不妊治療の技術は今後どのように発展していくのだろうか。ジャーナリストの海老原嗣生さんは「すでに60歳の閉経後の女性が妊娠できる技術が存在する。また若年期の検診で自分の不妊確率を知り、早々に手を打ったりライフプランを考えたりする時代になっていくだろう」という――。
ベンチに座っておなかを触る妊婦
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不妊治療の歴史はまだたった40年――その間、技術は大きく進化を遂げ、その勢いは近年ますます増しています。今、夢のように思っていることが、10年後には当たり前になっている可能性も高いといえるでしょう。

その一端をここでお見せし、将来を考えていくことにします。

精子が作れない男性でも子どもを持てる

女性の不妊症治療の話ばかりをしてきたので、男性側にも目を向けてみましょう。実際、不妊の原因は、3分の1が女性にのみ責任があり、3分の1が男性にのみ責任があり、残りの3分の1は両方に責任があると言われています。男性側の不妊症はかなり大きな問題なのです。

男性の不妊症の多くは、精子の運動能力が弱い、精子の数が少ない、精子の形がおかしいなど、精子の問題といえます。このうち、数が少ない、運動能力が弱いなどの問題については、顕微授精(ICSI)で精子を卵子に打ち込むことにより、その多くが解決できました。

ただ、症状が重く「精子が見つからない」という患者もいます。その場合は、精巣内に存在する精子を回収することで、人工授精を可能にする方法が編み出されました。

これらの施術で非常に多くの男性不妊が解消されたのですが、中には、精巣内にも精子が見つからないという重症な患者もいます。こうした場合は、精巣内に存在する精子になる前の細胞=前期精子細胞(円形精子細胞)を摘出し、それを培養して精子に育てる方法が、世界各国で研究されてきました。この方法に、セントマザー産婦人科医院が成功し、実績を積み上げています。

セントマザー産婦人科医院 田中温院長
セントマザー産婦人科医院 田中温院長(写真=本人提供)

ここまで重症な男性不妊患者は、1000人に3人と言われています。彼らも、自分の子どもが作れる可能性が高まっているのです。同医院では30年近くこの治療法を行い、500人以上が誕生しています。

臨床成績をさらに向上させようと取り組んできましたが、長らく成果はありませんでした。ところが数年前にその原因がわかりました。田中院長は解説します。

「円形精子細胞の核タンパクと精子の核タンパクは違うことがわかりました。この違いにより遺伝子発現が変化し成績が向上しなかったのです。現在は遺伝子発現を正常にする薬が見つかり、動物実験ではほぼ正常の精子と同様になるという報告が出ています。私たちも動物実験を行っていますが、この薬はゲノム編集の観点から臨床応用には使えません。現在、基礎研究の申請を厚労省に出しており、認められれば基礎実験を行い、臨床応用への道に繋げていきたい考えです」

卵子を若返らせる技術

卵子の若返りについても、セントマザー産婦人科医院が2009年に実験レベルで成功をしています。ただ、こちらは卵子全体を若返らせるわけではありません。

卵子のうちの、遺伝的要素の大部分を決める卵核とその周辺部をうまく切り取り、それを、別人の若い卵子に移植する、という形で、卵核とその周辺部以外を若返らせる、という方法です。これを、細胞質置換と呼びます。

こちらは実験には成功しているのですが、ゲノム編集にあたるため、臨床応用は認められていません。セントマザー産婦人科医院の田中院長は「現時点ではミトコンドリア病の症例のみに臨床応用が認められ、老化卵子に対しては認められていませんが、将来的には可能性があるかもしれません」と言います。

閉経後でも妊娠はできる

順天堂大学大学院医学研究科産婦人科教授で医師の河村和弘さんは、2013年、聖マリアンナ医科大学病院の生殖医療センターに在籍していた際、閉経後の女性の妊娠~出産を成功に導きました。

順天堂大学大学院医学研究科産婦人科 河村和弘教授
順天堂大学大学院医学研究科産婦人科 河村和弘教授(写真=本人提供)

閉経後であっても、卵巣には、卵子になるはずだった原始卵胞というものが、まだかなり残っているのです。その細胞を活性化させることで、再び成熟卵子を作り、体外受精により妊娠、というのがその手順となります。

