なくなりつつある学校のプール
学校のプール施設自体がなくなりつつあると度々報道されている。
そもそも学校のプールが普及したのは、1964年の東京オリンピックを前にした1961年、スポーツ振興法が制定され、国が学校のプールに建築補助金を出したことがきっかけといわれている。つまり、この時代に設置された学校のプールはすでに50~60年という時を経ており、どこも老朽化という大きな課題を抱えているのだ。
施設の補修か、建替か、それとも廃止か――こうした差し迫った判断の下で、「学校プールの廃止」という選択肢をとるところも増えてきている。
実際にどの程度なくなってきているのか。文部科学省のスポーツ庁が実施している「我が国の体育・スポーツ施設 ― 体育・スポーツ施設現況調査報告 ―」(2023年5月発表)によれば、小学校屋外プールの設置率87%、中学校は同65%である(2021年10月1日当時)。2018年と小学校94%、中学校73%であることを踏まえると、たった3年間でいかに学校の屋外プール設置率が急減しているかがよくわかるだろう。
校外の屋内温水プールを利用する学校も
そんななか、NHKによる2022年の独自調査によれば、都内53自治体のうち、およそ2割にあたる13自治体では、学校の水泳授業で校外プールの利用や教員ではなく指導員による水泳指導を進めているという。
例えば多摩市では市内17の全小学校で、校外の屋内温水プールを利用している。学校からプールへの移動で時間はロスするが、天候に左右されることなく授業を行うことができ、紫外線や熱中症などの心配もない。教員ではなく専門性の高い指導員の水泳指導が受けられるということで、肯定的な声も多いようだ。
他方で、北海道函館市では、コロナ禍に入ってから3年間中止していた小学校でのプール授業を、2023年度も中止すると6月に発表した。理由は、プールのない学校の子どもたちをプールのある学校まで送り迎えするバスの運転手が確保できなかったことだという。初めてや久しぶりの水泳授業を心待ちにしていた子どもたちからは悲鳴が上がったが、プールのある学校だけで水泳授業を行うと「教育格差が生じる」ことから、全体的に中止という判断となったという。同様に、福井県の鯖江、中央、東陽の各市では中学校の老朽化した学校プールの廃止を決め、水泳の実技授業を取りやめた。
学校プール製造大手が事業撤退
学校プールの廃止や水泳授業の中止に加え、コロナ禍の需要減少のあおりを受け、学校のプール製造では大手「ヤマハ発動機」がプール事業から撤退することも、今年7月に報じられた。軽量で強度の強いFRP(繊維強化プラスチック)製では学校のプールでトップシェアを誇ってきたが、2022年度にはプール事業は赤字に転落していたという。
学校プールを供給できる企業は他にもあるが、大手であっても学校プール事業で採算が取れなくなっているというのは衝撃的だ。学校のプール事業は斜陽を迎えつつあるということだろうか。本稿ではプールをめぐる教職員や保護者の費用負担、労働負担を踏まえつつ、水泳授業の意義とゆくえについて考えていこう。
冬も水を抜かずに管理
プール――それには想像以上の費用負担と労働負担がある。費用負担でいえば水道代や衛生的に保つための薬剤、その設備もあるし、保護者側では水着や帽子などもある。高等学校では水泳の授業は必須ではないため、プールがない学校も多い。しかし、義務制の多くの学校にプールがあり、その維持管理の多くは教職員に任されているし、水着等は保護者の負担に任されている。
まず、プール設備の管理を考えていこう。水泳指導を実施しない時期(夏季以外)でも水は抜いてはならない。水を張っておかないと日光や紫外線により、内部が劣化してしまうため、それを防ぐという学校施設設備の管理上の問題もあるが、消防水利としての問題が大きい。
消防水利とは消防に活用する水の利用である。消防水利については消防法第20条第1項により消防庁が勧告し、そのなかに「プール」が含まれている(消防水利の基準)。学校のプールも例外ではなく、水泳指導の時期以外でも水を抜くことなく管理が必要となる。また、災害や非常事態に生活用水として使用されることも想定されている。そのため、清掃などにより一時的でも水を抜くときは所管の消防署へ連絡が必要になる。
