40代からの妊娠・出産には何が重要なのか。ジャーナリストの海老原嗣生さんが不妊治療の名医たちに聞いた――。
受精卵を培養するイメージ
写真=iStock.com/Motortion
※写真はイメージです

今こそ知っておきたい不妊治療

2回にわたり、40代でどれだけ産めるのか、という話を書いてきました。要約すれば、自然妊娠でも7割以上の女性が出産可能であり、加えて高度医療を使えば、その確率は9割に届くというところです。

本稿では、日に日に進化する不妊治療の技術に迫ろうと思います。

さんざん「早く嫁げ」「早く産め」と言われてきた女性たちにとって、「40歳、産めます」という話は、心地よさを通り過ぎて、どこか胡散臭く感じられるのではないでしょうか。

その理由の1つは、妊娠出産のメカニズムや不妊治療についてよく知らないことにもあるでしょう。

そうした疑問を解消するために、以下、総括的にまとめます。

妊娠はどのようにして起こるのか、そして、それをサポートする不妊治療というセーフティネットについて知ることで、視界はより晴れるでしょう。そして、何歳の時に何をやっておくべきか、準備もできるはずです。

受精から着床までには6日かかる

最初に、受精~妊娠のメカニズムをプロセスに沿って説明していくことにしましょう。

まず、夫婦の営みによって膣内に発せられた精子は、そこから頚管へと上っていきます。この第一関門を通り抜けると卵管に到達し、そこで、卵巣から排卵された卵子と出会うことになります。つまり、受精は卵管で行われます。

そうして受精した卵は、ゆっくりと卵管から今度は子宮へと移ります。大体4日くらいかけて子宮に到達し、そこからまた2日くらいかけて、子宮内でしっかり定着します。これが着床です。着床したことにより、初めて妊娠と認められます。

人工授精→体外受精→胚移植

この一連の流れのどこかに問題があると、妊娠できない状態となります。

その原因は体だけにあるわけではありません。単に、性交と排卵の周期が合っていない場合も多いのです。そこでまずは、性交周期の指導(タイミング法)が行われます。

続いて、精子が卵管に到達できないという問題が考えられます。これは、その通り道にある頚管や卵管の一部が閉塞へいそくしていたり、ホルモンの状態が悪いため精子を殺してしまう、または、精子自体の運動能力が弱い、などの理由が考えられるでしょう。

この場合は、夫の精子を採取し、頚管を越えて卵管上部にまで注入するという方法(AIH=人工授精)で、受精を促します。

人工授精のイラスト
イラスト=Takayo Akiyama

それでも結果が出ない場合、体外にて、精子と卵子が出会う場を人工的に作ることになります(生殖補助医療=ART)。これにもいくつか段階があります。

生殖補助医療のイラスト
イラスト=Takayo Akiyama

旧来実施されていたのは、卵子と精子を取り出し、それらを出会わせ受精させ、そのまま卵管に戻すという方法(ZIFT)でした。確実に出会ったら、あとは体の中の自然なメカニズムに任せるのです。

ここから進歩して、受精した卵を培養してから、卵管ではなく子宮に直接戻す方法(胚移植法)が生まれ、今ではこちらが一般的といえます。

顕微授精+胚盤胞移植

さて、卵子と精子を出会わせても、自然の成り行きでは受精しないということもあります。たとえば、精子の運動能力が極端に弱い、精子の数が少なすぎる、卵子の卵殻が硬い、などの問題がある場合です。そうした時には、顕微鏡で観察しながら精子を卵子の中に打ち込み、卵核に到達させることで、受精確率を上げる方法(ICSI)が選択されます。ここまで行うことで、受精確率はかなり高くなりますが、それでも100%には遠く及びません。

こうして、体外で受精した卵を、今度は子宮に戻す(移植)のですが、それにも、二通りの方法があります。1つは、2日程度培養した後に子宮に戻すという早期移植。この方法でうまく着床しない場合は、4~5日培養して、胚の周りに外壁ができた状態(胚盤胞)にて戻します。説明した通り、自然妊娠でも子宮に着床するのは、受精後5~6日かかります。ですから、体外受精でもこの状態まで育てて、子宮に戻した方が確率はあがります。

卵子を一度にたくさん採取する

話が前後してしまいますが、体外授精をするためには、まず、卵子を採取(採卵)しなければなりません。そこで、排卵誘発剤を使って卵巣の活動を活発にし、卵子を成熟させて採卵することが必要となります。

その際、卵子は複数採取されます。一度にたくさん採る、と聞くと不安を抱く人も多いでしょう。ただ、体内には卵子になる予定の卵母細胞は万単位であり、通常の排卵周期でもその中の数十個が目を覚ましています。しかし、その多くは卵子となりえず、結局、体に吸収されていく。体外受精の場合はそうした使われず吸収される卵母細胞を、卵子にまで育て、採卵しています。だから、通常のサイクルを効率的にしているだけで、「採りすぎでなくなってしまう」という心配は、不要なのです。

30代中盤であれば、この時に10個以上の卵子を採取できることも少なくありません。30代後半以降になると採卵数が減ることも多いので、排卵誘発剤が使われることになります。それらに対して体外受精を行うと、複数の卵子が受精します。この全部を一度に子宮に戻すのではなく、いくつかは凍結して保存します。そして、子宮に戻した受精卵が着床しなかった場合、次の排卵周期に、凍結した胚(受精卵)を戻します。