「その患者さんは、30代にもかかわらず月経が終わるという早発閉経の方でしたが、50歳頃で生理が止まる一般的な閉経でも、同じ手法で妊娠に導くことは可能です。閉経直後であれば、原始卵胞はまだ1000個近く残っている人が多いのです。それが、だんだんと体に吸収され、ある程度の期間でゼロとなってしまう。その前の、閉経後比較的早い時期であれば、かなり確率が高く、この方法は使えるはずです」

理論上は60歳での妊娠が可能

先生の手がけた症例数から見ると、原始卵胞がしっかり残っているケースでは5割が採卵に成功しているそうです。河村先生に詳しく聞いてみました。

「この方法は、卵巣の中の原始卵胞に刺激を与えて、成熟した卵子へと成長するように活性化したあと、小さな断片にした卵巣を卵管の漿膜しょうまくという薄い膜と卵管の隙間または残っている卵巣に移植して一度戻します。そのあと成熟卵子まで発育させるのは卵管と残っている卵巣なのですね。だから、そこに問題があるとうまく育たないケースが出てしまいます」

――ということは、高齢で卵管も弱っている場合は難しいのでしょうか。

「いいえ。卵管や子宮は女性ホルモン=エストロゲンを適量、与えれば機能します。閉経後で一度活動を終えた卵管や子宮でも、また機能し始めます」

――だとすると、閉経直後に卵巣をきちんと保存しておけば、あとになって、たとえば、60歳でもこの方法で子どもが作れるということですか。

「理論的にはそうでしょうね。ただ、移植した卵巣から採卵を行い、体外受精をします。卵子の老化により体外受精から出産に至る確率はご存知のとおり加齢で下がっていきますので、当然、出産できる確率は下がります。また、妊娠に関係する深刻な合併症も高齢の方では起こりやすくなります。そしてもうひとつは、60歳で出産して本当に幸せか、たとえば、その子の成長を見守れるか、などの問題が残りますが」

高齢出産と障害の問題をどう考えるか

これまでの本連載で、40代前半でも出産できる確率は言われている以上に高いということは、お分かりいただけたと思います。ただ、それでも残るのは、産まれてくる子どもに障害が発生する確率が加齢とともに高くなるという不安です。

この点に関しては、正直、生命倫理的に「正解」と言える示唆はできませんが、現時点でできうる対処法について、以下書かせていただきます。

産まれてくる子どもに障害があるかどうか、事前に調べるには、大きくわけて2つの方法があります。それが、着床前診断(PGT)と出生前診断(NIPT)です。似た言葉なので混同しがちですが、この二つは大きく異なり、受診者の心の負担もかなり違います。

まずは、旧来から行われている出生前診断(FISH法)について、説明をいたします。

出生前診断はその名の通り、出産する前の子宮に宿る赤ちゃんについて行う診断となります。従来は子宮内の羊水を採取して検査を行っていました。この方法には様々な問題があります。

まず、検査時期が最早でも妊娠15週からになること。そして検査に3週間ほどの時間がかかること。合わせると、診断結果を知るのは妊娠18週以降となってしまうのです。

そして、かつての手法(FISH法)は、その精度にも問題がありました。また、羊水採取時に受診者は痛みを感じることもあり、同時に、まれに流産に至ることもあったのです。

こうしたことから、昔は高齢出産でも羊水検査を受けないという人が多かったものです。

採血で診断が可能なNIPTが主流

対して、現在主流のNIPTでは通常の血液検査と同様に、母親から採血することで診断が可能です。そのため、羊水採取のような痛みや、流産の可能性もありません。しかも感度(異常の有無を探知する)・特異度(正常かどうかを探知する)ともに非常に高い数値を出しています(※1)

そして、最早で妊娠6週目から受診ができ、診断結果も早ければ1週間で出ます。

検査をして分かる主な染色体疾患は21トリソミー(ダウン症候群)、18トリソミー(エドワーズ症候群)、13トリソミー(パトー症候群)ですが、最近の新しいNIPTではこれらの染色体疾患に加えて全ての常染色体を調べたり、微小欠失症候群など、これまで調べることができなかった染色体疾患を確かめることができるようになりました。

