「20歳頃から80歳代半ばまでの間、性加害が間断なく頻繁かつ常習的に繰り返された事実は、ジャニー氏に顕著な性嗜好異常(パラフィリア)が存在していたことを強く裏付けるものである」
「ジャニー氏は、自己の絶対的な立場を利用して、多数のジャニーズJr.に対し、長期間かつ広範に性加害を行ってきたものであり、ジャニー氏による一連の性加害は人権侵害の極みである」
ついに白黒はっきりする瞬間が来た。というか、やはり真っ黒だった。
2023年8月29日、ジャニーズ事務所が元検事長の林眞琴氏ら、外部専門家に委託した再発防止特別チーム(以下、特別チーム)が67ページにも及ぶ調査報告書(以下、報告書)を発表。そこには合計23人の被害者にヒアリングした結果と、前出の記述のように、ジャニー喜多川・前社長による所属タレントへの性加害が長年続いていたのに放置したというジャニーズ事務所の特異な体質がつづられている。
イギリスBBCが性加害問題を取り上げてから約半年。日本の芸能史上に残る最悪の性加害事件の全容が明らかになりつつある。被害者は「少なく見積もっても数百人」に及ぶという。
「肛門性交をされたり、自分からするように求められる」
性加害の実態は、ヒアリング結果を読めば読むほど生々しく、痛々しい。被害者のほとんどは18歳未満で、児童虐待でもある。
「合宿所でマッサージをされて陰部を触られて口腔性交をされた(14歳時)。3回泊まると1回は性加害を受けるという感じであった。翌日、ジャニー氏から3万円を渡されていた。ジャニー氏の肛門に性器を挿入させられたことが1回ある(17歳頃)」
「ジャニーズJr.の間で、『昨日ジャニーにやられていただろう。』などと冗談めかしたり、武勇伝的に話したりしていた。ジャニー氏からホテルの部屋に1時間程度監禁された子がおり、後に性加害を受けたと言っていた」
「ジャニー氏から肛門性交をされたり、ジャニー氏に対して肛門性交をするように求められたりすることもあったと聞いた。また、ジャニー氏の性器に口腔性交をするように求められる者もいたと聞いた。どのようなことをするかで渡される現金が違っており、3万円や5万円をもらった者もいた」
「人権侵害の極み」を60年間続けたジャニー喜多川
性加害かつ児童虐待であると同時に、監禁という犯罪でもあり、肛門性交を強要するという痛みを伴う暴行でもある。まさにジャニー前社長は「主に中学生期の」少年をターゲットに「人権侵害の極み」と言うべき罪を犯し、おそらくそれを楽しみながら60年間も続けてきたわけである。
なぜその恐るべき犯行が糾弾されず、ジャニー前社長が生きている間に止められなかったのか。報道の機能不全も検証すべきだが、まずは“事件の現場”であったジャニーズ事務所の問題点を報告書から読み解きたい。図表1にまとめたのは、報告書の記述を基に年表形式にしたものだ。
喜多川一族3人で自社株を持ち続けてきた
1962年、ジャニー前社長は、池袋にあった芸能学校「新芸能学院」に間借りしてジャニーズ事務所を創業。既にその時点で15人の生徒に性加害をしたことが判明して学校を追われたが、最初に売り出したアイドルグループ「ジャニーズ」をブレイクさせる。
「ジャニー氏のプロデュースにより数多くの人気アイドルタレントがジャニーズ事務所から輩出されることにより、ジャニー氏のカリスマ性がますます強くなり、それと同時に、誰もジャニー氏に対して文句を言えず、また、言おうともしなくなるという、同族経営の負の『企業風土』ともいうべきものがより強く醸成されていった」と特別チームも分析する。
ジャニーズ事務所は1975年には株式会社に。株はジャニー前社長と姉のメリー喜多川が30%ずつ、他の関係者が残りを保有していた。しかし、1980年にはジャニー50%、メリー50%に。以降、姉弟が死去し現社長の藤島ジュリー景子(ジャニー前社長の姪)が株を100%保有する現在まで、完全なオーナー会社、同族経営の企業として成長してきた。
同族経営は強みもあるが、裏目に出ると非常に危うい
同族企業に詳しい経営学者の中川功一さん(「やさしいビジネススクール」学長)は、こう分析する。
「ジャニーズ事務所は典型的な同族経営と言えます。ただ、経営者が株を全て保有しているのは、資金繰りなどが順調で、需要(外部に株を買ってもらう必要)がなかったということもあるでしょう。老舗企業が多く、また長らく銀行借り入れが資金調達の主力手段であった日本においては、創業者一族が多くの株式を持ったまま継承しているケースが多い。株主の分散が進みにくかったゆえに、同族経営のデメリットである『私物化』が起こりやすい構造になっていると思います」
