性加害者の名前を冠した社名はそのまま、社長は取締役留任、新社長はタレント。ジャニーズ事務所が9月7日に行った記者会見の内容に批判が殺到している。しかし、ジャニーズ性加害問題当事者の会代表の平本淳也さんは「むしろホッとした。東山新社長とは同期で人柄がよく分かっているし、何よりも大事な被害者への補償を考えると、ジュリーさんが留まって補償を担当してくれるのは歓迎だ」という――。

ジャニーズ事務所の会見は前向きに評価している

このところメールの通知が止まらない。8月29日にジャニーズ事務所・外部専門家による再発防止特別チームの調査報告書が出てから、私が代表を務める「ジャニーズ性加害問題当事者の会」に寄せられるメッセージはどっと増えた。報告書では私たち、元所属タレントへの性加害がきっちりと認定され、ジャニーさん(ジャニー喜多川)が性嗜好異常であったと発表された。きっと、こっちに勝ち目があると思った人が多かったんだろう。9月7日にジャニーズ事務所が会見を開いた後はもっと増えている。

「自分もジャニー喜多川から性加害された」という告白はもちろん、私たちが性被害当事者の会を作り、顔を出して告白しているので、事務所とは関係のないところで今、性被害に遭っているという女性からのメールもあって心が痛む。でも、同時に「死ね」「今さら訴えるな」「金目当てか」というような誹謗ひぼう中傷もたくさん来ている。

ジャニーズ性加害問題当事者の会代表 平本淳也さん
撮影=阿部岳人
ジャニーズ性加害問題当事者の会代表 平本淳也さん

だから、事務所の会見で東山紀之新社長が「被害者の方々への誹謗中傷は今後やめていただきたい」と言ってくれたことはよかった。新聞やテレビはそこを紹介してくれていないけれど、もっと報道してほしいね。さっき勝ち負けと言ったように、どうしても「ジャニーズ事務所VS(バーサス)当事者の会」という対立構造で報じられてしまうけれど、少なくとも私は攻撃的に主張しているつもりはない。

どうしても「事務所VS被害者」という構図で語られるが…

ずっと「願わくば穏便に、平和的に」という思いで、性加害認定と謝罪と救済を訴えてきた。事務所にも、平和的に話し合って解決しましょうと呼びかけてきた。一応、今回の会見で、私たちがマストで求めてきた3点「認める。謝る。救済を保証する」ということは宣言してもらえたから、そこは評価している。でも、最初にジャニーさんの性加害のことを書いた本(『ジャニーズのすべて 少年愛の館』)を出したのが27年前だから、「その解決をここまで長引かせたのはどうしてだよ」という気持ちも正直あるね。

私は1966年生まれで、東山新社長、藤島ジュリー景子前社長とは同い年。1980年代前半、13歳から18歳の頃にジャニーズJr.として合宿所に出入りしていた。東山新社長とはほぼ同期だね。だから、彼のことはよく知っている。良く言えば、ハングリー精神があって野心的。だから、今回も社長を引き受けたんだろうけれど、本に書いたように、あの頃、合宿所でどんなことがあったか、同世代の少年たちがどんな被害に遭っていたかというのは、当然、合宿所に住んでいた彼も知っているわけだ。

東山新社長に「知っていた」と認めてほしかった

でも、会見では東山新社長は「(ジャニー喜多川の性加害を)知りませんでした。噂で聞いたことしかない」で通していた。こっちとしては苦笑いするしかないよね。「さすが役者だな」と……。

ジャニーズ事務所の記者会見を生中継で見守る「ジャニーズ性加害問題当事者の会」の平本淳也代表ら=9月7日、東京都千代田区
撮影=プレジデントオンライン編集部
ジャニーズ事務所の記者会見を生中継で見守る「ジャニーズ性加害問題当事者の会」の平本淳也代表ら=9月7日、東京都千代田区
日本記者クラブで記者会見する「ジャニーズ性加害問題当事者の会」の平本淳也代表(中央)ら=9月7日、東京都千代田区(撮影=プレジデントオンライン編集部)
日本記者クラブで記者会見する「ジャニーズ性加害問題当事者の会」の平本淳也代表(中央)ら=9月7日、東京都千代田区(撮影=プレジデントオンライン編集部)

