喜多川氏の性加害の被害者となっていた可能性のある立場だ。性被害者だった可能性のあるグループの中から選んで、性加害者の責任を取らせるのは、筋が通らない。

本来はジュリー前社長が東山&井ノ原両氏を守るべきだった

記者会見ではさらに、東山氏が性加害を受けていたか問う質問も出た。東山氏は否定したが、公の場でそれを語ることを強いられた。性被害者の間では、この様子を見てショックを受けたという声も、SNSなどで上がった。

記者側がこうした質問をすることに、細心の注意を払うべきであることは言うまでもない。相手の尊厳を侵さないよう、その心情について想像力を働かせること、相手を「人」として扱うことが欠かせない。こうした十分な配慮をすることは、一対一の取材なら、まだ容易だ。だが被害者からすると、全てのメディアに一対一の対応をするわけにはいかない。いきおい会見での対応となる。性被害者や、性被害を受けた可能性のある人が会見に臨む場合の取材のありようについて、もっと社会全体で議論を深めるべきだろう。

ただ今回の場合、事務所が事前に、個人を特定しない形で所属タレントの調査を行い、その結果を会見で明らかにしていたら、話は違ったはずだ。そのようにして事務所は、東山氏や井ノ原氏が、直接質問に答えなくていいよう守るべきだったのではないだろうか。被害者である可能性のある者を、組織の責任の追及を受ける立場に立たせる、というねじれた状況を作り出していなければ、元々こんな状況は生まれなかったのだ。会見どころか通常の取材まで拒否し続け、この場以外に何も聞く機会がない形にしてきたのも、事務所の責任だ。

【図表】ジャニーズ事務所の経営と性加害問題をめぐる年表
出典=ジャニーズ事務所・外部専門家による再発防止特別チーム「調査報告書(公表版)」(2023年8月29日)より編集部作成

タレントに「一丸となること」を強いてはいないか

再発防止特別チームの調査でも、所属タレントのヒアリングはほとんど行われていない。ジャニー喜多川氏の性加害の全貌は不透明なままだ。

だが事務所とジュリー氏は誠実に対応するどころか、さらなる事実解明の責任から逃げた。タレントの東山氏を矢面に立たせることで、対外的には隠蔽を図り、内部的には、所属タレントが自由に発言できない空気を作りだした。

東山氏は「イメージを払拭できるほど、皆が一丸となって頑張っていくべき」と会見で話していた。もし所属タレントの中に、ジャニー喜多川氏の性加害を受けていたが、それを言い出せないまま一丸となることを求められているケースがあるなら、人権侵害に当たるのではないだろうか。そこまでしてタレントに、事務所と一体になって協力するよう求める体質こそ、ジャニーズ事務所が脱却しなければならないもののはずだ。

ジュリー氏が取締役のままではタレントは言い出せない

ジャニーズ事務所が、性被害者の心理や症状、ケアの必要性をよく理解していないのは明らかだ。被害者が「ジャニーズ」という社名を聞くだけでフラッシュバックが起こる、と話しているのに、変更する気がないことからもわかる。BBCの報道以後のタレントとの関わりについて聞かれた時も、ジュリー氏はタレントをケアした話ではなく、自分がタレントにケアされて嬉しかったという話を、当然のように披露した。

「心のケア相談窓口」を設置したと5月に発表したが、会見ではその業務内容の説明もなく、実体のある活動をしているかも不明だ。心のケアの経験も実績も、あまりあるようには見えないジュリー氏が、今後タレントの心のケアを担当していくのは、疑問である。

記者会見するジャニーズ事務所の藤島ジュリー景子氏=2023年9月7日、東京都千代田区
写真=時事通信フォト
記者会見するジャニーズ事務所の藤島ジュリー景子氏=2023年9月7日、東京都千代田区

代表取締役で全株を保有する前社長のジュリー氏が担当するのでは、タレントが安心して自由に話せる環境とは、ほど遠い。逆に、事務所にとって都合の悪い話が出てこないよう、タレントの発言をコントロールする結果になってしまう恐れもある。とりわけ、事務所にとってダメージの大きい、タレント自身による告発を抑止する形にはならないだろうか。

本来、時効はあっても、警察や国会の特別調査委員会などの公的機関が、事件の全貌を調査すべきだと思うが、ジャニーズ事務所は、自らが知り得たことも公表する義務がある。もしタレントから、性被害に遭ったという話を聞いたら、個人が特定されない形で、数や大まかな状況を公表すべきだ。万が一、社員やタレントの中に性加害者がいた場合は、刑事責任の有無は別にして、公表しないのはさらなる隠蔽につながる。

突然「1年間タレントに100%報酬が行くようにする」と発表

以上の点を鑑みると、タレントの心のケアの担当はジュリー氏ではなく、再発防止特別チームのように、事務所とは全く関係のない第三者機関に全面委託するのが妥当だ。

そしてタレントの将来のためだけでなく、こうした心のケアの観点からも、移籍や他社との合流などの形で、タレントをジャニーズ事務所から、はっきりと切り離すことが必要だ。

ビジネスと人権の観点から見た場合、このような組織と取引を続けるのは、リスクが大きすぎる。日産、東京海上日動火災、アサヒグループホールディングスなど、ジャニーズ事務所との取引を見直すスポンサー企業が続出しているのも当然だろう。タレントの価値は既に、国内的にも国際的にも毀損されてしまった。

ジャニーズ事務所は9月13日、突然、今後1年、タレントに広告や番組の出演料を全額渡し、事務所は報酬を受け取らない、と発表した。こうした措置が可能だったなら、なぜ1週間前の会見で言わなかったのだろう。できるだけ損失を最小限に抑えたいという計算がほの見えて、企業としてのインテグリティ(誠実さ)がますます問われてしまう。

報酬返上で、タレントをつなぎ留めようという狙いがあるのだとしたら、逆に、移籍や退所をしても、妨害行為をすることはないので、安心して自由に決めてほしい、と伝えるべきだ。

必要なのはジュリー氏を経営から切り離す再建プラン

調査報告書が求めていた同族経営の解消も、ゼロ回答だった。ジュリー氏が代表取締役のまま、全株持ち続けているからだ。新社長の適任者が外部には見つからなかったと言うが、実権をほとんど与えないこの条件で、社長を引き受けようとする人はいないだろう。

ジュリー氏が全株を保有していた方が補償に都合がいい、というのは言い訳だ。再建に誠実に向き合うなら、それが他の誰かでもかまわなかったはずだ。国際的な観点からは特に、誰の目にもわかりやすいクリアな形に刷新しなければ、再出発はありえない。今回行うべきだったのは、ジュリー氏を経営から完全に切り離す意思とプランを、明確に示すことだった。

ジュリー氏ができることは、事務所が簡単に解散できるような被害者救済委員会の設置ではなく、補償に特化した基金を作り、被害者の補償に誠心誠意応じることだ。さらに、芸能界における性虐待の被害者救済のための基金を、私財の一部を供出して設立すれば、資金力がない芸能プロダクションに所属しているタレントも救済される道が開ける。それが業界全体に貢献し、彼女自身のレピュテーション(経営者の評判)を回復する方途の一つとなるのではないだろうか。