水を抜くといえば、その直前に水泳指導以外でも重要な役割をプールは果たす。小学校では理科や生活科の授業で水生昆虫を採取するという活用場面があるのだ。多くの学校ではその時期にヤゴを採取し、学習の時間を設けている。少々話が脱線したが、プールには直接的意義の他にこのような間接的な意義も含まれてくる。
水の入れ替えに1回20万円
水の入れ替えには相当な費用がかかる。25mプールで約300立方メートルの水が必要になり、20万円程度が必要となるのだ。お風呂のように毎回水を入れ替えることはできず、シーズン中は水質を一定水準まで維持することが必要となる。
24時間フルタイムで濾過機を稼働させ、管理している。気が付かないうちに故障をした場合は水の入れ替えが必要なほど水質は悪化していく。そのため、シーズンごとに維持費(消耗品交換代や技術料等)で数十万円、その外にも必要な薬品等(塩素や珪藻土)で十数万円かかってくる。
教員の操作ミスで漏水、教員が私費賠償のケースも
これらは公費と呼ばれる自治体が負担する費用とされるが、教職員の過失による漏水(止め忘れや操作ミス)の場合は教職員の私費で賠償とされる場合もある。中学校の場合は保健体育科という限られた教員で管理しているため操作等にも慣れているが、小学校は学級担任が交代で管理している場合もあり(その年、たまたま体育主任に充てられた教員という場合もある)、漏水事故は小学校に多くみられるようだ。
この問題は最近でも報道があった。教員の操作ミスにより、数日間にわたり漏水が起こった分の水道料金を自治体が教員に弁償(半額)を求めた事件である。ほかには、自治体が全額負担(公費)、教員が全額負担(私費)というパターンも存在している。教員個人が私費で賠償するパターンも少なくないため、賠償保険をかけているケースがみられるようになった。
しかし、公務員である教員はその公権力行使による職責で「過失によつて違法に他人に損害を加えたときは」自治体が賠償の責任をもつと国家賠償法により定められている(第1条第1項)。ただし、「重大な過失があつたときは」その本人に求償する=賠償を求めることができるとされている(同条第2項)。
今回の場合「違法に他人に」というわけではなく自治体への「損害」であり、ストレートに適用されるわけではないが、その主旨を鑑みるならば公費保障が妥当であろう。
プールの管理に関しては設置者による丁寧な研修が施されている場合は少ないし、各校により管理方法(水道の系統や濾過機の操作等)は大きく異なっている。それを管理職が熟知している場合も少なく、実質的に管理している事務職員でも同様である。このような状態で「重大な過失」とされることには問題を感じる。
ただでさえ、教科指導以外の専門外について、教員だからという理由で施設設備の管理を担うような仕事が多い。複雑なプールの管理を現場任せにする自治体こそ「重大な過失」があるといえるのではないだろうか。こうした事故はこれまでも何度もあり、これからも続く可能性がある。排水栓・給水栓の締め忘れを防止するためのセンサーや警報器などの開発・設置を行政として進める必要があるだろう。
年数時間の水泳授業のための保護者負担
また、保護者の負担も大きい。水道代こそ私費に転嫁されていないが、指定の水着や帽子という一般的な負担に合わせてラッシュガードや腰に巻くタオルなども学校からあっせんされることは多い。すべてそろえれば5000円程度の費用がかかるだろう。
また、場合によってはゴーグルやサポーターも必要であるし、もちろんすべて私費負担=所有物が前提となる。天候にも左右され、年間数時間しか行われない水泳授業のための負担としては、大きいだろう。教員に子どもの氏名がすぐわかるように、帽子と水着に大きなゼッケンを縫い付けたり貼り付けたりする必要もある。もちろん数回しか水着を着なくても、身体が大きくなれば買い替えが必須となる。プールで使う共有物=公費負担は、設備を除けば、前に述べた管理用品や水、コースロープやビート板くらいである。