第三者から見ればイメージの良い、みごとな演技をしていた。おそらく彼は、スターである自分が会見に出て「謝罪させていただきます。真摯しんしに向き合っていきます」と言えば、みんなが納得してくれると踏んでいたんだろう。最初の30分は完璧だったよね。でも、質疑応答に入って、記者やジャーナリストから何度も質問されているうちにボロが出ちゃった。自分の性加害についても突っ込まれて「したかもしれないし、していないかも」と言っていたからね。そこで否認しないだけ、えらいとも思ったけれど。

むしろ東山新社長が「ジャニーさんが性加害しているのは知っていた」ということだけでも正直に言ってくれたら拍手喝采したのに。他にも言えないことはあるだろうけれど、この際、膿は出し切ったほうがスッキリしたと思うよ。

だから、私が見るに、会見のシナリオを書いた人は東山新社長とジュリーさんに「『知らなかった』で押し通しましょう」と嘘をつかせたわけ。たしかに「知らない」で逃げられたらいいし、「知らない」というスタンスは最強だよね。でも、質疑応答に入ると、これまで長年、封じ込められていたメディアの不満が一気に爆発して、忖度そんたくなしの質問が殺到し、そのシナリオが崩れちゃった。

ジャニーズが初めて忖度なしの会見に挑み、白旗を揚げた

そもそもジャニーズ事務所が社長の出る会見をやったこと自体が、芸能史上初めてだから、ジュリーさんたちは、会見を開いてあげるぐらいの気持ちだったんじゃないか。東山新社長にしたってこれまでドラマや映画の制作発表会見ぐらいしかやったことないし、お抱え記者しか相手にしたことがないわけだから、まさかあんなに叩かれるとは思わないよね。

「白旗を揚げたジャニーズ事務所をこれ以上叩くことはできない」と語る。(撮影=阿部岳人)
「白旗を揚げたジャニーズ事務所をこれ以上叩くことはできない」と語る。(撮影=阿部岳人)

私には、東山新社長もジュリー前社長も「性加害はありました。ごめんなさい!」と降参しているように見えた。現段階でそれ以上、叩くというのは、ちょっと人間としてできない。

被害者の立場、そして他の被害者をサポートする立場としては、2人がそろって「対話する」「補償する」と言ってくれたのには安心したし、顔も知らない外部の経営者がやってきてトップに立つよりは、知っている人間が対応してくれたほうがやりやすいよ。

交渉相手は知っている人のほうがやりやすいから歓迎する

ジュリーさんの進退についてもそうだよね。社長を辞任しても取締役のまま、株も100%保持したままということが批判されているけれど、彼女が「そのほうが補償の点でもやりやすい」と言ったことは本当だと思うよ。逆に、例えば誰かと株式を30%ずつ分割していちいち議決して……とやっていたら時間がかかってしまう。100%持っている人が「私財を投げ打ってでも迅速に補償する」と言ったわけだから、それについて文句はない。

補償についても、天下のジャニーズ事務所だから、納得いく金額にしてくれると期待している。その額が大きければ大きいほど、「性加害をしたらこれだけ払わなければいけないんだ」という世の中への抑止力にもなると思う。

こうやって補償について語ると、「金目当てか」とバッシングされるんだよね。でも、この資本主義社会で、民事事件でお金以外にどんな落としどころがあるというのか。私たちが今まで受けたインタビューや特別チームの報告書に詳しく書いてあるけれど、性加害を受けた人は心が傷つき、フラッシュバックに襲われたりうつ病になったりして、仕事や結婚ができなくなっている。それをお金以外の何で償えるのか、代わりがあったら教えてほしいぐらいだよ。