顕微授精
写真=iStock.com/Inna Dodor
※写真はイメージです

ちなみに、凍結などしてしまうと、うまく妊娠できないのではないか、という疑問がわきそうですが、現実は逆で、凍結胚の方が着床率は高く、妊娠に成功しているのです。その理由は、排卵誘発剤を打った直後だと体内にその影響が残るため着床率が悪く、凍結をしてしばらく時間が経ってから戻したほうが(体も回復し)率が上がるからではないか、と考えられています。

医師により、施術の方針は異なる

プロセスごとにこれらの多様な施術を施して、確率が上がるよう、不妊治療は進化してきました。

ただ、その歴史はそれほど長くありません。ここに挙げた施術の多くが、40年前には、なかったものばかりです。つまり、まだ発展途上であり、治療成果にも、施術に関する方針にも医師による違いが見られます。

レシピではなく、個人に合わせた治療を

参考までに、「不妊治療の名医」と呼ばれる方たちに、その得意とする治療法や医療に関する考え方について、以下、聞いていくことにいたします。

まずは、卵子の若返り(細胞質置換)や無精子症男性の精子培養などに実績を持つ、北九州の折尾にあるセントマザー産婦人科医院の田中温院長です。

田中先生は、「卵巣の活動を活発にし、卵子を育てるプロセスが大切だ」と話します。

セントマザー産婦人科医院の田中温院長
セントマザー産婦人科医院
田中温院長(写真=本人提供)

「受精する力、育つ力、着床する力。その多くが卵子の状態にかかっているのです。だから、元気な卵子を育てるところに、全力投球が必要でしょう。そのためには、いくつかの排卵誘発剤や超音波刺激などを組み合わせるのですが、レシピに沿った一律な処置では、だめですね。体調、体質、体格で排卵誘発に使う薬や刺激を変えねばなりません。その昔、成功率が悪かったのは、欧米の研究結果をそのまま取り入れていたからでしょう。欧米人と日本人では異なる部分が多いのです。また、同じ人でも、体調や加齢により、それこそ、排卵周期が1回異なるだけで、処置も変えねばなりません」

体格、年齢、FMH値、AMH値、体質などと治療成果のデータを集め、データ分析により、より確率の高い施術を、同院では実現している。その結果、40歳で体外受精を試みた場合の出産率は、1周期当たり13%にも高まり、通常(8.8%)よりも良い成績を上げているといえるでしょう。

未成熟卵の採取と培養

一方、体外受精で定評があり、日本産婦人科学会でPGT-A(着床前胚異数性検査)とPOI(卵巣機能不全)の両小委員会の委員も務めるIVF大阪クリニックの福田愛作院長は、卵子を取り出す(採卵)技術の重要性を唱えています。

IVF大阪クリニック 福田愛作院長
IVF大阪クリニック
福田愛作院長(写真=本人提供)

「体外受精では卵巣から卵子を取り出します。卵巣の位置や卵胞を取り巻く環境によって採卵が困難な場合があります。とくに40代を超え採卵できる卵子の数が減ってきますと貴重卵子と呼ばれます。そのような場合でも豊富な経験に基づき確実に採卵を行っています。

私たちは未成熟卵子の体外受精(IVM)も実施しています。IVMは採卵の難しさから世界でも限られた所でしか実施できません。IVMは卵巣刺激を行うと卵子が15個以上採れるような、卵巣過剰刺激という危険な副作用を伴う患者さんに行います。通常の体外受精の3分の1ぐらいの大きさの卵胞を穿刺し卵子を採ります。この卵子を体外で成熟させてから体外受精を行うものです。

当院は、IVMで200名近いお子様が生まれている世界でも有数の施設です。特殊な採卵技術を要しますが、IVMは体外受精と同様に保険適用されます。このように採卵技術の高さに基づいて、通常の体外受精では成果が出なかった方の場合も治療成果を上げています」

自分に対して条件付きの愛をやめる

卵子はよみがえる』など不妊治療に関する著書を多数発表されている、ウイメンズクリニック南青山の小杉好紀院長は、40代からの妊娠・出産について印象的な言葉で語ってくれました。

ウイメンズクリニック南青山の小杉好紀院長
ウイメンズクリニック南青山
小杉好紀院長(写真=本人提供)

「もうそろそろ、あなたを許してあげてもいいのではないですか――。

不妊に悩む人は、一生懸命頑張りすぎるきらいがあります。逆に、40代でも自然妊娠するタイプは、あっけらかんとしていて、マイペース。

頑張りすぎれば、体全体のバランスが崩れてしまいます。不妊というのは、その1つの表れであり、それ以外にも体のいたるところで問題が起きているのです。

頑張りすぎの人は、自分に対して条件付きの愛しか持てなくなっています。周囲の期待に応えるべく、高い目標を持ち、それができた時だけ、自分をほめる。達成しなければ、悩み悔やむ。

不妊もまさにそうでしょう。親、パートナー、そして自分。三者そろって体に過剰期待する。これではバランスがどんどん崩れてしまいます。

そんな、条件付きの愛をやめ、代償を求めない愛で、自分を受け入れる。最新治療はもちろん重要ですが、その前に、あなたを許してあげることが重要です」

前回書いたように、アフリカのエスワティニ(旧スワジランド)では今でも40代女性が平均0.9人もの子どもを産んでいます。リベリアやサモアでもその数字は0.5人に迫る。大正時代の日本も同様に0.46人を産んでいました――それは、現代の日本よりも、無理せず自然に生きていける社会だからこそ、可能だったのかもしれません。