つまり、現在は妊娠初期にNIPTで診断を受け、陽性の場合、確定検査(マイクロアレイ法)を行い、障害の有無を把握することは可能といえます。

しかし、ここから先の選択は、妊娠したカップルの判断に任されることになるでしょう。

ちなみに、障害が明らかになった人のうち、妊娠継続した割合は3.4%でした(※2)

40歳で妊娠した場合の障害発生割合は、ダウン症に限っても94人に一人、45歳では24人に一人となります(※3)

圧倒的多数の人は、診断結果に胸を撫でおろすでしょうが、40歳なら94人に一人、45歳なら24人に一人の割合で、苦渋の選択に直面することがあるということです。

40歳前半で出産を考える場合、こうした厳しい現実があることを知り、そして、その時どうするか、まで慎重に考えておく必要があると言えるでしょう。

※1 出生前検査認証制度等運営委員会の追跡調査によると、ダウン症で陽性反応が出た場合の的中率は97.3%(羊水マイクロアレイ法で確定検査を行い、2.7%がダウン症ではなかったとわかる→確定検査後、妊娠継続)となっています。
※2 出生前検査認証制度等運営委員会の追跡調査による。ただし、妊娠継続希望者ははなからこの検査を受けないため、検査後の妊娠継続率は実体以上に低くなっているとも思われる。
※3 梶井正(元山口大学小児科教授)[2011年3月31日]。13トリソミー、18トリソミーは合わせてダウン症の3分の1程度の発生率となる。

流産を劇的に減らす方法

着床前診断は、名前が似ているので誤解されそうですが、出生前診断とはまったく異なります。着床前診断は、体外受精した受精卵に遺伝子検査を行い、問題の少ないものを子宮に戻す施術です。これにより、流産や障害の発生が抑えられるようになるというものです。

妊娠とは、受精卵が子宮に着床した段階から始まるもので、その前の受精卵は正確に言うとまだ「命の誕生」とは言えません。こうした段階で行われる施術のため、患者の精神的ストレスも非常に少ないと言えるでしょう。

もともとこの手法は、障害の発生を抑える目的ではなく、流産を減らすために考案されました。欧米での歴史は30年近くにもなります。

そもそも、流産はその原因の8割程度が受精卵に問題があるために起こると言われています。卵に正常に育っていく力がなく、途中でコースアウトしてしまうのです。

そこで、受精卵の段階でそれを調べて、流産してしまう卵子を子宮に戻さないように、着床前診断が行われています。とりわけ、40歳を超えると流産の確率は高まるので、この施術は欧米各国で取り入れられています。

着床前診断への異論

着床前診断はアメリカやタイでは早くから導入されていました。2010年頃にはイギリスとドイツでも認可され、それ以前と比べると、40代の出生率が50%近くも上昇した、というデータもあります。

高齢で不妊治療をする女性にとって、大きな味方となってくれる可能性が高いといえるでしょう。

ただし、この診断・処置についても、異論はあります。

たとえば、受精卵といえどもひとつの命である、という意見。

また、受精卵に手を加えて診断を施すために、安全性が確保できないのではないか、という意見。

そして、「命の選別」という問題――流産確率が高いと診断された受精卵でも、実際には出産まで進めるケースも少数はあるのです。ただ、そうした場合、生後まもなく命を終えることが多く、成長できた時でも、ダウン症などの障害が残ります。とすると、この処置により受精卵を選別することは、すなわち「短命者」や「障害児」の生きる権利を侵害していることになるというのが、反対の趣旨です。

遺伝子工学の概念
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力強い援軍が加わった

一方で、体外受精では複数の卵子に施術を行い、受精した卵子のうち、どれを子宮に戻すのかが、現状は医師の勘に任されています。その際に、子宮に戻されず廃棄される受精卵が今でも普通にあるわけです。とすれば、勘ではなく、科学的に最善を尽くすだけだ、という考え方もあります。

こうした両論があるため、日本では、着床前診断について、長らく論議が続いてまいりました。

それがようやく、2016年2月に大規模臨床試験が始まりました。その後2022年、日本産科婦人科学会は対象範囲を広げて運用することを発表しました。

前述したように、イギリスやドイツでは、着床前診断が認められて数年で、40代の出生率が一気に倍増しました。倫理的な面での議論は残りますが、不妊に悩む女性にとっては、心強い援軍に他ならないでしょう。