中川さんによると、同族経営のメリット・デメリットは表裏一体で、「会社を所有する人と経営する人が一致」するため、会社の長期存続を真剣に考えるという利点がある一方、社長やその親族によって「会社をまるで自分のオモチャのように私物化する」ことが起こりがちだという。
みずからの性的快楽のため、芸能事務所の看板を悪用して少年たちを毒牙にかけていたジャニー前社長は、まさに究極の「私物化」をした経営者ではないか。
前社長は会社を私物化して性加害、姉が隠蔽してきた
そして、その私物化(性的加害)が早くは1960年代から告発され、暴露本も複数出版され、1990年代の週刊文春による一連の報道があったにもかかわらず、事務所内でジャニー前社長を止める動きは、彼が87歳の天寿を全うするまでついに起こらなかった。報告書はこう分析している。
ジャニー社長の死後も、姪の現社長は適切な対応をせず…
報告書は、2023年5月の段階では性加害を「知りませんでした」と言ったジュリー現社長が、実際は週刊文春などの報道を認識していた事実を明らかにしている。虚偽のコメントをしたのは、保身だけではなく、同族経営による「うちの会社をなんとか守りたい」という情緒的コミットメントによるものであろうし、そのデメリットである「冷静な経営判断ができない」がゆえに対応を誤った典型例ともいえるだろう。
同族経営企業はガバナンスが弱くなりがち
中川さんは「やはり同族経営の最大のデメリットは、ガバナンス(公正な経営判断のための監視)が弱くなること。そして、マネジメント能力があるかないかに関わらず、トップが血縁で選ばれてしまうという弊害もあります」と解説する。
報告書ではそんなジャニーズ事務所の「ガバナンスの脆弱性」「(経営陣の)怠慢と隠蔽体質」が詳細に記述されている。故人であるメリー氏はもちろん「ジュリー氏及び白波瀬傑氏をはじめとする取締役」が性加害に気づいていたにも関わらず、「ジャニー氏に対する監視・監督義務を全く果たさなかったことが、性加害の継続を許す大きな要因になったと考えられる」ので、「その任務懈怠により、ジャニーズ事務所に対する損害賠償責任(旧商法266条1項5号、会社法423条1項)及び被害者に対する損害賠償責任(旧商法266条ノ3第1項、会社法429条1項)を負うと考えられる」と明言。
そして、「再発防止策」としては、被害者の救済、人権意識を高める研修とともに、「ジュリー氏の代表取締役社長辞任」を挙げている。
「ジュリー氏は代表取締役社長を辞任すべき」と提言
特別チームがジャニーズ事務所に雇われた立場であるにも関わらず、社長交代を提言したことには、正直驚いた。一方で、この報告書を事務所が公表したということは、ジュリー現社長の退任は既定路線になっているとも推測できる。果たして、それは正しい責任の取り方なのか。
中川さんはこう指摘する。
「社長が辞任したとしても、ジャニーズ事務所の株を100%保有している状態が変わらなければ、新しい代表取締役を指名できることになる。影響力を保ったままの形だけの退任には意味がありません。しかし、株式を手放して会社を去り『私はもう関係ありません』というスタンスを取るなら、それも責任放棄に等しいですよね」
ジャニーズ事務所の解体は不可避か
そもそもジャニーズ事務所は「再出発」すべきなのか。
「ビッグモーターの問題もそうですが、ガバナンス不全に陥った組織が問題の根本解決や過去の清算を行わずに事業活動を続けている限り、責任を果たしたとは言いがたい。現社長がすべきなのは、辞任せずにきちんと会社の幕引きをすることだと思います。もちろん所属タレントやファンクラブ会員への対応も含めてということですが……。それはそこまで難しいことではなく、例えばアイドルは他の事務所に移籍してもいいし、グループごと独立して自分たちで会社を作ったっていいはずなんです」(中川さん)
今回の衝撃的で決定的な報告書を前に、ジャニーズ事務所の所属タレントや社員はもちろん、ステークホルダーであるテレビ局や出版社の人間、さらには“推し”に課金することで経営陣に利することになってしまっているファンの人たちも、今こそ、喜多川一族の呪縛から解き放たれるタイミングなのではないだろうか。