水泳の実技は必須ではない
そもそも、水泳の授業は小学校や中学校の教育課程上、どのように位置づけられているのか。
小学校では3・4年生において初めて「水泳」の文字が学習指導要領に登場し、「楽しさや喜びを味わい、その行い方を理解するとともに、その技能を身に付ける」ことが目的とされている。中学校でも「記録の向上や競争の楽しさや喜びを味わい、水泳の特性や成り立ち、技術の名称や行い方、その運動に関連して高まる体力などを理解するとともに、泳法を身に付ける」ことを目的とする水泳の授業が学習指導要領で挙げられているが、中学3年生では必修ではなく選択扱いとなっている。
ただし、小学校と中学校の水泳に共通するのは、「適切な水泳場の確保が困難な場合にはこれを扱わないことができるが、水泳の事故防止に関する心得については、必ず取り上げる」とされており、水泳を実技で取り上げなくてもよいとされている点だ。
スポーツとしての水泳か、水の安全教育か
水泳の授業が学校で行われることのきっかけとしてよく語られるのが、1955年にあった紫雲丸沈没事故である。修学旅行中の子どもたち168名が命を落としたこの事故が、「水難事故防止のための水泳授業」の普及に大きな影響を与えたとされる。
そうであるならば、水泳授業は泳法を身に付け、距離やスピード、フォームを競うのではなく、万が一池や川に落下した場合の自衛策を身に付けさせることに重点を置くべきことになる。つまり泳ぎやすい水着を着た授業よりも、着衣遊泳の授業がメインとなるべきことになるが、着衣遊泳は水泳シーズンが終わるタイミングで行われることが多い。衣服と靴を着用して入水した場合、その後に水質を調整する必要があり、さらには換水が求められることもあるからである。
6割以上が水泳指導に「自信がない」
このように、実際には水着を着て泳げる距離やスピード、フォームを競う水泳授業にほとんどの時間が割かれる。しかし、保健体育科の免許を持つ教員がいる中学校はともかく、小学校の教員は水泳指導ができるほどの専門性が担保されていない。実際に、小学校教員に水泳指導に対しての自信を問うた研究では、「〔自分の指導力に自信があると〕そう思わない」と「あまり思わない」を足した割合が63.1%にも上った(佐藤・池田2020)。
また、天候に左右されて年にほんの数回しか行われない水泳の授業で子どもたちの泳力はなかなか高まらない。その結果、学校の水泳授業のために、放課後スイミングスクールに通うということがなされる。
設備管理、水泳指導や監視は大きな負担
文部科学省のスポーツ庁は、毎年「水泳等の事故防止について(通知)」(2023年4月27日)を教育委員会教育長らに対して出し、水泳に伴う事故を防ぐための手立てを講じることを指導している。特に、プールを利用した水泳においては、授業や部活動、プール開放事業等様々な場合に、排水溝に吸い込まれて溺れる事故や飛び込みスタートに伴う衝突事故などが起こると重大な被害が生じる可能性が高いことから、2007年に文部科学省は国土交通省と連名で「プールの安全標準指針」を発出し、これにのっとったプールの点検・管理や水泳指導・監視や万が一の場合に関する救護体制の確立を呼び掛けている。
2021年度には学校プールにおける死亡事故が1件、障害が残った事故が4件あった(日本スポーツ振興センター「学校等事故事例検索データベース」)。民間・公営のプールでの事故に比べると件数は少なく思えるかもしれないが、この裏にはおよそ300倍のヒヤリ・ハット事案があるともいわれる。こうした深刻な事故を防ぐために、専門性が必ずしも担保されていない教職員が日常的にプールの点検・管理をし、細心の注意を払って水泳指導を行っていることも顧みられる必要があるだろう。
このように見てくると、学校のプールに限らず、水泳授業の実施には多くの負担と問題が付きまとっていることがわかる。そして、水泳授業そもそもの教育的意義を達成することはおよそ簡単ではない。学校のプール、そして水泳は、これから縮小、あるいは部活動と同様に地域移行させていくほかないだろう。