卵子の検査で流産を予測する研究

さて、不妊治療の明日はどうなっていくのでしょうか。そのヒントとなるような、最先端の研究成果にも触れておきます。

着床前診断についてより良い方法がお目見えしています。それは、受精する前の卵子の状態で流産や遺伝子レベルの病気について、その発生が予測できる、というもの。ハーバード大と北京大の共同研究として、2013年に発表されました。こちらであれば、まだ卵子であり、「生命」以前の段階のため、心理的・倫理的障壁は低くなるでしょう。さらに、着床前診断のように受精卵に穴を開けてその中身を取り出して検査するわけでもありません。受精卵とペアで卵巣に育つ極体(じきに体に吸収される)を採取して診断します。つまり、卵へのダメージもほとんどないのです。こうした処方が普及すれば、障害や流産の問題もかなりの部分が解決することになるでしょう。

卵子の検査のイメージ
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若年期の検診で自分の不妊確率を知り、手を打つ時代へ

この進化形で、スタンフォード大学から2015年4月には、卵子ではなく母親の遺伝子診断で、流産確率が高いかどうか、がわかるという研究まで発表されています。こちらは、PLK4という遺伝子が存在すると、流産確率が著しく高くなる、というものです。ただ、PLK4を持つ母親は全てが流産するわけではなく、この遺伝子を受け継がない卵子は正常に出産できるといいます。ということは、自己希望の検診で母体にPLK4遺伝子が見つかった場合、卵子診断を実施し、PLK4を受け継がないものを受精させる、という方法で、流産は相当減らすことができるでしょう。

同様に、男性の不妊の主因となっている精子形成障害についても、その原因となる遺伝子が同定されるようになってきました。その代表がY染色体に存在するAZF(Azoospermia factor)遺伝子です。こちらも廉価な検査法の確立が望まれます。

こうして、男女ともに若年期に(自己希望による)検診にて自分の不妊確率を知り、早期に手を打つことができるようになっていくでしょう。

遺伝子検査
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卵原幹細胞の存在

障害の問題も、医療の発展で、予防や治療ができる可能性があります。生命科学の領域では、遺伝子の持つ機能のスイッチをオフにする研究が進められています。障害が発現しないようにすることも、近い将来、可能性が高くなるでしょう。

最後に、究極の話をしておきます。まったくフレッシュな卵子を作ることも可能になりつつあるのです。卵巣の中には、原始卵胞になる前の「卵原細胞」といわれるものが存在すると言われてきました。その卵原幹細胞がどうやら見つかりつつあるのです。こちらもハーバード大などから情報が寄せられています。ちなみに、幹細胞は、失われた細胞を再び生み出して補充する能力を持った細胞です。もし、この手法が確立されると、それこそ、全くのフレッシュな卵子が何歳でも作れることになっていく――。

明日はそれが普通になっていく

科学は私たちの想像を超えるスピードで進化し、過去の常識を覆してきました。だから、子どもが欲しい女性が、悩まずにすむ日も、近い将来訪れる可能性は高いでしょう。ただし、妊娠と出産に関する技術は、生命倫理=神の領域に足を踏み入れるために、ことは慎重に進めねばなりません。

歴史を振り返れば、ピル、人工中絶、出生前診断や体外受精、人工授精。みな、慎重に議論を重ねてルールが作られ、今では普通に、そうした技術と私たちは付き合っています。

40年でここまで来れたのです。これから先も必ず、ゆっくり着実に進歩をするでしょう。

上を向いて歩こう

世間では「子どもは早いうちに産むに越したことはない」といいます。それは確かに間違いではないことでしょう。

ただ、その風潮が強すぎて、今の女性は窮屈な生き方をしています。

男性とめぐり合う機会などなく30歳になってしまう女性は少なくありません。30歳を過ぎて不幸な別れをしてしまうこともあるでしょう。そうして独身で35歳を迎えた女性の多くは、心のどこかに「不安」や「焦り」や「自責」の気持ちを抱えているのではないでしょうか。

これでは人生で一番大切ともいえる30代が、とても重苦しくなってしまいます。そんな彼女たちに、伝えたいのです。

世に言われるほど、40歳って可能性がないわけじゃありません。そして、近い将来そのチャンスはもっともっと広がります。

これからの皆さんには、ぜひ、上を向いて歩いてほしいところです。

腕を広げて歩く女性
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