被害者救済のためにも事務所には稼ぎ続けてもらいたい

私たちが当事者の会を立ち上げて見積もった被害者の数はマックス数千人。ジャニーさんは2019年まで存命だったわけだから、今はまだ若すぎて被害を言い出せないという人もいるはず。これから10年、20年、もしかしたら50年後にも被害者が出てくることもありえる。70年前に被害を受けた服部吉次さん(78歳)のようにね。その全員に補償をしてもらうためには、ジャニーズ事務所には恒久的に稼ぎ続けてもらわなくてはならないわけ。

企業ガバナンスの観点からは、今回の会見は甘いと批判されているけれど、つまるところ、被害者救済につながらないと改革の意味はないと思う。

「被害者救済の問題は解決に今後何十年もかかる」と語る平本さん
撮影=阿部岳人
「被害者救済の問題は解決に今後何十年もかかる」と語る平本さん

世の中にはごく少数だけれど、なぜか被害者を叩きたい人がいる。私がBBCの番組「J-POPの捕食者:秘められたスキャンダル」(*1)に出たときに「僕そこまで被害に遭ってないんで。マッサージの延長ぐらい」と言ったのもバッシングされている。「それならなぜ被害を訴えているのか、当事者の会を作ったのか」と……。でも、取材に5年間協力して10時間ぐらいの取材を受け、番組に使われたのがそこだけだったんだよ。取材では「自分は被害を受けたと思う」ということも語ったけれど、それは放送されるのが怖いから止めてもらったという事情もある。

*1)「J-POPの捕食者:秘められたスキャンダル

この30年、被害を訴え続けたが、忖度の構造に潰された

被害者ってそういうものなんだよ。当事者の会の石丸志門副代表だって、40年前のことを2023年の6月になるまで「性被害」だと認められなかった。それまでは「被害だとは思っていない」ということで自分をなだめるしかない。その気持ちは被害者じゃなきゃわからないと思う。

私が当事者の会の代表を務めているのは、まさにこの仕事は自分にしかできないと思っているから。その頃には「性加害」「性被害」という言葉もなかったけれど、1980年代からジャニーさんの性加害については書いてきたし、いろんな雑誌や媒体でこのことを取り上げてもらえるように働きかけてきた。でも、ジャニーズ事務所への忖度から、実際に記事や番組になることはほとんどなかった。「報道しましょう」と言ってくれたメディアの人も少なからずいたけれど、結局は実現せず、後ろを振り向いたらもう誰もいない……。この30年、その繰り返しだった。

東山新社長と40年ぶりに会い、腹を割って対話したい

だから、自分が協力したBBCの番組が放送されて半年、当事者の会を立ち上げてから3カ月で、ここまでこぎ着けられるとは思わなかった。急展開すぎて怖いような気もしている。でも、やっと救済への動きが始まったわけだから、ジャニーズ事務所の変化を素直に評価したいし期待したい。会見で東山新社長は「法を超えた救済補償が必要。夢や希望を握りつぶされた彼ら(被害者)と、(タレントを引退して)夢を諦めた僕としっかり対話する」と言ってくれたので、ヒガシとも18歳で退所して以来、40年ぶりに会うことになるんじゃないか。そのときは腹を割って話せたらいいなと思っているよ。

「東山社長とは腹を割って話し合いたい」という平本さん
撮影=阿部岳人
「東山社長とは腹を割って話し合いたい」という平本さん

ただ、本当にまだ事態が動き出したというところ。10段階のうち1か2ぐらいまでしか来ていない。そして、自分たちが救済されて初めて、違う場所で性被害に遭っている人たちのために動ける、少なくともアドバイスはできると思うので、一つひとつの段階を勉強だと思って全力を尽くしていく。それしかできないよね。